第七十一話 冷徹王子の事情!? ⑯
その日の夜は眠れぬ夜を過ごすシェスレイトだった。
「リディへの気持ちを自覚した夜以来だな」
あの時も眠れぬ夜だった、と思い出しクスッと笑う。明日のことを思うと緊張し眠れない。
まさか自分がこんなにも情けないとは。
しかしそんな自分も良いかもしれない、とシェスレイトは一人ベッドの上で考えるのだった。
翌朝、シェスレイトの私室にディベルゼとギルアディスが迎えに来た。
「さて、殿下、今日は大丈夫そうですか?」
「あ、あぁ」
「今日は二人きりで頑張ってくださいね。私の突っ込みは入りませんからね。ご自分で何とかしてくださいよ?」
「わ、分かっている!」
そんな二人のやり取りを見てギルアディスは笑う。
「ギルさんも笑ってないで、殿下に何か助言とかないのですか?」
「え、いやぁ、俺には助言なんて……」
ギルアディスは頭を掻きながら笑う。
「まあとにかく以前話した店やらは覚えているのでしょう? それで何とかしてくださいね」
シェスレイトはたじろぎながらも頷き、以前教えられた店などを必死に思い出そうとするのだった。
「さて、そろそろリディア様をお迎えにあがりますか?」
「あ、あぁ」
迎えに行く時間をマニカと確認しあっていたディベルゼはシェスレイトを促した。
シェスレイトは深呼吸をし、心を落ち着け部屋を出る。酷く緊張した姿にディベルゼとギルアディスは笑い合う。
リディアの私室まで来ると扉を叩く手を躊躇った。
「殿下?」
扉の前で動きを止めたシェスレイトをディベルゼとギルアディスは訝しむ。
「殿下! しっかり!」
ギルアディスがシェスレイトの背中を思い切り叩く。
叩かれた勢いでシェスレイトは前につんのめり、鈍い声で唸った。
「ギル……」
シェスレイトはギルアディスを睨んだが、おかげで少し緊張が解けた。
再び深呼吸をし扉を叩く。
マニカが対応し中へと促される。
「シェス! おはようございます!」
「あぁ、おはよう。準備は整ったか? …………」
そう挨拶をしながらリディアを見たシェスレイトは固まった。
これは……、この服は……、少しは自惚れても良いのだろうか、とシェスレイトは落ち着かなくなる。
「あの……、何か変でしょうか……」
リディアは不安そうにそう言うと、何かに気付いたかのように、ハッとした顔になり頬を赤らめマニカを見た。
服のことももちろんだが、頬を赤らめた姿も可愛いな、とぼんやり考えていたシェスレイトはディベルゼに声を掛けられハッとし、我に返ると同時に顔を赤くし呟いた。
「そ、その服は……、私の色に合わせてくれたのか?」
「あ、あの、その……はい……」
濃紺に銀の刺繍……、シェスレイトの銀髪と瑠璃色の瞳。シェスレイトの色と合わせたワンピースの色。
これほど嬉しいことはない。まるでリディアは自分のものだと思わせてくれているかのようだ。可愛く美しい、甘く良い香りのするリディアが自分の色を身に付け、目の前に恥じらいながら立っている。
それだけでもうすでに理性が飛びそうになる。必死に意識を保つ。
「良く似合っている……」
嬉しさのあまり変な言葉を口走りそうになるが、何とか必死に言葉を選び声を絞り出す。
「本当に良くお似合いで! 殿下の色を身に纏ったお姿を見ることが出来るだなんて嬉しい限りですよ」
ディベルゼが大きな声で言った。
シェスレイトの色。その言葉にますます顔が熱くなり、シェスレイトは動けなかった。
「お二人とも、お互いに照れて話せないとか、初々しいですけどね? ですが、いい加減にしてください、街へ行けず日が暮れてしまいますよ?」
ディベルゼが慇懃無礼に言い放つ。
リディアは慌てて謝った。
「す、すいません」
「あ、あぁ、ではそろそろ出るか」
