第八十話 魔性の女!?
控えの間に戻ったのは良いが、何だか居たたまれない。
うーん、ラニールさんがまさかあんなことするなんて……、と、思い出すと、顔を触られたことに少し恥ずかしくなった。
「まさかラニールがあんなことして、しかもあんな発言をするとはな。兄上がいたら大変なことになってたぞ」
ルーはそう言いながら苦笑する。
シェスがいたら……、シェスはラニールさんに怒るだろうか……。
まあ怒るか。婚約者だもんね。自分の婚約者に他の男性が触れるのはきっと許さないだろうしね。
でもラニールさんも妹みたいな感じだろうしな……、シェスも婚約者だからであって……、嫉妬してくれる訳ではないだろうし。
自分で言ってて悲しくなるパターンよね、これ。考えないようにしよう。
「しかし、ラニールをあんな風にしてしまうとは……、お前って魔性の女だな!」
「は!? 魔性の女!? 何よそれ!」
失礼な! と怒るとルーは笑い出す。
「いや、魔性ではないな。色気とか全くないもんな」
そう言い盛大に笑う。
「むぅ、失礼な! 魔性の女もどうかと思うけど、色気がないとか失礼!!」
ねぇ!? とマニカとオルガに振り向くと苦笑する二人。えぇ……、色気なしですか? 私……、何か屈辱的。
「大丈夫ですよ! リディア様はお美しいですし! 色気などなくともリディア様は可愛らしいのです!」
「あ、ありがとうございます」
騎士たちが詰め寄り口々に褒めてくれるが、何だか子供を可愛いと言っているのと同じように聞こえるのですが……。ルーはずっと笑ってるし……。
「だからこそラニール殿もあんなにデレデレなんじゃないですか!」
一人の騎士が大きな声で言った途端、その騎士の背後から低い声が響いた。
「俺がなんだって?」
ラニールさんが騎士の昼食を持ち立っていた。若干青筋が見えますよ?
「ひっ!! ラ、ラニール殿!!」
その騎士は背後にいたラニールさんの声に驚きゆっくりと振り向いた。
「俺がなんだって?」
二回言った……。騎士が怯えまくっている。
「い、いえ! 何でもありません!! リディア様が可愛らしいと話していただけです!」
えっと……、これ私がどうにかしないといけない感じですか?
「あ、ありがとうございます! 可愛らしいだなんて! 嬉しいです!」
おほほほ~とでも口から出そうな勢いで、笑顔で誤魔化す。ルーはずっと笑ってるし……。
「あ! ラニールさん! 私の昼食!」
私のって言っちゃった……。
ラニールさんの手にある昼食を見て思い出す。ラニールさんの料理が食べたかったのよ!
思わず叫んだその言葉に不穏な空気だったラニールさんも目の前の騎士も、言わずもがな周りの皆も盛大に笑い出す。
あぁ、もうね、分かってた。笑われるよね、慣れたわよ。
場の空気が和んだからこれで良しとしましょう! と開き直ってみた。
「ぐっ、リ、リディア……、くくっ」
我慢しようとして変な声が出てますよ、ラニールさん。
「もう……、どうせ私には色気なんかありませんよ」
拗ねてみせるとラニールさんは笑いを堪えながら片手を私の頭に乗せ撫でた。
「リディアは今のままが良い」
嬉しい言葉! なんだけど……、笑いを堪えながら言われても何だかね……。
「もう良いです! それよりもラニールさん、私の昼食!」
もう開き直って言い切った。
「ブッ、分かった分かった」
ラニールさんは頭をポンポンと軽く叩くと、座るように促した。
「これはリディアの分だ」
ラニールさんは持っていたお皿を目の前に置いた。
「え? これ騎士の方の昼食じゃないのですか?」
「食べたいんだろ?」
「え、えぇ」
騎士たちに用意された昼食を私が取ってしまって良いのかしらと躊躇っていると、ラニールさんに続いて他の料理人たちも皿を持って来る。
