第八十一話 お菓子とパーティー!?
ラニールさんには小型のナイフを。皮の収納に入った、黒い木製で出来た柄のナイフ。
黒い柄の部分には金の模様が細かく入っており、とても繊細で綺麗な柄なのだ。
「これを俺に?」
「えぇ」
「何だ? 何かあったのか?」
「え? いや、だから街へ行ったのでお土産です」
「ふーん?」
な、何だろう、ラニールさんて鈍感そうで、たまに凄く鋭いのよね……。
「何だかよく分からんが、ありがとうな」
そう言うとラニールさんは頭を撫でた。変に突っ込まれなくて良かったわ。
いなくなる自分がこの世界にいた証として渡している、なんて言えないものね。
「それでお菓子作りだが、今からするか?」
「そうですね、それもあって今日はルーと一緒に来たんです」
「材料やら店のことについてか」
「えぇ」
お土産の間もずっとナイフに興味津々だったルーが、ラニールさんに見られ慌てて背筋を伸ばした。
「そ、そうそう! 俺が色々手配してやるよ」
「何でルーがそんなことに詳しいのかは聞かないけどね」
そう言うとルーの目が泳いだが、まあそこは目を瞑るか……。
「とりあえず以前言っていた果実の乾燥をやり直したもので作ってみるか」
「そうですね!」
ルーは興味津々にお菓子作りを眺めていた。
以前と同じようにパウンドケーキとクッキーを作る。乾燥させた果実を細かく刻んだものと潰したものを生地に混ぜ込み形成し焼いて行く。
ルーが一つの工程をする度に、ほー、やら、へー、やら声を上げていて可笑しかった。
焼き上がり厨房に並べられたパウンドケーキとクッキーを料理人たちも一緒に試食する。
一口食べてみると……、
「おぉ! 美味いな!」
真っ先にルーが声を上げた。
「うん、これはいけるんじゃないですか!?」
ラニールさんは慎重に味わいながら考えている。それを皆が息を吞むように見詰める。
「あぁ、成功だな」
「!!」
皆がわっと声を上げ喜んだ。
「これめちゃくちゃ美味しいね!」
「えぇ、とてもお砂糖を使っていないなんて思えません」
オルガもマニカも美味しそうに食べている。
料理人たちもわいわいと味の感想を述べてくれている。しかしそこは料理人! 他のお菓子への流用や、見た目をもっと可愛くしたらどうか、など、さすが料理人の意見! というような議論を繰り広げている。
「じゃあ後はこれを街で売る準備だな!」
「うん、出来るかな?」
お菓子は成功したけれど、そこからがまた不安だった。
「大丈夫だ! 俺に任せろ!」
「おぉ、ルーが頼もしい……」
「俺はいつだって頼もしいだろうが!」
「え、そうかな……」
「おい」
そんな会話をし、お互いプッと吹き出した。
「そうだな、まずは材料確保か? 仕入れたい材料を紙に書き出してくれ」
ルーにそう言われ、ラニールさんと相談しながらパウンドケーキとクッキーの材料を書き出す。その紙をルーに見せると何やらぶつぶつ言いながら紙を睨んでいた。
「うん、大体何とかなりそうだ。店はどうする? 店舗を新しく造るのか、それともどこかの店を間借りするのか」
「うーん、最初はやっぱり店舗を持つより、間借りさせてもらうほうが良いのかな……」
そう思っていたらラニールさんが質問して来た。
「しかし作る作業はどうする? ずっとこの厨房では出来ないぞ?」
「あぁ、確かにそうですよね……なら、委託かな……、作り方を伝えて委託するお店で作ってもらうとか」
「それなら信頼出来る店があるぞ! そこに頼んでみるか!」
ルーの話では以前街へ市場調査しに行ったパン屋。
そこの店主はとても気さくで良い人らしい。夫婦で経営していて、パン屋自体での人気もあるが、街では仲が良く穏やかな人柄で評判の夫婦らしい。
「じゃあそのお店にお願いしてみよう! そこが駄目だったときは……、また考え直すとして」
「分かった、じゃあ交渉に行ってみるよ」
「私も一緒に行くよ」