「あ、そうそう、基本的にはお二人きりでどうぞごゆっくり。我々は護衛のため、仕方なく付いては行きますが、お二人の目に触れない、声も聞こえない距離から見守りますので、どうぞお好きなだけ昨日の続きをしてください」
昨日の続き……、ディベルゼが止めに入らなければどうなっていたか分からなかった。
思い出すだけで自分が恥ずかしくなる。シェスレイトにすると忘れたい出来事だった。
「お、お前、余計なことを!」
ディベルゼが口にしなければ忘れていた。それがますますシェスレイトを苛立たせる。
シェスレイトはディベルゼに詰め寄り文句を言うが、ディベルゼは素知らぬ顔。
そんなやり取りを見たリディアが少し笑った。
「フフフ、今日はよろしくお願いします」
「あ、あぁ」
白の門から馬車で出発したのだが、ディベルゼ、ギルアディスの何やらニヤついた顔が気になり、何だか落ち着かないシェスレイトだった。
チラリとリディアと目が合っては、恥ずかしくなり目を背けてしまう。
何か話題を見付けなければ、と思えば思うほど、焦り中々出て来ない。
何故自分はいつもこうなのだ、と自分自身にうんざりするのだった。
街に入る少し手間で馬車は止まり、そこから歩いて行く。
今日は一日手を繋ぐのだ! そう意気込んでいたシェスレイト。そればかりが頭を占め、馬車を降りるだけで緊張し、変な汗が出て来る。
この降りる瞬間を利用しないと、もう今日は手を繋ぐことは叶わないかもしれない。
リディアに気付かれないよう深呼吸をし、馬車から降りるリディアに手を伸ばす。
ここだ、このまま繋いでしまうのだ!
何事もなかったかのように、そのまま歩き出す。上手くいった! シェスレイトは満足気だった。
しかしリディアは疑問に思ったらしく躊躇っていた。
「あ、あの、シェス、手は……」
ギクリとしたが、やはり今日は繋いでいたい。素直な気持ちを呟いた。
「繋いでいては駄目か?」
「え!?」
「嫌か?」
恥ずかしさで顔は火照るが放したくはない。しかし嫌がられるのは辛い。そんな複雑な心境でいるとリディアは躊躇いながら答えた。
「い、いえ! 嫌な訳では……」
嫌ではない。嬉しさが込み上げた。
「ならばこのまま行こう」
まともにリディアの顔が見れず、すぐに前を向き直し歩き出す。繋いだ手が温かく柔らかい。意識が手に集中する。変な汗をかいてきそうで怖くなる。
繋いだ手だけに意識が集中していると、急に背中に温かいものが触れビクッとなった。
「な、何だ!?」
驚き勢い良く振り向くと、リディアも驚いた顔をしていた。
「すいません! 触れたくなってしまって……」
触れたくなった!? リディアの手が自分の背中に触れたのか!? シェスレイトは半ば混乱し、しかし嬉しさと恥ずかしさで、我慢していた理性が飛びそうになり、手で顔を押さえ付け必死に耐えた。
「あの……、すいません」
リディアは謝るが、嬉しい気持ちしかないシェスレイトはこのまま触れて欲しいと思ってしまう。
「好きにすれば良い」
「え?」
再び触れられビクッとなるが、シェスレイトはそのまま何とか歩き続ける。
必死に理性と戦いながらリディアの柔らかい手を背中に感じ、火照る顔に高鳴る鼓動。
しかし……、長い。かなり、いや、ずっと触られている。そんなに触られていると変な気分になる! 我慢の限界が……。
耐えられなかった。
「も、もう良いだろう!」
自分で顔が赤くなっているのが分かるほど熱い。
思春期シェスレイトには苦悩が続きますww
すいません、今回シェスレイト編、だいぶと長いです。
終盤に近付いているので早くリディア編に戻りたいのは山々なのですが、シェスレイトの事情も伝えたいところがあり、もう少しだけシェスレイトに付き合っていただけると嬉しいです(^^;