遅れてやって来た騎士たちにも配膳され、さらにはルーやマニカとオルガの分まで持って来てくれた。
「私たちの分も用意していただいていたのですね! ありがとうございます!」
「フッ、あぁ、ゆっくりしていくと良い」
ラニールさんは優しそうな目で言った。やっぱり子供を見るような目よね。
怯えていた騎士もそそくさと遠ざかり席に着いた。
ルーにマニカとオルガも席に着き、賑やかな昼食となった。
「今日は……、サンドイッチですか?」
「あぁ」
一枚の皿に乗ったボリューム満点のサンドイッチ。カリカリに焼かれたパンに挟まり、中には野菜と肉らしきものが見える。
「肉をローストしたものを入れてある」
物凄く美味しそうだわ! ……、美味しそうなんだけど、これ……、ボリュームが凄すぎて食べられるかしら……。
ルーとオルガは勢い良くかぶりついているし……。良いなぁ……、かぶりついたら……、ちらりとマニカを見ると目が合った。ダメよね……、大口でかぶりついたらね……、分かってますよ。
「ラニールさん、ナイフとフォークをお借りしてもよろしいですか?」
「ん?」
マニカがラニールさんに聞いた。
「女性にはこの大きさでは食べづらいもので……、申し訳ありませんが、切り分けさせていただきたいのです」
「あ、あぁ、すまん。それは気付かなかった」
ラニールさんは少し焦ったような顔で、厨房から包丁を持って来て、小さめに切り分けてくれた。
ザクリと音を立てて切り分けられたサンドイッチは、断面から肉と野菜が綺麗な色合いで見えた。
小さく切り分けられたサンドイッチと、横に添えられた果物にスープ。ボリューム満点だった昼食の皿が色とりどりになり、一気に可愛らしい感じの昼食皿になった。
「可愛いー!」
「可愛い!?」
ラニールさんが驚いた。あ、ごめんなさい、思わず……。
「男の人って大きいサンドイッチにかぶりつけて良いですよねぇ。私もかぶりつきたいですけどさすがにね。こうやって小さくしたら可愛くないですか!?」
目を輝かせて言ったらラニールさんが分からないといった顔をしてたじろいでいた。
「いや、すまん。分からん」
「えぇー!! こんなに可愛いのに」
ルーもオルガも苦笑していた。男性にはこの可愛さが分からないものなのか……。
「もったいないけどいただきます!」
小さく切り分けてもらった一切れだけでも、かなりの厚みがあり、やはり大口を開けなければ食べられなかった。
勢い良く口を開けると皆にまじまじと見詰められ恥ずかしい! そんなに見ないで!
何とかかぶりつけると、サクサクのパンが香ばしく、野菜はシャキシャキしていて、肉もジューシー。少し甘辛いタレのようなものが絡み、食欲をそそる。
「美味しいー! やっぱりラニールさんのお料理は凄いですね!」
「フッ、褒めすぎだ」
ラニールさんは笑った。
騎士たちは食べ終わると皆挨拶をしてくれ、仕事へと戻って行く。
騎士のいなくなった控えの間では、ラニールさんたちも一緒に昼食を始めた。
普段は厨房で手軽に食べてしまうらしいのだが、今日はサンドイッチだからと、ラニールさんたちも一緒に食べることになったのだ。
ラニールさんは同じテーブルに着き、豪快に食べ始めた。
「フフ、ラニールさんの食べているのを見るのは街へ行ったとき以来ですね」
「ん? あぁ、そうだな」
豪快に食べながらも、街へ行ったときのことを思い出したのか、懐かしそうな目をしていた。
「あ、そうだ、街といえば、ラニールさんにもお土産が……」
「土産?」
「えぇ」
やはりリディア&ラニールコンビは食べてないと!
ということで?ランチタイムでした!
さて、シェスレイトは…




