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翌日は夕方からパーティが催された。色とりどりの礼服やドレスを身に着け、会場入りする人々で辺境伯邸は昨日以上に賑わっていた。
辺境伯邸では時折こうした会が開かれることがあったが、今回はとりわけ参加者が多かった。それほど皇帝と第三皇子がいなくなった新たな帝国への期待が強いのだろう。
その日、エリザベスは昼間は街の見回り、夜は会場外周の警備を任され、怪しい者の侵入がないか警戒し、敷地内を巡回していた。
窓の向こうにエルヴィーノとフロランの姿が見えた。二人ともさすが帝国の皇子&元皇子。金糸や銀糸で細やかな刺繍が施されたロングコートが様になっている。その周辺には令嬢達が押し寄せ、親達も娘の売り込みに余念がない。
四年前に手を差し出す人がいれば…。
思っても仕方のない思いがまたこみあげてくる。もう気持ちは切り替えられたはずなのに。
そして今、差し出される手の多さに、いつかあの中の誰かの手を取ってしまう日が来るのだろうかと不安がよぎった。
「シーモア」
見張りを続けるエリザベスに声をかけてきたのは辺境伯ヘンドリックだった。当然正装をしている。会の主催者が会場の外に来るとは、何かあったのだろうか。
エリザベスは両足を揃えて立ち、敬礼をした。
「どうしておまえは参加してないんだ?」
質問の意図がわからず、エリザベスは軽く首をひねり
「パーティに、ですか? …ご招待はありませんでしたので」
と答えると、ヘンドリックは眉をひそめた。
「招待状を送ったぞ? 予定も調整してやれと声をかけておいたんだが…」
それは初耳だった。招待があったとしたらひと月は前だろうか。このようなパーティは女性はドレスで参加しなければならず、ひと月でも準備には短すぎるくらいだ。
しかし招待状は届かず、誰からも確認もなく、当然のように警備担当表に名前があった。これで気が付けという方が無茶だ。
「ドレスも受け取ってないのか?」
「ドレス…? 受け取ってませんけど」
「どうなってるんだ?」
「…さあ…」
エリザベスが一笑に付して話を切り上げようとするのを見て、ヘンドリックは疑問を感じた。
「なぜ怒らない?」
「…私宛のドレスが届く予定があったなら、パーティが終われば届くかもしれません。招待状も届いてませんが、出欠の再確認もありませんでしたし、私自身、今日は普通に仕事だと思ってましたから、『休みを入れなかったから警備の割り当て入れた』と言われれば文句は言えません。…多分、誰か私を参加させたくなかった人がいるのでしょう。わざわざ外周の警備が当てられてますし、こんな近くにいながら仕事をしている私を見て面白がっているのかもしれませんね…」
自虐的な笑みを浮かべながらも、エリザベスは周りを警戒し続けていた。
「おまえはそれでいいのか?」
「いいも悪いも…。実際何も届いてませんから。お伺いしなければ、嫌がらせも知らずに終わっていただけです。閣下こそ怒らないんですか?」
突然自分に振られ、ヘンドリックは首を傾げた。
「何がだ」
「ご自身の送った招待状を届けることもできない無能な部下。管理はどうなってるんでしょう」
エリザベスの言葉に、ヘンドリックは息をつまらせた。
「ドレスのような大きくかさばるものが行方不明になる騎士団。もっと大切な物品がなくなっていても、誰も気付いていないかもしれません。上司が融通を効かせてやれと言ったのにそれを無視する団員。閣下の言葉はちゃんと団員に届いてるんでしょうか」
どれも小さな、個人的ないたずらじみたことだが、団の最上位にある辺境伯が直接依頼したことさえも達成できていない。規律を重視する騎士団であってはならないことだ。
ヘンドリックは
「今からでも着替えて参加できないのか」
と尋ねたが、エリザベスは笑って首を横に振った。
「ドレスを着たら終わりじゃないんですよ? 髪もメイクも準備には時間がかかるものです。奥様もお時間をかけてらっしゃるでしょう?」
ヘンドリックは妻が準備にどれくらい時間をかけているかなど考えたこともなかった。時間になって訪ねて行けば、常に妻は準備を終えており、ヘンドリックを待たせることはなかった。
エリザベスは遠くで女性に絡む男性客を見つけ、ヘンドリックに軽く礼をして走って行った。すぐ近くにいた団員に声をかけたが、一人は面倒そうな顔をして動きが悪く、もう一人が男性客に声をかけ、二人の間に入って説得している間にエリザベスは女性を馬車乗り場まで送り届けた。
エリザベスが元いた場所に戻った時、ヘンドリックはいなかった。会場に戻ったのだろう。
その後も持ち場の見回りを続けていたが、しばらくして騎士団の第三隊長が早足でやってきた。
「シーモア、呼び出しだ。ついて来い」
「はい」
エリザベスは言われるまま隊長の後を追い、会場に入った。




