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ブリジット・レポート  作者: 河辺 螢
第一章 学校編
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1-13

「あの、…」 

 校内でブリジットとすれ違った時、エリザベスは思わず声をかけてしまった。知り合いでもなく、相手は格上の公爵家の令嬢だ。いかに学校の中とはいえ、礼儀を知らない行為だった。

 周りにいた令嬢達がブリジットを守るように前に立ったが、エリザベスはすぐに深く頭を下げて礼をした。

「エリザベス・シーモアと申します。私からお声がけする無礼をお許しください。ブリジット様とお話をする機会を、…いただくことは…できませんでしょうか」

 ブリジットは牽制する令嬢達を手で合図して引かせた。

「あなたがシーモア嬢ね。私も一度お話をしてみたかったの。今日の午後三時に寮にお越しになって」

 思いがけず、すぐに承諾の返事をもらえた。

「ありがとうございます」

 エリザベスは去って行くブリジットを深い礼で見送った。



 ブリジットとエリザベスの寮は別の建物で、上位貴族専用の寮は建物の構造も、内装も、広さも全く違っていた。来客と面談できる応接室も用意されていて、ふかふかのソファに専用の侍女が入れるお茶は注いでいる時から違う香りがした。


 優雅にお茶を楽しむブリジットを前に、エリザベスは勧められてカップを手に取ったが、口先をつけ、一口飲み込んだだけだった。

「お話は、フロレンシオ殿下のことでよろしいのよね?」

 勢いでブリジットと話をする段取りを組んだが、聞きたいことはたくさんあったけれどいざ本人を前にするとうまく言葉にならない。しかしあまり長く時間を取っては失礼だ。


「あの、…フロ…、フロレンシオ、殿下と、破談になったのは、私がイングレイ語を教えてもらっていたことを誤解されたのにも原因があったと…」

 話している途中でブリジットはくすっと笑い声をあげたが、目は笑っていなかった。

「誤解なんてしていないわ。殿下がこの国にお越しになった時には、この婚約がなくなることは決まっていたんですもの」

 そんなに早くに決まっていた? ではフロランは何のためにイングレイ語のレッスンと称してブリジットの情報を集めたのだろう。


 戸惑うエリザベスを見て、ブリジットはエリザベスが何もわかっていないのだと改めて知った。世情に疎いエリザベスにブリジットは呆れた顔を隠さなかったが、下級貴族の末娘などそんなものだろう。

 下級貴族の令嬢に負けたかのような誤解を解くためにも、ブリジットはエリザベスに事の成り行きを教えることにした。


「私と妹しかいなかった我が家では、家を継ぐため婿養子を取ることになっていたの。それを聞きつけたイングレイ皇帝陛下が、フロレンシオ殿下に我が公爵家を継がせるため、長女の私と殿下との婚約を決めたの。もう十年以上も前の話よ」

 フロランは五歳の時だと言っていた。十一、二年前の事だろう。

「本来ならもっと早くフロレンシオ殿下にこの国にお越しいただいて後継者教育をするはずだったのよ。実現していれば状況は変わっていたのでしょうけど、帝国内でフロレンシオ殿下に力をつけさせたくない方々がいたようで、なかなか渡航が認められなかった。そうしている間に殿下のお母様、第五側妃様は事件に巻き込まれて離宮に追いやられ、陛下の側妃様への関心は消えてしまわれた。側妃様は陛下のお心を取り戻すことができないまま二年後に亡くなられたと聞いたわ。元々側妃様へのご機嫌取りのための縁談だったんですもの。陛下がこの縁談があったことさえお忘れになったのもある意味仕方なかったのでしょうね」

 自分から言い出しておいて、子供の縁談さえ忘れてしまっている皇帝。もし公爵家がこの縁談を好ましく思っていなかったとすれば、解消のチャンスだ。


「三年前に弟が生まれたの。父の愛妾の子供だけど我が家で引き取って嫡子として育てることになり、母も家のため折れたわ。弟を嫡男として登録すると、イングレイでフロレンシオ殿下に留学の許可が下りたの。何の資金援助もなく、殿下は自分の留学の旅費を工面するのがやっと。帝国から護衛も侍従も連れずお一人でお越しになり、お忍びという名目でごまかしていらしたわ。…父もまた何の援助もしなかった」

 援助をしないのは公爵家の、そしてこの国でのフロランの扱いの予告でもあった。帝国でもこの国でもフロランの力になる人はいなかったのだ。


「帝国側でもこの婚約に興味のある人はなく、この婚約は殿下の一存で()()()()()()と言ってきたの。殿下がお越しになった翌日に、父は後継者が生まれたので殿下に公爵家をお継ぎいただけなくなったと伝えたわ」

 皇帝と交わした国家間の約束を、後継者ができたからと言って簡単に覆せるものなのだろうか。

 やはりそこにもフロランに力をつけさせたくない誰かの、そして他国出身の後継ぎを歓迎しない公爵家の思惑があったことは想像がつく。


「父は他にも爵位を持っていたけれど、それを譲る気もなかった。身分だけ高くて後ろ盾もない皇子を我が家に置く必要はないと判断したのでしょう。来るのが遅すぎたとだけ言って、私との婚約解消を提案したの。帝国の皇子に向けた発言としては大変失礼でしょうけど、あの方は少し質問をして、我が家が本気だと知ると承諾なさった。こうなるとはじめから知っていたみたいに。父も拍子抜けしていたわ。帝国から受理されたと連絡があったのはつい先日だけど、この婚約解消はずっと以前から決まっていたことよ」

「それは、…フロランのせいでは…」

「そうかしら。皇家の一員である以上、皇家のしたことに責任を持つのは当然。強引に婚約を押し付けながら放置し、忘れ去る程度の約束に従うほど我が公爵家は落ちぶれてはいないわ」


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