第八十三話 販売委託!?
「こちらのパン屋でお菓子の販売をお願い出来ないかと思いまして」
「お菓子??」
「えぇ」
「お菓子っていうとあのお菓子かい?」
ロキさんが指差したものは以前このお店で買ったお菓子。茶色く一口サイズくらいの大きさで、試食したときの感想は……、パンだった。
「こちらを試食していただけませんか?」
昨日ラニールさんと作ったパウンドケーキとクッキー。今日は交渉のために持って来たのだ。
ロキさんとメリンダさんは興味津々にそれらを一つ取ると、匂いを嗅いだり見た目を見てから一口食べた。
「「!?」」
二人共驚愕の顔をした。
「何だいこれ!! お菓子って、こんなもの食べたことないよ!!」
ロキさんが驚愕の顔のまま声を張り上げた。メリンダさんは落ち着きながらも信じられないといった顔だ。
「本当に……、これ一体何?」
「お菓子ですよ。パウンドケーキとクッキー」
「あぁ、まあ見た目はねぇ、でも私たちが知るものとは全く違うよ」
メリンダさんは不思議で仕方ないようだ。
そこでこれらのお菓子を作ることになった経緯やら材料、作り方を話した。そしてそれを委託したいことも。
「はぁ……、なるほどな……。凄いね、リディアちゃん。こんなことを思い付くなんて……」
ロキさんは感心した、と溜め息を吐いた。
「それで、どう? やってくれる?」
ルーが念押しに聞いた。
ロキさんとメリンダさんは顔を見合わせ、そして……、ニッと笑い合った。
「もちろん! うちでさせてもらえるなんて光栄だよ!」
「私も賛成よ。こんな美味しいものをみんなに食べてもらえないなんてもったいないものね!」
その言葉を聞き、ルーと顔を見合わせ喜んだ。やはりこの店に頼んで正解だった。ほっとした。
「これから材料を仕入れるための交渉にも行くんです。仕入れの材料はこちらのお店に届けてもらって大丈夫ですか?」
「あぁ、もちろん!」
そう言って今度はロキさんが契約書を作成しようと言い出した。
私には管理し続けることが出来ないと思われるから、全てロキさんたちにお任せする、と伝えたのだが、そこはちゃんと契約書を交わしたほうが良いと念を押され、仕方なくサインをすることに。
これで私は委託主となった訳だ。
その後ロキさんに持って来た材料で試作を作ってもらい作り方を覚えてもらった。その間メリンダさんはうきうきしながらロキさんの作る姿を見ていたのだった。
パン屋での交渉を終え、今度は材料確保のためにあちこちの店へ足を運ぶ。どの店の人たちにも試食を食べてもらい説明をすると、皆快く引き受けてくれた。
それらの材料はロキさんたちのパン屋へ届けてもらうことに。
後はロキさんがパンを作る合間にお菓子を作る練習をするだけ。
ようやく販売のめどが立って来た。どれくらいで販売開始が出来るだろうか。うきうきしてきた。
あちこち歩き回り再びパン屋に戻ったり、途中で昼食を取ったり、と何だかんだやっている間に、すっかりと夕暮れになってしまっていた。
「さて、そろそろ戻らないとな」
「えぇ、ではロキさん、メリンダさん、よろしくお願いしますね」
「あぁ、任せてくれ!」
ロキさんは真っ直ぐに手を差し出した。その手を取り固く握手を交わす。力強い手だった。
作るための環境作りや練習など、しばらく時間が欲しいと言われ、無理を承知で頼んだのはこちらなのだからと了承した。
「ようやくここまで来たね……」
城へ帰る途中、感慨深くなり呟いた。色々あったなぁ、とクスッと笑う。
ルーやマニカとオルガも嬉しそうだ。
「いつくらいに販売が始まるかな」
「うーん、分からんが、一応販売日のめどが立ったら連絡をもらうようになっている」
「そっか」
「あぁ、その時はまたリディにも連絡するから」
「ありがとう」
これでやり残したことはもうないかしら、と腕を高く上げ身体を伸ばした。
「あー、色々楽しかったな……」
「お嬢様……」
マニカが少し切なそうな顔をする。ルーとオルガは意味が分からない感じよね。
「帰ったらラニールさんにも報告しないとね!」
「あ? あぁ、そうだな」
ルーは不思議そうだったが、私は満足感で気持ちが良かった。
城へと戻り控えの間に着いた時には辺りはすっかり暗くなっていた。
晩の食事時間だなぁ、物凄く忙しそうね……。また明日にしようかしら、と躊躇っていると、控えの間からキース団長に声を掛けられた。
「リディア様! ラニールに用事ですか!?」
大きな声で叫ばれたものだから、控えの間にいる騎士全員に振り向かれた。
「アハハ、えぇ、そうなんですけど、忙しそうなのでまた今度にしようかと……」
