第八十九話 本当の自分!?
「私は…………、リディアではありません」
「!!」
マニカとオルガ以外の全員が驚愕の顔。そうよね……。
「一体どういうことだ?」
ラニールさんが聞いた。
「私はカナデと言います。リディアと魂の入れ替えを行ったんです」
「カナデ……」
私はこうなった理由を一から全て説明をした。
皆驚愕の顔だったが、ラニールさんは少し考えた後発言した。
「うーん、リディアではなかった、と言われても、俺からしたら、俺は今のリディアしか知らないからな。何も変わらない」
「僕も。僕も今のリディアしか知らない」
ラニールさんに続きイルもそう答えた。確かにラニールさんとイルは今の私しか会っていない。だから彼らが知る「リディア」は「私」なのだ。
嬉しい。私を受け入れてくれてありがとう。
「ありがとうございます……」
しかしシェスやルーは違う。子供の頃に数回だけだが会っているはずだ。
「あー、なるほどな、だから昔のお前と印象が違う感じがしたんだな」
そう、確かにルーは最初会ったときに以前と違うと何度も言われた。なら、シェスは? シェスはどう思っていたのだろう。
シェスを見詰めると、その視線に気付いたのか、少し戸惑いながら答えた。
「私は……、確かに子供の頃と印象が違う気はしたが、その……、あまり興味がなかったので……、その……」
しどろもどろに話すシェスに思わず吹き出した。正直過ぎ。それが可笑しくて。
「フフ、そのおかげでシェスには疑われず済んでいたのですね」
「す、すまない」
その姿が可笑しくて笑った。そして再び顔を引き締め立ち上がった。
「みなさんをずっとリディアとしてだましていました。本当に申し訳ございません」
深く深く頭を下げた。
「お嬢、頭を上げて!!」
オルガが叫ぶと皆も同じように続く。シェスは私の手を取り、再び座るよう促す。
「君が謝る必要はない。君は巻き込まれただけだろう?」
皆の優しさが胸に沁みる。
「でも、一年の約束だったんです。一年後の誕生日に再び同じ魔術を行い元に戻す、そう思っていました」
「そう思っていた……、今何も変わっていないということは魔術は失敗したのですか?」
ディベルゼさんが確認するように聞く。
「えぇ、何故だか分からないのですが、魔術が発動しなかった」
「魔術が発動しなかった……」
ディベルゼさんがふむ、と考え込む。
「私はどうなるのでしょう……、あちらの世界に行ったリディアも……」
シンと部屋が静まり返り、皆が考え込んだ。
そして静まり返る中、イルが発言した。
「リディ……」
「え?」
「君、元々こちらの世界の人じゃないの?」
「え!?」
こちらの世界の人間!? 私が!? 何で!?
皆が再び驚愕の顔になった。
「ちょ、ちょっと待て。次から次へと色々ありすぎて混乱する。どういうことだ、リディアがこちらの人間!?」
ルーが頭を抱えながらイルに聞いた。
「リディが行った魔術は魂の入れ替え。一度入れ替えた魂は元に戻すことは出来るけど、二度と行うことは出来ない。人生でたった一度だけの魂の入れ替えと入れ戻し。そんな魔術だったはずだよね?」
「え、えぇ。確かそんな説明だった」
「なら、術が発動しない原因は一度すでに入れ替わっているから。一年前「リディア」と「カナデ」が入れ替わったのは、「入れ替わり」じゃなくて「入れ戻し」じゃないかな」
「入れ戻し……」
その場にいた全員が唖然としてこちらを見た。
入れ戻し!? 入れ替わりじゃなくて!? 私は元々こちらの人間!?
