【羽無し】と違和感
青龍王の手が、頬に当てたままの私の手に重ねられ、そのまま優しく握りしめられた。
「あの日、あの森で……そなたに出会えてよかった」
「……私も、そう思います」
もし、あの時出会えなかったら、あの日青龍王が私を朱雀として見出すことはなかっただろう。
叔母はけして、客人の前に私を出そうとはしなかっただろうし、森での採集以外の外仕事は、身内の恥を村の人に改めて晒したくないという理由で、私以外の他の使用人が命じられていた。
もしも、あの時叔母から紅水晶の採集を命じられていなければ、それ以外の状況で、偶然青龍王に出会えていた可能性は限りなく低い。
「それでも………もし、あの日出会えなかったとしても。結局いつかまた巡り会っていたような気もします」
もし運命というものがあるのなら。
私の中の初代朱雀の魂が、王の中の初代青龍の魂と引き合うのなら。
遅かれ早かれ、何かしらの形で出会えていたのかもしれないとも思う。
そうであって、欲しいのかもしれない。
「私が朱雀で、貴方は青龍なら。たとえ運命に抗おうとしたとしても、きっといつかは出会わずにはいられないのでしょう」
呪いのような縁。
それこそが、初代朱雀の、初代青龍への想いの深さの証明なのだから。
「そうだな。……きっとそうだ」
青龍王は握っていた私の手を、自身の頬から遠ざけ、静かに離した。
「そなたに惹かれる心すら……全てが、抗えぬ運命ならば」
まるで私に惹かれることもまた、罪のように口にするのだな。と、そう思ったが、今度は敢えて指摘はしなかった。
自身の弱さを憎み、人間性を排除することを理想とする青龍王にとって、朱雀という存在は、本心では邪魔な存在なのかもしれない。
羽の有無は関係なく、王の弱さを露わにし、肯定する私を疎ましく思っているのかもしれない。
それでも……彼は私に惹かれずにはいられない。
私が朱雀で、彼の対の存在だから。
その事実が、嬉しいのか、心苦しいのか……正直に言えば、自分でもよく分からない。
「そういえば朱雀………お披露目の舞で、朱雀の力を可視化する練習をしていると聞いたが、誠か?」
「はい。……少しでも、羽根が無い欠点を補いたくて」
藍華さんに見てもらいながら、練習を繰り返した結果、それ程強く意識しなくても、力を金色の光として放出できるようになった。
跳躍機を使った舞にも慣れ、これならば羽が無い欠点もある程度は補えるだろうと、玄武からもお墨付きをもらっている。
「………そなたが、朱雀らしくあろうとしてくれることは嬉しいが、頼むからあまり無理はしないでくれ。力は、使い過ぎれば、体に負担が来る。ただでさえ、そなたは日常的に舞い、歌うことに慣れていない。力の配分に気をつけてくれ」
王の忠告は、玄武からも藍華さんからも繰り返し言われていることだった。
力は適度に使えば、使い手に負担を与えることもなく、日を置けば回復する。だが、許容範囲を越えれば、生命力を削ることになる。
初代朱雀は初代青龍王の為に、限界を超える力を使い過ぎて、何度も生死の境を彷徨ったという。
藍華さんは、私が力を使い過ぎて倒れるのを心配し、自分との練習の時以外に歌うことを禁じた。……青龍王を思って、後宮で一人歌ったことは彼女には秘密だ。
「大丈夫です。力の可視化は、あくまで余剰分を使っているだけ。玄武も、何も問題無いと言っていました。今の私の守護の力は、落下の衝撃の緩和にしか働いてないから、と」
改めて、先日の玄武の言葉を口にして、ふと違和感を抱いた。
何かが、間違っている気がする。だが、何がおかしいのかは、分からない。
「そうか。ならいいんだ」
優しく微笑む青龍王に、さらに胸の違和感は強くなる。
「お披露目の日……新たなそなたの舞を見られることを、楽しみにしている」
私は、一体、何を間違っているのだろうか。
分からないまま時は過ぎ、各種族の長に向ける、最初のお披露目の日がやって来た。
「ーーああ、朱雀! 綺麗。とても綺麗よ」
歴代の朱雀が纏ったと言われる、祭事用の衣装を身に纏った私を前に、藍華さんは頬を紅潮させてうっとりと両手のひらを合わせた。
「歴代の朱雀の中には、様々な色の髪の方がいたようだけど……やっぱりこの衣装が一番似合うのは、赤い髪だわ。元々は、初代朱雀に合わせて作られたものですもの。まるで、初代朱雀の再臨のようだわ」
藍華さんはそう言って褒めたたえてくれたけれど、私には色合いよりも寧ろ、背中の心もとなさの方が気になった。
歴代朱雀は皆、鳥人で………私と違って、ちゃんと羽があった。
だから、当然、この衣装にも羽を通すことのできる隙間が空いている。
羽を通しさえすれば、塞がるはずの隙間。しかし、翼がない私には、無意味に風を通す、不要な穴と化している。
寒いわけではない。……だけど、こんな些細なことからも、改めて突きつけられる。
自分が、欠落した、異質な存在であるのだと言うことを、実感せずにはいられない。
「だけど……当代の朱雀は、私だ」