「リディア様なら大丈夫ですよ!」
何が!? と思ったが、そこは突っ込まず、うーん、これはやっぱり厨房を覗くことになりそうね……。ラニールさん……、忙しいだろうなぁ……。
「ま、とりあえず覗いてみたらどうだ?」
ルーがつかつかと歩いて行く。ルー……、少しは気にしたほうが……。
仕方がないので溜め息を吐きながら厨房の入口からそっと中を覗く。案の定忙しそうだ。ラニールさんの指示を出す大声が響いている。
「うーん、これは無理だね」
「うーん、確かに……」
ルーと二人して入口でぼそぼそと話していると、ラニールさんがこちらに気付いた。
「何やってんだ?」
「「あ、バレた」」
二人して声が重なったものだから、思わず二人共顔を見合せ吹き出す。
「フフフ、ごめんなさい。ラニールさんにお菓子作りの報告がしたくて来たのですが、忙しそうなのでまた後日にしようかと」
「あー、そうだな、今は無理だな。リディアも殿下も食べて行けば良いんじゃないか? それでそのまま待っててくれたら」
「やった」
思わず口から出てしまい、今度はラニールさんが吹き出した。
「ブッ。くくっ、待っててくれ」
うん、笑うって思った。もう慣れたよ、フフフ……。
「じゃあ控えの間で待ってますね」
「あぁ」
そう言うとルーとマニカにオルガも一緒に、また食事をいただくことになった。
しばらくキース団長や騎士たちと雑談していると、良い匂いが立ち込め出し、厨房から料理が運ばれて来た。
騎士たちは一斉に群がりラニールさんに怒鳴られている。そしてキース団長がまたしても料理を運んできてくれたのだった。何だか申し訳ない気持ちになるが、ここで拒否をする訳にも行かないので素直にお礼を言い受け取った。
「ありがとうございます」
ルーたちは自分で取りに行き、皆が席に着くと一斉に食べ始めた。
厨房からはラニールさんが出て来ていつものように料理の説明をしてくれる。
私が毎回聞くものだから、もう当たり前のように説明してくれるわね。それが可笑しくて笑った。
「今日のは麺だ」
「麺?」
「あぁ、たっぷり野菜と肉を入れたスープの中に麺が入っている」
皿……、いや、丼? のような深いお椀に具沢山のスープが入っているが、その中に麺が入っているという。
フォークを差し込んでみると、想像していた麺よりも短く太い。色は少し黄色っぽかった。
湯気が上がり熱々のスープの中から麺を取り出し食べてみる。
「モチモチ!! それに……何か変わった味が付いてる?」
想像していた麺とは大幅に違うがこれはこれで美味しい!
「この麺何で出来てるんですか?」
「パンと同じ粉にメブカという果実の粉末が混ざっている」
「メブカ……」
これまた聞いたことのない名前が出て来たよ。でも麺自体は私の知っているのと作り方は同じそうだな。そう考えながらマジマジと麺を見詰めた。
野菜も肉もたっぷりと入り、ボリューム満点の料理だった。
何故かラニールさんに食べているところをマジマジと見詰められ、ちょっと食べにくかったがとても美味しく、久しぶりの麺に懐かしさも感じながら完食した。
騎士たちはもちろんのこと、ルーやオルガも満足そうだった。私とマニカには少し量が多く、減らしたものをわざわざ用意してくれていたようだった。
「それで?」
騎士たちも食べ終わり、ラニールさんの忙しさが落ち着いたところで、再び戻って来たラニールさんが聞いてきた。
「今日ルーが言っていたパン屋に交渉して来たのですが、無事に交渉成立で販売してもらえることになりました!」
「!! そうか!! 頑張ったな」
ラニールさんは初めて見るくらいの笑顔で頭を撫でてくれた。あぁ、ラニールさんの笑顔も見られて良かったな。
そう思うとじんわりと涙が出てきそうになり慌てて顔を手で押さえた。
「どうした?」
「いえ! 嬉しくて!」
パッと顔を上げたときには涙はもうない! もう泣かないんだから! 笑って過ごすのよ!
今日一日の街でのことをラニールさんに報告し、そこにいたキース団長も騎士たちも皆が喜んでくれた。
「これでお菓子作りも一段落か?」
「えぇ、そうですね。これで全て……」
「? どうかしたか?」
「いえ、何でも。ラニールさん今までありがとうございました」
「? あ、あぁ……」
ラニールさんは少し怪訝な顔をしたが、にこりと笑って見せた。寂しくもあるが、心は清々しいのだった。
リディアがやり遂げたかったことは終わりました。
後は誕生日までのんびりと過ごせる!?
シェスレイトはリディアのために準備を頑張ります!