「ん? ならついでに材料確保も一緒に行くか?」
「うん!」
ラニールさんは仕事があるため、今回は参加せず。少し申し訳なさそうにしていたが、ここまで手伝ってくれただけでもとても嬉しかった。
そうラニールさんに伝えると少し照れたように笑った。
シェスレイトはディベルゼたちと共にリディアの誕生パーティーについて話し合っていた。
「とりあえず誰を招待しますか?」
リディアの誕生パーティー。誰に声を掛けるのかディベルゼは聞いた。
「そうだな、リディの親しい人間全てに声を掛けたいが……」
「それでしたら……、ルシエス殿下、イルグスト殿下、ラニール殿に騎士団と料理人の方々、魔獣研究所の方々と薬物研究所の方々……、あぁ、後はゼロですか?」
「ゼロ!?」
ディベルゼはしれっと言ったが、なぜゼロという名が出るのか、シェスレイトは目を見開いた。
「何故ゼロなのだ! あいつは魔獣だぞ!」
「えぇ、ですが一番と言って良い程、リディア様と親しいですよ?」
「ぐっ」
反論出来ないシェスレイトは黙ってしまった。ゼロとリディアが固い絆で結ばれているのは分かっているが、それがどうしても受け入れられなかった。
魔獣相手に何を考えている、と自分でも理解しているシェスレイトだが、どうやっても嫉妬してしまう自分がいる。
ゼロがリディアに信頼されていることが悔しくて仕方がないのだった。
自分は何故信頼してもらえないのだろうか、とシェスレイトはリディアにもらったブローチを眺め考える。少しでも信じて打ち明けてくれたら。
考えても仕方のないことでいつまでも考えてしまう自分を情けなく思う。
「まあゼロは冗談にしても、その他の方々はお声掛けしてもよろしいですか?」
「あぁ、ラニールには私から頼みに行く」
「「えっ!?」」
ディベルゼとギルアディスが同時に声を上げた。
「何だ?」
何がそんなにおかしいのだ、とシェスレイトは二人を睨む。
「殿下がラニール殿に言われるのですか?」
「あぁ、そう言っている」
「はぁ……、分かりました」
「ラニールに料理を頼みたいのだ……」
シェスレイトは顔を背けながらぼそっと呟いた。
「あぁ、なるほど! パーティーでリディア様の好きな料理を作っていただくのですね?」
「あぁ……」
シェスレイトは何だか恥ずかしくなり顔を赤くする。そんなシェスレイトをディベルゼとギルアディスは微笑ましく見詰めるのだった。
「では、リディア様がいらっしゃらないときに伺わなければなりませんね。また調べておきます。その他の方々はこちらでお声掛けしますね」
「あぁ、頼む」
その後はどのようなパーティーにするかを打ち合わせる。
パーティーの打ち合わせの合間にディベルゼがリディアに問う日をいつにするのか、事あるごとに聞いてくるのがシェスレイトには鬱陶しかった。
翌朝、シェスレイトの私室の扉を勢いよくディベルゼが開き入って来た。主の部屋へ入るのにそれはどうなのだ、とシェスレイトは溜め息を吐く。
「おはようございます! 殿下!」
「あぁ、おはよう。朝から何なのだ」
「今日行きますよ!」
「?」
「ラニール殿のところへです」
「今日!?」
「えぇ、今日リディア様がルシエス殿下と街に行かれるそうなのです。ですからその間に……」
「ルシエスと?」
ギロッとディベルゼを睨んだ。何故ルシエスと街へ行くのだ。怒りが顔に出てしまう。
「殿下、私を睨んでも無駄です。ルシエス殿下とはお菓子作りの大詰め、店や材料確保のために行かれるそうですよ? お仕事ですよ、お仕事」
やれやれ、といった顔で見られ、シェスレイトは見透かされていることに恥ずかしくなる。
「ですから、今日行きましょう。少し仕事は押しますが、仕方ありません。夜まで頑張ってください」
しれっと言うディベルゼに苦笑するしかなかった。
リディアはお菓子作り大詰め!
シェスレイトはリディアのためにパーティーの準備を!
各々頑張ります!




