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ブリジット・レポート  作者: 河辺 螢
第四章 アビントン編 復路
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4-1

 アビントンからローディアの中心都市までは一月近くかかる。長い旅の途中、ルージニアの王都にも立ち寄ると聞いた。王との対面もある。お忍び扱いのフロランの身分を明かし、この国に受け入れるなと触れを出したこの国の王との対面を、フロランはどう受け止めるのだろう。

 エリザベスの心配をよそに一行は何事もなく王都を抜け、更にその先、ローディアに着いたと新聞が報じた。手紙でも道中の無事の知らせを受け取ってはいたが、国内からの手紙はそこそこの速さで届いたが、離れるほどに到着は遅くなり、ローディアからの手紙は半月以上遅れて届いた。


 エリザベスはフロランがいなくなってから毎日近況を綴り、ローディアの住所がわかるとすぐにこれまで書きためていたものをまとめて一通目を送った。

 一日一、二行の一言日記のような内容が離れた日から続いている。二月分もあるとそれなりに厚みがあり、恋文というよりレポートのようだった。それが面白かったのか、フロランも毎日の出来事を短文で記録して二、三週間分をまとめ、それに先の手紙の返信を添えて送ってくるようになった。

 一日の終わりに互いのことを思い出しながらその日を振り返るのが習慣になり、書きながら再会の日が早く来ることを願った。



 フロランの任務はエルヴィーノをローディアへ送るまで、その後は自由にしていいとイングレイの皇后と約束していた。しかしローディアに着くと、ローディア国王はフロランに側近として引き続きエルヴィーノの世話をするよう命じ、エルヴィーノもそれに賛同したので単身での出国許可が出なかった。


 どこか自分を受け入れてくれる場所を探して職を見つけ、家を借りてエリザベスを迎えに行こうと思っているのだが、思ったようには事が運ばない。ローディアも考えてはみたが、あの王の下に留まるのはどうにも気乗りしなかった。


 どうやらローディア国王はフロレンシオ皇子の生きかえりを警戒しているようだった。第六皇子であるフロレンシオが復活すればエルヴィーノよりも帝位継承権は上になる。いくらフロランにそんな気はないと言ったところで、自分の意思とは関係なく周囲は想像し、疑い、画策してくる。

 いつまで続くともしれぬローディアの生活。ここで二年を使ってしまうわけにはいかないのだが、エルヴィーノはのんびりくつろいでいるにもかかわらず、亡命先とは思えないくらいやたらと仕事を振られ、あっという間に月日が過ぎていった。




 時間が経つほどに、二年の約束を軽く見ていたことをエリザベスは後悔していた。

 三年半が過ぎても忘れられなかった人。そんな人と再会できて、嬉しさと勢いで待つ約束したものの、死んでしまった人を思い出すのと、生きている人を待ちわびるのは全く違っていた。


 フロランと再会するまでは、ふとフロランを思い出すたびに心のどこかに痛みを感じていた。何かのはずみに強まるその痛みも徐々に治まり、いつか思い出になり、心の棘は風化し砕けていくだろう、ようやくそう思えてきたところでの再会だった。

 互いの想いを知ってしまうと会いたい気持ちが募り、会えない寂しさが心を占めて弾けてしまいそうだった。それなのに、抱きしめられた暖かさも、顔を埋めた胸も、会いたいという思いさえも、月日の中であの棘と同じように削られていき、強制的に思い出に変えられてしまいそうで、愛しさ以上に不安ばかりが増すようになった。


 浮気したいという気持ちはない。だけど今、誰かに優しい言葉をかけられて、うっかり心がときめいてしまったら拒絶することはできるのだろうか。

 フロランの婚約者だったブリジットは、婚約解消前でも心を通い合わせられる相手を身近に見つけ、あんなに満ち足りた姿を見せていた。それさえも仕方がないと、今なら思えなくもない。エリザベスはあれに理解を示せるようになった自分に驚いていた。


 その一方で、周囲にいる男性を比較すれば、エリザベスの中ではどんな人が相手でもフロランが連戦連勝、全ての男はフロランの引き立て役にすぎなかった。その想いがあるうちはエリザベスがフロランを裏切ることはないだろうが、エリザベスは自分の想いさえ確かなものと思うことはできなかった。



 その後、手紙の到着は更に遅れ、時に書かれている日付が前回受け取ったものから飛んでいることがあった。

 外国からの郵便なので事故が多いのかもしれない。帝国関係者からの手紙だから検閲されている可能性もある。今届いているものは封蝋は崩れていないので中身は見られていないと思われるが、見られたところで昼に食べた魚がおいしかったとか、エルナ(エルヴィーノの隠語)が言い寄ってきた人(恐らく令嬢)をコテンパンに言い負かしたとか、城に住みついている野良猫一家の話といった程度の内容に、最後にちょっとだけ寂しいとか会いたいとかちょっと恥ずかしめな言葉をつけ足している程度のものだ。それでも自分宛の手紙がなくなるのは気持ちのいいものではない。

 気になって騎士団の郵便を担当している係に毎日顔を見せていると、手紙が来ると宿舎に配らず取り置いてくれるようになった。取り置きに変えてからは、多少遅れて届くことはあっても日付が欠けることはなくなった。


 この手紙が今のエリザベスとフロランの唯一の接点。

 一時は長い間離れていた恋人同士の再会だと、周りが勝手に盛り上がっていたこともあったが、そんな噂話もすぐに静まり、情勢が変わるにつれて「皇族に復帰できる見込みのある元皇子」の価値は見直され、「子爵家出身の騎士団員の令嬢」には似つかわしくないことに気が付いている。エリザベスが「捨てられる」事に賭けている人もいるようだ。


 恋は勢いとタイミング。今はその両方が欠けていた。

 エリザベスは不安になるのは強く確かな想いが足りない自分に原因があるような気がして、心身を鍛えるべく素振りに精を出してみたものの、あまり効果はなかった。


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