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ウォルターは何度もヘンドリックやシリルに目線を送りながら、続きを報告した。
“四年前に、この国での居場所を探していたフロレンシオ殿下に手を差し伸べた人はいなかった。…それは自分も含めてそうだった。だから今度は絶対に助けにいかなければいけない。しかし、…”
手にしていた報告書を見ては再び言い淀み、ちらちらとヘンドリックとシリルを見るウォルターに、エルヴィーノが
”続けよ”
と命じた。二人も小さく頷いた。
"はっ。……、フロレンシオ殿下を、見捨てた…この…国は、…信用できないから、相談しなかった。話せば助けに行くのを止められるかもしれない。放っておけ、見殺しにしろと命じられ、従わなければどこかに閉じ込められ、助けに行くことができなくなる。だから黙って行くしかない。…どうしても、助けに行かなければいけなかった、とのことです”
「信用できない」というエリザベスの言葉に、ヘンドリックは眉間にしわを寄せた。
エリザベスの言葉は「国」であって「国」だけではない。
入団する際に団章にかけて忠誠を誓い、二年以上にわたりアビントン辺境騎士団員として務めを果たしてきた団員だ。団のことを信頼していると思っていたのに、このような事態に「信用できない」とは。
あの時、フロレンシオ皇子に帝国から用意された帰国の準備品を手渡し、帰国を促したのはほかならぬヘンドリック自身だ。王からの命令でもあった。自領を、国を守るためには当然であり、何の落ち度もないと確信しているし、迷うことはなかった。その死を伝え聞いてもあくまで帝国の問題であり何の罪悪感もなかった。
今回のように友好国ローディアからの依頼を王が引き受けたなら、帝国の皇子を守るため組織を動かすのは義務だと思っている。
だが、ローディアの依頼も王からの命令もない状況でなら、果たして自分はどう動いただろうか。死んだ皇子から依頼があったと言われたとして、エリザベスを止めなかったと言い切れるだろうか。
エリザベスが自分の意のままに動きたいと思ったのなら、誰にも言わず、私的な旅として行動を起こしたのは正解だったと言える。
ヘンドリックとエリザベスとでは、全く違うのだ。背負うものも、信念も。わかっているのに、ヘンドリックは複雑な気分だった。
エリザベス・シーモア。
団の中では「力不足」と評されていたが、四人の男から襲撃を受けてもあの程度の怪我で済むほどの実力があった。「勤務態度は真面目」だが「協調性に欠ける」、所属する騎士団も、隊長や班長も、辺境伯である自身のことも信用していない団員。
“まあ、信用は強要するものじゃないからね”
顔色を悪くしたヘンドリックに、エルヴィーノは実に優し気な、それ故に皮肉を込めた笑みを浮かべた。
“…ほ、報告を続けます。最終宿泊地チークから同行していたノヴェル商会のロバートですが、事情を聴くため翌日出頭を命じていましたが、夜間に逃亡を図ったため逮捕しました。
シーモアが騎士団員であることを知っており、友人に会うために馬車に借りたにしては復路の積み荷が多く、極秘任務で何か特別な物を運んでいると思ったと供述しています。襲撃してきた者達はロバートが金で雇っていました。警備隊に扮し不法輸出の疑いで停車させ、荷を奪う手はずだったと供述していますが、ロバートは反帝国派とのつながりも疑われており、引き続き調査を進めています”
“結局、わたくしが皇子だとは誰も気付かなかったってことか”
エルヴィーノはくくくっと愉快そうに声を上げて笑った。
“いっそローディアまで女でいようかしら。伯父上を驚かせましょう、ねえ、レン”
エルヴィーノは旅の間と同じようにフロランの腕に自分の腕を絡ませ、引き寄せたが、フロランは思いっきり顔をしかめた。
“私は夫役は断る。エリーに嫌われたくない”
茶会という名の報告会を終え、二人はエルヴィーノの部屋に戻り、部屋付きの侍女に口直しの茶を求めた。侍女がいなくなると、エルヴィーノは首元を緩め、ソファにもたれて短く笑い声をあげた。
「あの内容を事前に確認もせず、我々の目の前で報告させるとはな。…アビントン殿はよっぽどお忙しいらしい。…先代は手強かったようだが、あれが辺境伯ならアビントン攻略は楽勝だろうな」
攻略する気があるのかはわからないが、亡き皇帝を思い出させる物騒な物言いに、フロランは何も答えなかった。




