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エリザベスは仕方なくブリジットの好きなものをいろんな方面から聞き出し、それをイングレイ語にして書き並べた。
翌週、図書館の勉強室を借りて、そのとっておき情報をフロランに渡した。
情報としては充分だっただろうに、フロランはそれでは許してくれなかった。辞書を引いて書いてはみたが、それはただの単語の羅列。タイトルさえないそれをレポートとは呼ばない。
その場で文章にしろと言われ、エリザベスはうんうん唸りながら作文した。
ブリジットジョウ ハ イチゴ ノ パイ ガ スキデス
ブリジットジョウ ハ クラフト・エーデルワイス ノ アクセサリー ガ スキデス
ブリジットジョウ ハ シロミザカナ ヲ ローズマリー ト シオ デ ヤイタモノ ガ スキデス
とても報告書とは思えない書きっぷりだが、書いてあった品目の分だけ散々書かされた後、フロランはさらりと模範解答を書いた。
ブリジット・ラムジー コウシャクレイジョウ ノ シコウヒン ハ イカノトオリデアル
イチゴ ノ パイ
クラフト・エーデルワイス ノ アクセサリー
シロミザカナ ノ シオローズマリーヤキ
…
「ハイ、じゃ、これ書き写して、次提出ね。次、『嫌いなもの』レポート、宿題ね」
ぐぬぬ、とうめきながら、エリザベスはブリジット・レポートの再提出と、新たな情報入手に奔走するのだった。
ブリジット・レポート報告会というイングレイ語学習のため、エリザベスはフロランと週に二、三回会うようになった。
嫌いなものリストは、前回の見本があったので、ちょこっと単語を変えて同じような報告書形式で仕上げた。一応合格点はもらえたが、単語のスペルミスは指摘された。
そして発音だ。よりにもよって嫌いなもの特集の今回は、蛇だの、蜘蛛だの、虫だの、ろくな単語がない。単語を変えて同じ文を何度も練習すれば、自然と定型文が口をついてくるようになるが、記憶されるゲテモノの単語は不愉快極まりない。
次の宿題はフロランがリストを出してきた。
「これ ルージニア語にして、次出してね。そのまま、ダメ」
単語自体はそんなに難しくなかったが、そのままダメ、の意味がわからず、家で辞書を引いて調べてみた。
月を超える? …幸せ? なんで?
バラの下? …秘密? ???
目の中にリンゴ? 大切なもの? リンゴが目に入ったら痛いけど。
九の雲の上? 最高?? ラッキーセブンじゃなくて九?
……
「わかるか!」
エリザベスは思わず叫んだ。それぞれ何故そういう意味で使われているか、辞書にはそのいわれが書いてあり、読んではみたもののこれは知らなきゃわからない。
単純に訳してもダメ…。そういう意味か。
くそ面倒な宿題を出されて、うーっと恨みたくなったが、今回はブリジット調査はなかったのでよしとした。さほど仲良くない上位貴族のご令嬢の情報を得るのは、言うほど簡単ではないのだ。
「ブリジット・レポート」は次第に高度になり、ある時はブリジットのいいところを文章にしたり、恋文が課題になったこともあった。
季節の挨拶から始まり、相手の気を引く話題、相手を褒め称え、直球勝負よりもちょっとひねりながら余韻を含んだ愛の言葉で想いを伝える。文法以上に何を書くかで苦労し、もちろんモデルはあのブリジット嬢なので、彼女にそぐわない褒め言葉は許されない。語学のつもりなのに文法よりも内容チェックがやたら厳しい。
この日はレッスンが終わるとフロランはイングレイ語の課題だけでなく下書きしたルージニア語版まで持ち帰り、そっちは戻って来なかった。ルージニア語の恋文が悪用されないことを祈るしかない。
フロランとの勉強会の甲斐あり、エリザベスのイングレイ語の成績は徐々に上がっていった。今度はこのレッスンの間はイングレイ語で話すことになり、単語を駆使して何とかコミュニケーションをとった。
エリザベスもフロランのたどたどしさが残るルージニア語を良しとせず、遠慮なく直すようにした。しかし「エリジャベシュ」はどうしても直らず、あきらめてエリーと呼んでもらうことにした。
期末テストでは、初めてイングレイ語で赤点を取らなかった。エリザベスは嬉しくなって早速フロランに報告したが、まだ60点にも至らず、スペルミスでごっそり点を落としまくっていることを指摘され、間違えた単語を10回づつ書いて次までに持ってくるように言われた。
こんなことなら報告しなきゃよかったと、エリザベスはがっくりとうなだれた。




