キース団長とラニールさんの出会い
その後編第三弾です!
ある日のこと、いつものごとくラニールさんのところでお昼をいただきにやって来たら、キース団長も昼休憩に現れた。
「リディア様!」
いつものように元気よく挨拶をしてくれるキース団長。キース団長はテーブルにエスコートしてくれ、椅子を引いてくれた。何だか申し訳ないわ。
「今日もラニールの昼飯目的ですか?」
「えぇ、もう皆さんにはバレバレですね」
そう言いながら二人で笑った。
「そういえばキース団長とラニールさんって、とても仲が良いですが、いつからのお知り合いなのですか?」
「ん? あー、ラニールとですか?」
「えぇ」
キース団長は確かサスフォード子爵の次男。しかも王国騎士団団長。ラニールさんは確か平民出身だと聞いた。あまり接点はないように思うんだけど。
「ラニールとはお互いが見習いのときに初めて会いましたね」
そう言いながらキース団長はラニールさんとの出会いを話してくれた。
私はサスフォード子爵家の息子だが、次男だったため家は継げない。だから騎士団に入団したのだが、その当時の団長が男爵家の方でかなり身分に対して厳しい考えをお持ちの方だった。
私が子爵家の者だったため、凄く気を遣われていたのは事実なのだが、逆に目の敵のように当たられることも多くなっていき、少し辛い見習い時期だった。
「お前は俺の下ではやる気が出ないということか!?」
「いえ! そんなことは決して!」
決して手を抜いていたとか、さぼっていたとかではない。それなのに少し立ち止まっていたり、疲労で膝を付いていただけで、そんな怒声が飛んだ。
理不尽な叱責に日々耐えるのが辛くもあったが、この人の立場から考えると自分よりも爵位が上の人間を部下に持つということはきっと辛いことなのだろう、と理解しようとした。
しかし我慢をしていたせいなのか、団長からの叱責は次第に暴力へと変わって行き、殴られる日々が増えて来た。
訓練の中での指導だと言われてしまえばどうしようもない。ひたすら我慢の日々だった。しかし徐々に限度を超えた暴力に耐えきれなくなり、我慢の限界を迎えた。
殴られ倒れている内に訓練が終わっていて放置されていた私は、呆然としながらフラフラと控えの間に戻った。
その時控えの間の裏手から話し声が聞こえた。
「お前は! 俺の言うことが聞けないのか!!」
聞いたことがあるような台詞にビクッと身体が強張り動けなくなった。
そっと物陰から覗くと、控えの間の料理長と見習い料理人らしき人間がいた。
「お前は俺の言うことだけ聞いていれば良いんだよ!! 平民のお前が貴族の好む味など作れるはずがないだろうが! この控えの間の騎士たちの料理も俺が作っているんだ! ここの奴らに繊細な味など分かる訳ないんだよ! 腹が膨れりゃ良いんだよ!」
「なっ!!」
何だこの料理長は! 見習い料理人を平民だからと見下している上に、ここの騎士たちのことも馬鹿にしているではないか。
平民だろうが何だろうが、しっかりと職務を全うしている人間を罵るとは何たる傲慢さだ。責任を持って職務を全うしている人間は尊敬に値する! 身分など関係はない!
聞くに堪えない! 思わず身を乗り出し、声を掛けようかと一歩踏み出そうとしたとき、罵られていた見習い料理人が口を開いた。
「俺は貴方が料理長である限りは従うが、おかしいと思ったことは意見しますよ。まずあの味付けではあの素材が活きない。素材の良さを消してしまっている。それにあの作業をするだけで時間をかけていては無駄が多過ぎる。もっと時間を効率よく使うべきだ。他の作業もしつつ、並行して別の作業もすべきです。それから騎士たちが繊細な味など分かる訳がないとは横暴な意見では? 誰が彼らの舌を調べたんです? いつも味を落としたものばかり作っていると貴方の舌が馬鹿になり、味が分からなくなりますよ」
ブフッと吹き出しそうになり、慌てて口に手を当てた。
あまりの正論と早口に、料理長は目を丸くし唖然としている。しかしそれが段々と顔を真っ赤にして怒り出した。訳の分からないことを怒鳴り散らして厨房へと戻って行ってしまった。
「はぁぁ」
見習い料理人は深い溜め息を吐いた。
これは面白い。今まで自分が上官である団長の理不尽な暴力に必死に耐えていたのが馬鹿らしく思えてしまう。
平民である彼が上司という立場以上に恐らく地位が上であろう料理長に対して、真っ向から正論で返す。これほど格好良いと思ったことはなかった。
