第七十話 冷徹王子の事情!? ⑮
「今日はお忙しい中、お手間を取らせてしまい申し訳ありません」
「あぁ、いや、その、あまり時間を取れなくてすまない」
「いえ、すぐに済ませますので!」
すぐに済ませる……、そんなにここにいたくないのか? シェスレイトは少し寂しく思う。
リディアはそういうつもりで言ったのではないのだろうが、シェスレイトにはそういう心が分からない。
「まあまあお二人ともそう急がなくても、少しくらいは大丈夫ですよ。ゆっくりとお話してください」
見兼ねたディベルゼはマニカと共にお茶を入れながら微笑んだ。
「何ならお話が終わってもこちらにいてくださっても良いのですよ? ねえ、殿下?」
「は?」
「え……」
何を言っているのだ! リディアが困っているだろう! そう思いリディアを見ると目が合い固まってしまった。
「お嬢、殿下に用事があったんでしょ!」
従者のオルガが言った。何だこいつは。私を睨んでくるとは……、まさかこいつもか!
「あの、お話というのはですね、その、この前せっかくお誘いいただいたのにお断りして申し訳ありませんでした」
その言葉を聞きシェスレイトはビクッとなり顔がさらに赤くなっていく。あれは忘れて欲しい……。思い出したくもない恥ずかしい記憶だ。
「あ、あれは!」
明らかにおろおろし出すシェスレイトを見兼ねて、ディベルゼが口を挟む。
「お気になさらずに、あれは殿下がいきなり予定も聞かずお声を掛けたのが悪いのですから」
「いえ、ですが、せっかくのお誘いだったのに、それで、もし良ければ、次に時間が取れそうなときにでも一緒に街へ行ってくださらないかと」
「!!」
シェスレイトは大きく目を見開いた。何だ、何と言った?
「それはそれは!! ありがとうございます、リディア様!! ぜひとも殿下とお出かけください!!」
シェスレイトよりも先にディベルゼが答える。
「殿下! ……、殿下!?」
ディベルゼに呼ばれるが意識が飛んでいるシェスレイトは固まったまま動けないでいた。
「殿下、ぼけっとしないでくださいよ。いくらリディア様に先を越された上に嬉し過ぎて混乱しているとは言え」
いきなり投げつけられた言葉に、さすがに意識を取り戻しシェスレイトはディベルゼに振り返った。
「お前!!」
「怒ってないでちゃんと返事をしてくださいね」
やれやれと言った顔で言われ、シェスレイトは怒りの矛先をどこに向けたら良いのか分からない。
ディベルゼの悪態には慣れているはずなのだが、未だに勝てた試しがない。
「フフ、一緒に街へ行ってくださいますか?」
それを見ていたリディアは楽しそうに笑い、それも可愛く思う自分が気持ち悪いな、とシェスレイトは自分に嫌気がさした。
「あぁ」
「良いですねぇ、ではいつが良いでしょうかね。善は急げで明日にでも行かれますか?」
ディベルゼの突然の提案にリディアとシェスレイトは声を揃えた。
「「あ、明日!?」」
「リディア様のご予定は?」
「リディア様の王妃教育もほぼ落ち着きましたので、後はシェスレイト殿下とのご交流ですね」
マニカが口を挟み説明をした。リディアは自分のことなのに知らなかったようで驚きの声を上げる。
「えっ!! そうなの!?」
「えぇ」
マニカがしれっと言った。
「婚約者様とのご交流は一番大事です」
「ですねぇ」
マニカが真面目に言うので、ディベルゼもそれに乗り頷いた。
「では、明日一日お二人でデートに行って来てください」
「「えっ!!」」
ディベルゼがそう言うと驚き過ぎて声が出ない。リディアも同様だったようで固まっている。
「あの、でも、シェスのご予定は……」
「大丈夫です!」
リディアはシェスレイトの予定を気にするが、ディベルゼからすると行けるときにすぐ行かねば! と意気込んでいたのだった。リディアの疑わしい件は今は保留だ。