その瞬間、鍵を開けたかのように何かが私の内から弾けて溢れ出した。
私の名を呼ぶシェスの声が遠く聞こえる。
そう、私はこの世界の人間だった。
五歳のときにオルガと森へ行き魔獣に襲われたのは私だった。私の記憶だった。ゼロとあのとき会ったのは私だったんだ。
魔獣に襲われ意識を失くし、気付いたときにはあちらの世界、病院のベッドの上だった。
あのときの私は記憶をなくし、何も分からなかった。看病に来てくれていた祖母が懸命に世話をしてくれ、記憶をなくした私に色々教えてくれていた。
私の両親は交通事故で亡くなったのだ、と。私は唯一の生き残りで、一度心臓が止まりかけたが、懸命な蘇生で命を取り留めたのだ、と。
それからは祖母と二人暮らしでずっと過ごしていた。
リディアの記憶でも確かに魔獣に襲われる前の記憶がない。以前この記憶を取り戻したときはこの記憶がリディアの記憶なのだと思い込んでいた。
でも違った。この記憶は私の記憶だ。記憶の共有で得たリディアの記憶には五歳以前のものはない。その後はマニカやオルガに教えられるままの情報で、自分はリディアなのだと思い込んでいただけだった。
だからずっとリディアはこちらの生活に違和感があったのだろうか……。
「私がリディアだった……」
「!!」
意識を取り戻すかのように呟いた言葉に全員が唖然となった。
「何か思い出したの?」
イルが落ち着いて聞く。
「うん。五歳のときに魔獣に襲われたのは私だった。この記憶は私のものだった。カナデも五歳のときに交通事故に遭って心臓が一度止まったらしく蘇生されているの。そのときにリディアとカナデの魂が入れ替わった?」
その言葉にイルは少し考え、
「たまたま、本当に偶然にも魂の近しいもの同士が、同じ日の同じ時間にお互いが死の淵を彷徨い、そのせいでそのときに魂が入れ替わった……、そういうことなんだろうね」
皆が呆然とした。
「お嬢はじゃあ俺が好きになったお嬢なんだ……。やっぱりそうだったんだね…………。お帰り、お嬢!」
オルガは泣き出した。泣いて泣いて喜んでくれた。
マニカも驚き、そして喜んでくれた。
「十八までおられたお嬢様も大切な方ですが、本来のリディアお嬢様が今のお嬢様だなんて……」
マニカも涙を流す。
ラニールさんとルーは何かよく分からんが良かったな、と頭を撫でる。
ディベルゼさんは安堵したような表情。ギル兄は少し複雑そうではあるが同様に安堵したようだった。
シェスは……。
「では君はこのままこちらの世界にいるのだな?」
私の手を上から握り締め、まだ少し不安そうな表情でシェスは言う。
「えぇ……、と、そう言いたいところですが、このままあちらの世界にいるリディアに何も伝えられないままという訳には……」
きっとリディアは何も知らない。再び魔術の発動で元に戻ると思っていたのに何も起こらなければ、きっと今不安で仕方ないのではないだろうか。
どうにかしてリディアと連絡が取れないものか。
「リディ、リディアと……、違うか、カナデと? 連絡を取りたい?」
「え? 連絡を取れるの?」
魔術はもう発動出来ない。連絡を取る術などもうないと思っていた。
「以前にリディが聞いてきたでしょ? 魔術のこと。あれはこのことを聞いてたんだね? あのとき僕が言った魔術を覚えてる?」
イルのお母様が魔術に長けた国出身の方だったため、イルに少し話を聞いた。
そのときはリディアが発動した術を知りたくてイルに色々聞いたが、どれも違うようだった。一番似ていると思った魔術が一つだけあったような……。
「最も近しい魂の者と繋がることが出来る魔術」
「!! リディアと話せるの!?」
「多分ね。やってみないと分からないけど。その鏡、魔術具だよね、それを使おう」
「ちょ、ちょっと待て!」
シェスが叫んだ。
「それは大丈夫なのか!? 危険はないのか!?」
イルはキョトンとしたが、シェスが真面目な顔だったため、にこりと笑い穏やかに言った。
「大丈夫だよ、魂の入れ替えとは違って、会話が出来る程度だから危険はないと思うよ?」
「そ、そうか」
少し安心したのかシェスはそれ以上は何も言わなかった。
イルは私が持っていた鏡を確認した後、再び私に返し、顔が映るように鏡を持つよう言った。
イルは魔術を唱え出し復唱するように言う。




