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二日後、エルヴィーノとフロランはアビントン辺境伯から「茶会」の招待を受けた。
エルヴィーノが要望していたルージニア入国に関する調査報告があるようだ。茶話室での客人とのちょっとしたティータイムの体を取っていたが、部屋には辺境伯ヘンドリック・アビントンと辺境騎士団長シリル・コリンズ、副団長ウォルター・ラドクリフと、どう見てもくつろげそうにない面々が揃っていた。
挨拶もそこそこに、ウォルターから今回の入国許可証発行に関わる追跡調査と国境近くでのフォスタリア警備隊を装った襲撃について報告があった。
“一月半ほど前、フォスタリアのライボルト伯爵から辺境伯宛に手紙がありました。知人の商人の入国許可証発行の相談でしたが、詳細は書かれていませんでした。その後ヘリングスのフロラン・バルリエとその妻エルナの名で入国許可証発行依頼が届いていますが、依頼書以外は何も同封されていなかったと記録されています。日に何通も申請がありますので、どれがライボルト伯とつながりのあるものかはわかりませんでした。
その後、王宮からイングレイ帝国のエルヴィーノ皇子がローディアに向かっており、国内に入り次第安全を確保するよう通知を受けました。ルージニア国内でも反帝国派の者は少なくないため、この情報の共有は隊長以上の者に制限しました。
事前に入国申請をしておき受け取りは当日という方も多く、バルリエ氏からの申請も許可証の送付先が書かれていなかったので当日受取になると判断し、書類を入国管理部署で預かっていました。その後何度かご連絡いただいたと伺っておりましたが、入国審査を担当する部署には何も届いていません”
安全のため別便で入国許可証の送り先を指定したのだが、一通も届いていなかった。
手紙はライボルト伯が直接送ったものを除き、出入りの業者や使用人を通じて出していた。手紙の中に手紙を入れ、転送を頼んだものもあったが、安い庶民の郵便屋を使えば距離は近くとも国を超える手紙は未着になりがちなものだ。駄賃だけでは満足しなかった者が送料として渡した金も懐に入れ、手紙を処分していた可能性もある。
“匿名の私信を受け取った者はいたようです。亡きフロレンシア皇子を騙る手紙が届いたが、いたずらか、何かの陰謀に巻き込まれては困ると思い、処分したと言っていました”
フロランは小さく溜息をついた。それなりに親しく、堅実そうな者に出したつもりだったが、死人からの手紙は歓迎されなかったようだ。国内に問題を抱えている帝国の関係者、それも死者からの手紙となれば関わりたくはないだろう。
“エリザベス・シーモアへの手紙はシーモア領主家に宛てられていましたが、たまたま受け取った配達屋がエリザベス・シーモアがアビントン辺境騎士団に所属していることを知っており、領主家ではなく騎士団の宿舎に直接届けたようです。その手紙を受け取った直後、シーモアは友人に会いに行くと休みを取り、フォスタリアへ向かいました”
“エリザベス・シーモア。あの者か?”
エルヴィーノの問いに、フロランは頷いた。
フロランは信じられなかった。ローディア王家からエルヴィーノの受け入れを頼まれ、アビントン騎士団の密命で動いていたのではなかった。あの手紙を読んだエリザベスが個人で動いたとは。
“シーモアが入国許可証を代理で受け取ったと報告を受けたのは、シーモアが出国した二日後です。この時期に入国許可証を持ってフォスタリアに向かい、しかも入国者の名がかつて留学生だった帝国の皇子の名と同一とわかり、エルヴィーノ殿下の入国に関わっている可能性があると判断した次第です。
我が国の騎士団を動かせるのはメイプル以東の街道までという取り決めがあり、団を動かすわけにはいかず、団員を二人秘密裏にフォスタリアに送りましたがシーモアとは合流できませんでした。
ライボルト伯ともお会いしましたが、お二人のことはご存じないとのことでした。皇子がライボルト伯爵の元にいると確証が得られれば、フォスタリアに許可を得てお迎えに行く予定でしたが、…まさかシーモアが単独で動くとは…“
“は、…あいつは独断で一人で皇子二人の命を預かり、国境を越える覚悟だったのか?“
自分が命を託したものがあまりに頼りなかったと知り、エルヴィーノは笑い顔をひきつらせた。しかし、フロランはすぐにそれを否定した。
“…違う。エリーは、私を…私と私の妻を、私が希望するままこの国に送り届けるつもりだった。もう二度と私を見捨てたくない、そう言っていた。…エルナが皇子エルヴィーノだとは最後まで気づいていなかった”
命を懸けてまで助けてもらえるような仲じゃなかった。それなのに命令でもなく、ただ友人を、フロランを助けるために…。
“…俺はおまけで助けてもらった訳か。…なんかむかつくな。何故シーモアは一人で動いたんだ? 騎士団員なら一国の皇子の名で呼び出しがあれば上に相談するものだろう?”
エルヴィーノの疑問に、ウォルターはちらりとヘンドリックの顔色を窺った。
“言ってみろ”
ヘンドリックに促され、シリルも頷きで同意したので、ウォルターは言い淀みながらも自分の聞いてきたことをそのまま伝えることにした。
“シーモアからは直接理由は聞けませんでしたが、友人であるオコナーから聞いたところによると、死んだ人から呼ばれたと言っても信じる者はいないだろうし、騎士団員として動き、騙されたとなると騎士団の、辺境伯の咎になる。個人的に友達を助けに行っただけなら、騙されていても自分だけが罪を背負えばいい。だから誰にも言わなかったと”
エリザベスならそう言うかもしれないとフロランは思った。しかし、それを理由にするにはリスクが大きすぎる。大きな組織に所属しているならその力を頼り、より安全に動くものだろう。
ヘンドリックもシリルもまた同じ疑問を持っていた。