しかしシェスレイトは固まっている。
「ほら、殿下!」
「あ、あぁ、明日、その、街に行こう……」
シェスレイトの情けない話し方に溜め息が出るディベルゼだった。
さすがにリディアの不安そうな顔に気付いたのか、改めてシェスレイトは言い直す。
「いや、私がリディと一緒に行きたかったんだ」
正直過ぎる……、そうディベルゼは内心苦笑した。他にも言い方があるだろうに、シェスレイトはどうやってもリディアの前では格好がつかないのだな、とディベルゼは笑った。
「では、明日朝からお出かけしますか?」
「あ、あぁ」
パーン!! とディベルゼが手を一つ打って、その場にいる全員がビクッとなった。
「さあ! では、殿下、超特急で仕事を終わらせ明日一日を休暇にしますよ!」
「あの、大丈夫ですか?」
リディアは心配していたが、昨日休み返上で仕事をこなしているので、今日の仕事も前倒しに終えている。だから明日はそこそこ余裕があるのだ。
雨降って地固まる? 断られたことのおかげで仕事に余裕が出来た。
「大丈夫です! 殿下の頑張り次第です! しかし殿下はリディア様のためになら頑張れます!」
ディベルゼは笑った。
「ルゼ!! お前はいつも一言多い!!」
「ありがとうございます。では、明日楽しみにしております。でもご無理はしないでくださいね」
リディアの心配そうな顔。それに気付いたシェスレイトはリディアに向かった。
「あぁ、大丈夫だ」
そう言うとシェスレイトは無意識にリディアの頬に手を伸ばした。
あぁ、柔らかく温かい。ずっと触れていたくなる。
可愛い小さな唇を親指でそっと撫でると、リディアはピクリとし頬を赤く染めた。
その姿がやけに美しく艶やかで気分が高揚するのを感じた。
「あ、あの……」
リディアが小さく声を出すがシェスレイトの耳には届いていない。
「はいはーい! 殿下、いくらリディア様がお綺麗でも、正気は保っていてくださいね」
そんなシェスレイトの意識を取り戻すかのように、ディベルゼがリディアとシェスレイトの間に割って入った。
「周りに我々がいるのを忘れないでくださいよ? そういうことは二人きりのときにでもどうぞ」
「えっ!?」
シェスレイトは我に返り、血の気が引くのを感じた。
何をやっているのだ! 何てことをしているのだ! シェスレイトは己を恥じた。
「あ、い、いや、違う、あれは!!」
「フフフ、アハハ……、フフ、アハハハ……」
そんなシェスレイトの姿を見たリディアは笑い出す。
「ご、ごめんなさい、笑ったりして。あまりにシェスが可愛くて……」
「か、可愛い!?」
リディアの突然の物言いにシェスレイトは耳を疑った。
「か、可愛いとは何だ!? どういうことだ!? 男が可愛いのか!?」
男が可愛いと言われてどうすればいいのか、喜ぶべきなのか、怒るべきなのか、どう対応すれば良いのか分からなかった。
「殿下……、落ち着きなさい。可愛いも褒め言葉ですよ」
そんなシェスレイトにディベルゼは呆れ顔。さらには説明するのも面倒くさい。
適当にあしらってしまえ、とばかりに遠い目をして微笑んだ。
「で、では、失礼いたしますね」
「え、あ、リディ……」
リディアは居たたまれなくなったのか、突然退室して行ってしまった。
「何だ、あれはどういう意味なんだ!?」
「いや、だから落ち着いてくださいよ。女性は可愛いものには男だろうが何だろうが可愛いと言う生き物なんですよ」
「「そうなのか!?」」
何故かギルアディスも一緒に驚いた。
「いやいや、ギルさん、何故貴方まで」
ディベルゼは苦笑した。ここにはまともに恋愛をしてきた者はいないのか! そう叫び出したいディベルゼだった。




