第八十四話 奔走する日々!?
シェスレイトは仕事の合間に街へと来ていた。
リディアと共に出かけた日に注文したものを受け取るために。
「殿下、宝飾店で何を買われたのですか? わざわざ受け取りに来なければならないものとは?」
ディベルゼとギルアディスもあの日は隠れながら尾行していたが、店で何を買ったかまでは知らない。
シェスレイトは首元に付けた、リディアにもらったブローチを触りながら、あの日のことを思い出していた。
「だから、お前たちは別に来なくても良いと言っただろう……」
ブローチに手をやったまま、ディベルゼたちに見向きもせず言い放ち、シェスレイトはスタスタと歩いて行く。
「そういう訳にもいかないので仕方がないでしょう。我々だって好きで覗いている訳じゃありませんから。護衛ですからね」
覗いている……、その言葉にシェスレイトは引っ掛かった。あの日のことを言っているのか!? あの日の全てを見ていたのか!? シェスレイトは一気に血の気が引いた。
「お、お前たち……、まさか……、あの時いたのか!?」
「あれ? お気付きではなかったのですか? てっきり分かっているのかと」
ギルアディスは二人の会話を聞きながら、殺される……と顔が青ざめた。
シェスレイトは眩暈で倒れそうになり、あの日の自分を消してしまいたくなった…………、いや、ならないな。そう思い直す。
あの日の自分を他の人間に見られていたかと思うと、恥ずかしさでどうにかなりそうだが、決してなかったことにしたい訳ではない。
あの日リディアと一日過ごしたことは忘れたくない。幸せな時間だった。
あの日から一度もリディアには会えていない。
その後リディアの疑惑を聞き、なおさらあの日を特別に思うようになった。
次に会ったときに自分はリディアと普通に接することが出来るだろうか。
あの日を大事に思えば思うほど、リディアに会うのが怖くもなった。
疑惑を信じ、リディア本人に疑惑の目を向けてしまうのではないか。リディアに不審感を持ってしまうのではないか。
リディアを好きではなくなってしまうのではないか…………
怖かった。自分で本人に確かめると決めても怖い気持ちはずっとあった。
リディアの誕生パーティーを考えることで、不安を誤魔化しているだけではないのか、とシェスレイトは自身に苦笑した。
「いらっしゃいませ、あぁ、ようこそおいでくださいました! でん……いえ! シェス様!」
宝飾店の店主はシェスレイトの身分を知っている。以前身分を明かして購入した。しかし周りに身分を明かしたくはないと伝えたため、店主は「殿下」と呼ぶことを控えた。
「頼んだものは出来ているだろうか」
「えぇ! 素晴らしい仕上がりでございますよ」
店主は店の奥から丁寧に恭しくトレイに乗せてやって来た。
ディベルゼとギルアディスが興味津々に覗き込んで来る。
「これは……、美しい指輪ですね」
ディベルゼが感嘆の声を上げた。ギルアディスも見惚れている。
「リディア様にですか?」
シェスレイトは顔を赤くしながら頷いた。
「あの時の女性にですね? 最高の贈り物に喜ばれることでしょう」
店主は穏やかに微笑む。
「あの時にこのような指輪を注文されておられたのですね」
ディベルゼは切ないような嬉しいような、何とも言えない気持ちになり思わず涙ぐみそうになり焦った。
「ルゼ?」
シェスレイトに顔を見られぬよう顔を背ける。
「何でもございません」
「リディア様、驚かれるでしょうね」
そんなディベルゼの様子を察し、ギルアディスが話す。
シェスレイトは指輪に目をやり、穏やかな表情になった。
あの時見たよりもさらに輝きを増した瑠璃色の宝石。夜空に吸い込まれそうな深さの輝き。金色の粒も美しく輝く。
自分がリディアからもらったブローチと同じ宝石。その宝石に細工をお願いした。
宝石の裏に王家の紋を刻んでもらったのだ。指に嵌めているときには見えない紋。指から外し光に翳すとその紋が浮き出て見える。
そして台座の裏にはシェスレイトとリディアの名を。
「最高の誕生日プレゼントですね」
ギルアディスがそう言うとディベルゼも頷いた。その言葉にシェスレイトはほっとしたような、嬉しそうな顔。
店主はそんな三人の様子を微笑ましく眺め、その指輪を丁寧に箱に入れ包装した。
シェスレイトたちは宝飾店を後にし、城へと帰って行ったのだった。
それからのシェスレイトは意欲的に自分からパーティーの準備に取り組んだ。
大体はディベルゼが声をかけてくれたのだが、どうしても自分からも皆に声をかけたくなり、あちこちへ奔走したのだ。
シェスレイトはそんな自分が信じられなくもあり、しかし気分はとても良いのだった。
しかしそんなシェスレイトのやる気とは裏腹に、突然現れたシェスレイトに驚く者たちばかりだった。
魔獣研究所や薬物研究所の人々は比較的シェスレイトに慣れているため、差程ではなかったが、それでもお願いには目を丸くした。
騎士たちはなおさら驚愕だった。まさか王子からお願いされるとは、と。
そうして奔走している間に日にちは過ぎていき、リディアと会えない日々も長くなってきた。
運も悪く、地方に赴かねばならない仕事も入り、シェスレイトはしばらく城にいなかった。
このまま当日まで会えないのか、と心配になるほど、リディアと顔を合わせることがなくなってしまった。
「リディア様に問うのはどうされるのですか? もうあまり日はありませんよ?」
あまりにリディアとの接点がなくなったことに心配し、ディベルゼが聞く。
「分かっている……、しかし何の理由もなく会えない……」
「いやいや、理由がなくとも婚約者なのですから!」
ディベルゼは溜め息を吐いたが、だからと言って行動を起こせるシェスレイトならばこれほど気を揉むこともないだろう。
リディアに会うこと以外にはあれほど積極的になったというのに、とディベルゼは苦笑する。
「まあそれはそれとして、マニカさんにリディア様の好きな食べ物を聞いて来ますね」
「私が聞く」
「えっ……」
そこは積極的なのだな、とディベルゼは呆れた。
「リディア様の予定が終わられてからしかマニカさんは時間がないので、深夜になりますよ?」
「あぁ、分かっている」
「その積極性をリディア様に対して出してもらいたいものですね」
呆れながらも仕方ないな、とディベルゼは苦笑する。
マニカはリディアの部屋から出て来たときを狙い捕まえた。
シェスレイト自ら現れたことに、マニカは驚愕し一瞬固まった。しかしリディアの誕生パーティーのことを伝えると、心の底から喜び涙した。
マニカはリディアの好きなものを伝えるとシェスレイトに感謝を伝えた。
その様子にやはりマニカは何か知っているのでは、とディベルゼは思うがあえてそれは口にはしなかった。
シェスレイトが自分で確かめると言っているのなら、そうするのが一番だと思ったからだ。
そうしてマニカからリディアの好きなものを聞き出し、ラニールの元にそれを伝えに行った。
その控えの間で運が良いのか悪いのか、ラニールと話している最中にリディアが現れたのだった。
シェスレイトはリディアのために色々奔走します。
しかしそのせいでリディアとは会えない日々。
会えない日々にリディアは何を思うのか?




