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エリザベスがアビントン騎士団に入団してから三年目に入った。
同期の中には班長になる者も出てきたが、エリザベスはまだ一兵卒のままだ。
フロランとの縁で友達になったグレンが王宮騎士団から辺境騎士団に異動になった。誰かが王宮騎士団に引き抜かれ、その交代だと聞いたが、本人の希望もあったようだ。来るなり班長になることが決まっていた。第一隊に所属になったので、第三隊にいるエリザベスとはあまり話をする機会はなかったが、頼りになる人が増えるのはありがたいものだ。
騎士という職業柄どうしても女性が少なく、出世するのも男性の方が早い。周りの影響を受けるのか後輩からも女というだけで舐められているところがあり、エリザベスが班長になったところで言うことを聞かない部下に苦労するのは目に見えていたので、あまり出世したいという向上心も沸かなかった。日々の任務を真面目にこなし、多めに渡される事務仕事も心の奥で悪態をつきながらさばいていた。
帝国では一時は第三皇子が皇帝になると思われていたが、反第三皇子派が蜂起し、帝都を巻き込んだ戦いの末、第三皇子は帝都を追われ南部に逃げ込んでいた。
エリザベスはフロランを殺したのは第三皇子に違いないと決めつけていたので、第三皇子が劣勢になるニュースを小気味よく思っていた。
第三皇子の都落ちが報じられてからはルージニアへの入国者数は落ち着き、中には自国に戻る者も出てきた。帝国民の多くは第三皇子を支持していないようだ。
つい、早くいなくなってしまえばいいのに、と呪いを向けることもあったが、エリザベスの小さな呪言くらいでくたばるような相手ではなかった。
休みの日にエリザベスの元に手紙が届いた。手紙には差出人の名が書かれていなかった。住所は実家になっていたがここに届いたということは家から転送してくれたのだろうか。差出人もわからない手紙を未開封のままで?
不審に思いながらも手紙の封を開けると、見覚えのある書き癖の文字が綴られていた。
本文の最後の署名を見て、エリザベスは目を見開いた。
フロラン・バルリエ
幽霊からの手紙だ。
親愛なるエリザベス
元気にしてるだろうか。
私は今商用でフォスタリアに来ている。この後ルージニアに行く予定で、ぜひ会いたいと思っているのだが、ルージニアに入国するための許可証が届かず、困っている。
私と妻エルナの許可証ができているか、アビントンの役所に確認してほしい。もしまだ送られていなければ、ライボルト伯爵宛てに送ってもらいたい。
へリングスの酒も持ってきた。再会の時に飲み明かそう。
フロラン バルリエ
本当にフロランからのものなのだろうか。
エリザベスはその手紙を何度も読み返した。
フロレンシオ皇子は四年前に亡くなっている。…と新聞で読んだ。遠いイングレイ帝国の話だが、皇族の死をいい加減な情報で伝えることはないだろう。
かつて見捨ててしまった友人が無事生きていて、妻を娶り、この国に来たいと言っている。
手紙がずっしりと重みを増したように感じた。
書かれた事実だけを追えば、フロランを名乗る男とその妻、男女二人がフォスタリア王国のライボルト伯爵のところに滞在していてルージニアへの入国を希望しているが、許可証が届かない。
ライボルト伯爵の領ならアビントンから馬車で三、四日もあれば着くだろう。もし本当にフロランが帝国から来ているとするなら旅程は九割終わり、ゴールはほぼ目の前だ。
騙されているのかもしれない。それでもその名で求められた助けに手を伸ばさずにはいられない。フロランの名はエリザベスの心にずっと刺さったままの棘だ。
このことを誰かに伝えておいたほうがいいのか迷った。
騎士団の班長は表立ってはエリザベスを邪魔にはしてないが、他の騎士たちと比べるとパワー不足なエリザベスをお荷物だと思っていて、雑用担当扱いしているところがある。
隊長は実力主義だが、隊長に認められるほど何かに秀でてもいない。隊長の家は貴族家だ。帝国がらみとなると家の事情や派閥で思わぬ方向に舵を切られてしまうかもしれない。
騎士団長もアビントン辺境伯も一度も面と向かって話をしたことがない。雑兵に過ぎないエリザベスの顔を知っているかさえ怪しいし、アビントン辺境伯はかつてフロランを見捨てた一人でもある。自分の家と同じく…
いろいろ考えて、結局エリザベスは誰にも言わないことにした。




