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ブリジット・レポート  作者: 河辺 螢
第四章 アビントン編 復路
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4-2

 帝国では第三皇子クロヴィスが兵糧攻めに耐えかね、籠城先から逃走を試みたが、追手に捕まり森の中で討たれた。フロラン達がアビントンを離れて六か月後の事だった。南部に残る第三皇子派をせん滅するのにさらに三か月、帝都に残る第三皇子派も一掃され、ようやく内戦終結が宣言された。


 他国に逃れていた皇族が呼び集められ、エルヴィーノは帝国に戻ることになった。もちろんフロランも同行を命じられた。ローディア滞在は八ヶ月ほどで終えることになったが、ローディアは皇后の母国としての務めを果たし、帝国に恩を売ることに成功した。




 イングレイ帝国に戻る一行は行きと同じルートでルージニアを横断し、王都を越え、国境の地アビントンを通る。西端アビントンでは辺境伯邸に滞在することになった。滞在期間は三日の予定で、その後フォスタリアに入り帝国に向かう。あまり時間は取れないと思いながらも、久々にフロランと会えるのをエリザベスは楽しみにしていた。


 第三皇子がいなくなったことで帝国は侵略から和平に舵を切るのではないかと見ている者が多い。

 フロランがフロレンシオ元皇子であることはルージニアの貴族の間では知れ渡っていた。今はエルヴィーノ皇子の側近になっていてもこの後本国に戻れば再び皇族に返り咲くと期待する者もいて、独身の皇族二人と何とか縁を繋ごうと旅の途中でもあちこちから招待状が届いた。しかし一行は滞在先を変更することはなく、パーティへの招待も王城で開かれる夜会以外は全て断っていた。あのラムジー公爵家やケンジントン侯爵家からも誘いがあったらしい。手紙の中ではブリ家、ブリ婚家と家名はごまかしていたが、「こうがんむり」の表現は誤用ではないかもしれない。




 一行がアビントンに近づくにつれ、あまり親しくしてない人がエリザベスに声をかけてくるようになった。貴族籍を持つ団員がずっと知り合いだったかのように馴れ馴れしく話しかけてきて、時に食事に誘われたりもしたが、すべて断りを入れていた。あまりにそっけなくし過ぎたせいで、

「子爵家の娘ごときが俺の誘いを断るとは生意気な。調子に乗りやがって」

などと言われることもあったが、

「すみません。お誘いはお断りし、声をかけてきた方はリストにして報告するよう言われているんです、()に。…リストに載せてもよろしいでしょうか?」

と聞いてみると、捨て台詞を吐くか、ごまかすように笑って去って行った。


 欲しいのはイングレイ帝国とのつながりだろう。あるいは帝国とつながりを持ちたい有力貴族に協力し、フロランの隣を空けさせようとしているのかもしれない。しかし、声をかけてくる連中がエリザベスに興味を持っていないことなど見ればわかる。

 相手の企みを不快に思うよりも、自分で言っておきながら「彼」という言葉のくすぐったさに、ついにやついてしまうエリザベスだった。




 エルヴィーノ皇子一行がアビントンに着く日、エリザベスは街道から離れた北西部での勤務が割り当てられていて、お出迎えどころか一行の馬車が街に入る所も見ることができなかった。

 王都から二人を追って移動する貴族もいて、街は混雑し、高級ホテルは満室。行き交う馬車のトラブルも発生していた。祭り並みに多くの人がウィスティアを訪れ、騎士団では厳重な警備態勢を敷いていた。


 周辺貴族の要望で、晩餐会、歓迎パーティと短い滞在にもかかわらず予定が詰められ、旅の疲れを取るどころではなさそうだ。昼間もスケジュールを詰め込まれたエルヴィーノ皇子が不平を漏らし、個々の貴族との謁見はほぼキャンセルとなった。社交は晩餐会とパーティのみ、子女の売り込みはもってのほかと厳命が下った。



 到着した日に行われた晩餐会では、参加予定だった近隣の小貴族は王都から来た上位貴族に席を奪われ、せっかく準備しながら参加を遠慮するよう強いられた。上位貴族の機嫌を取り近隣の付き合いを軽く見るのかと辺境伯家の采配に不平を漏らす者もいた。


 シーモア家も呼ばれていたかもしれないが、アビントン辺境伯に「来客がいっぱいだからキャンセルね」と言われたところで「はい、わかりました」でおしまいだろう。日頃からお世話になっているアビントンに逆らうことはない。それがコバンザメの生きる道だ。どのみちエリザベスは呼ばれておらず、気を効かせて早帰りさせてくれるような気の利いた職場ではないので、その日は遅くまで街の警備を続けた。



 晩餐会が終わると、エルヴィーノ皇子一行は旅の疲れから早々に休みを申し出て部屋に戻り、その後の謁見要望は全て断られていた。

 エリザベスもまたフロランと会う約束さえ取り付けることができないままその日を終えることになった。


 ずっと外廻りをしていたエリザベスはフロランの姿を見る機会がなかった。街で買い物をする令嬢達が皇子()の姿を比較する話に声を弾ませていたので、無事ここまでたどり着いているのは間違いないだろう。


 邸宅の警備は第一隊が仕切っていて、警備を理由に屋敷をうろつくこともできず、グレンとも会えなかったので情報を得ることもできなかった。取り次ぎは一律禁止と断られ、エリザベスとフロランの仲を知っていても騎士団員は融通を利かせてはくれない。エリザベスは自分の力のなさをひしひしと感じていた。


 だめもとでローウェンから同行していると思われる護衛に、自分の名を出して手紙を届けてもらえるか聞いてみると、

「エリザベス・シーモア様ですね? 承っております。本日は面会はできませんが、お手紙でしたら…」

と、こちらは手紙を預かってくれた。身内であるはずの騎士団よりずっと頼りになる。フロランが手を回してくれていたに違いない。

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 この日は会うことは諦め、晩餐会もパーティもないあさっての夜に期待した。


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