「見事な切り替えしだ」
「!?」
驚いた料理人はこちらに振り向いた。おぉ、これまた鋭い目付きの料理人だな。
いきなり現れた騎士見習いに眼光鋭く睨みを利かす。普通の人間ならば足がすくみそうな程の目付きだな。
だが先程のやり取りを爽快な気分で見ていた私からすると、この人物は興味の対象でしかない。
「誰だ、お前」
「私はキース・サスフォード。騎士見習いだ」
私の名を聞き、恐らく貴族だと分かったのだろう。鋭い眼光がさらに鋭く光った。
恐らく料理長の差別のせいで貴族みんなを嫌悪しているのだろうなぁ。
「先程の料理長とのやり取りを少し聞いてしまった、すまない。しかし爽快な気分だったよ」
「は!? 何であんたが爽快になるんだ」
「ハハ、俺も似たような立場だったものでね」
別に聞きたくはないという料理人を捕まえて、私自身のことを話した。
「はー、どこにでも馬鹿はいるもんだな。自分で株を下げることもないだろうに」
「…………」
「何だよ」
驚いて無言でいると怪訝な顔をされた。
「そうか、確かにな……、自分で自分の株を下げているんだよな。自業自得とはいえ、ちょっと可哀想なのかもな」
他人を見下して当たることでしか、自分を誇示出来ない。しかし、それが逆に自分を貶めているということに気付いていないのだ。誰かを理不尽に痛めつけていることは、必ず誰かの目に入り、耳に入る。いくらそれらを見聞きした人間たちが無視をしていたにしても、その行いは噂で広まり、行った本人の評価に繋がる。
私は自分が辛いことしか頭になかったが、この料理人は理不尽な相手にすらそのように同情するのだな。凄いことだ。
「君の名を聞いても良いか」
「は?」
「私も見習いなんだ、これから一緒に頑張ろう。私はいつか団長になるつもりだ。君もいつか料理長になるのだろう?」
私が団長になったら必ず身分関係なく、その人自身を見ると誓う。必ず。それを今、心から思えたことが嬉しかった。
料理人は小さく溜め息を吐くと、頭をガシガシと掻いた。
「俺はラニールだ。いつか料理長になるんじゃない。必ずなるんだ」
「ハハ!! そうだな!! 私も必ず団長になる」
それからラニールとは軽口も叩けるくらいの仲になっていった。お互い理不尽な相手にもめげず。
私も今まで黙って耐えていたがラニールに見習い、間違っていることは正論で返す。
そうやっている内に徐々に上官からの理不尽な暴力はなくなっていき、さらにはその団長は地方への異動でいなくなった。
ラニールの上司である料理長はちょっとした不祥事を起こし辞めて行った。
そして我々はほぼ同時期に団長と料理長に出世したのだった。私の場合は子爵という肩書もあるため、団長に出世は順当だったが、ラニールは平民出身。城の料理長に平民出身者が就任というのは異例の大出世だった。
「おい、何をベラベラ話してるんだ」
キース団長の話を夢中で聞いていたら、真後ろにラニールさんが立っていて、キース団長に睨みを利かせていた。
「ハハ、私たちの出会いだ!」
「余計なことを話すな!」
「良いじゃないか、リディア様もラニールの話を聞きたかったでしょう?」
いきなり話を振られビクッとなった。
「え、えぇ、ラニールさんの見習いだったころのお話楽しかったです! ラニールさん、昔から格好良いですね!」
後ろ盾もなく自分の実力だけで料理長までのし上がることも凄いけれど、差別をする上司に面と向かって反論するなんて、中々簡単には出来るものではないと思う。しかもその理不尽な相手にすら同情するなんて、凄い人だわ、と感心していたのだけれど……。
ラニールさんは顔を手で押さえ、横を向いていた。
「あの? 何か余計なこと言いましたか?」
「ブッ、アハハ、リディア様に褒められて照れているんですよ、ラニールは」
「お前!」
ラニールさんは慌ててキース団長の肩を掴んで発言を遮ろうとしていたが、遅かったみたい。
フフッ、真っ赤な顔が可愛らしいですよ、ラニールさん。
キース団長とラニールさんはじゃれ合うかのごとく、やいやいと言い合っていた。
仲が良い二人だな~、とは思っていたけれど、見習い時期にそんなことがあったのね。今日はお二人のことがまた少し知れて嬉しい時間だったわ。ん? 何か忘れてる?
「あ、ラニールさん、お昼!」
あ、二人共こちらに振り向き、固まると……、いつものごとく爆笑されたよね……うん、分かってましたよ……フッ。
キースとラニールの出会い編でした。
後、三話程、単話を予定しています!




