第六十四話 デートのお誘い!? その一
華やかな深紅のワンピースに着替え、いざシェスの執務室へ。
「このワンピース、あの日を思い出す……」
「リディア」と入れ替わり、初めて目が覚めた日に来ていたドレスも深紅だった。
「そうですね……、あれからだいぶと経ちましたね……」
マニカが私の言葉を聞き呟いた。誕生日まで後少し……。いつかオルガにも本当のことを伝えて謝れたら……。
部屋を出るとオルガが笑顔で待っていた。
執務室までの道のりはもう覚えた。しかし今日は近付くにつれ緊張が増す。
変な顔になっていないかしら。ドキドキと心臓の音がうるさく耳に響く。
扉の前のギル兄との挨拶もいつも通り。今は何だかそれが嬉しい。
「リディ、今日も綺麗だな! ん? いや、何かいつも以上に綺麗だな……」
ギル兄はマジマジと顔やら全身やらを眺める。
な、何かいつもと違うかな……、変に緊張する。
「ギルさん、何、リディア様を口説いているのですか。殿下に殺されますよ?」
「く、口説いて!? 口説いてない!」
扉の中からディベルゼさんが顔を出し、ギル兄にチクリと言った。
「遊んでないで早くしろ」
シェスの声がし、ドキリとした。うぅ、だ、大丈夫かしら……。
「おや? 確かに今日のリディア様はいつもよりさらにお綺麗ですね」
ディベルゼさんまで何を言い出すのよ!
「だろ? 何かいつもよりも……」
「おい!!」
ギル兄が言い終わる前にシェスが痺れを切らし顔を出した。
「あ、シェス、ご、ごきげんよう……」
シェスの顔を見ると一気に顔が火照るのが分かった。あぁ、まずい! 顔が!
「リ、リディ」
シェスと目が合うとますます顔が火照る。
「おやおや、リディア様大丈夫ですか? お顔が赤いような……」
ディベルゼさん……、分かっているのにわざと言ってそうな……。
「殿下も今日のリディア様は一段とお綺麗だと思われるでしょう?」
や、やめてー! シェスに話を振らないで! 余計意識してしまう!
自分で顔が赤くなっているのが分かる。
駄目だ、耐えられない……。思わず両手で頬を隠した。
「あ、あぁ……」
「殿下、もう少し何かないのですか?」
ディベルゼさんは言葉少ななシェスに小さく溜め息を吐いたが、無理に言ってくれなくて良いから!
この場から逃げ出したい!
「き、綺麗だ! リディはいつも……」
そこまで言うとシェスはハッとし、慌てて執務室の中へと戻る。
シェスが綺麗だと言ってくれた……、それだけで何だかふわふわとした気持ちになってしまう。
「殿下、照れ屋も良いですが、言った言葉はちゃんと最後まで言いましょうね?」
ディベルゼさんは笑いながら、どうぞ、と執務室へとエスコートしてくれた。
火照る頬のまま執務室に入ると、横を向きながら立つシェスの顔も真っ赤だった。
あぁ、可愛いな、と思ってしまう。
今まで怖かったり、よく分からない人だと思っていたが、ただ女性に慣れていないだけなのだな、と分かった。
好きなのだと自覚すると、今までよく分からなかったシェスの態度も可愛く見えてしまうから不思議だ。
しかしそれも後少しの間だけ。
この片想いを今だけでも楽しんで、笑顔でお別れが出来るように……、きっとお別れは言えないのだろうけど……。
今だけ、今だけだから……、元に戻ったらちゃんとこの気持ちは忘れるから……。「リディア」にちゃんと返すから……。
シェスは赤い顔のまま、近付くと手を差し出し椅子にエスコートしてくれた。
そんな小さなことまで嬉しくなってしまう自分が信じられない。触れた手の感触にドキリとする。
今までも何度もその手には触れたことがあるというのに。
「今日はお忙しい中、お手間を取らせてしまい申し訳ありません」
椅子に座り話し出す。顔は相変わらず火照るが、何とか冷静に。
「あぁ、いや、その、あまり時間を取れなくてすまない」
「いえ、あの、すぐに済ませますので!」
だから謝らないで欲しい、と思ったのだが、何故かシェスはがっかりしたような顔? 何で?
「まあまあお二人ともそう急がなくても、少しくらいは大丈夫ですよ。ゆっくりとお話してください」
ディベルゼさんはマニカと共にお茶を入れながら微笑んだ。
「何ならお話が終わってもこちらにいてくださっても良いのですよ? ねえ、殿下?」
「は?」
「え……」
ディベルゼさんの発言に驚いてシェスも私も勢い良く顔を上げた。ディベルゼさんがやたらとニコニコしているのが怖い……。
シェスと目が合いお互い固まった。だ、駄目だ、せっかく冷静になろうと頑張って落ち着かせた気持ちがまた……。
「お嬢、殿下に用事があったんでしょ!」
オルガが少し機嫌の悪そうな顔で言った。その様子にシェスはオルガを睨む。
オルガは少したじろいだが、負けない、とばかりに睨み返していた。
その横ではディベルゼさんが笑いを堪えているし……。何なのこの構図……。
「あ、あの、お話というのはですね……、その、この前、せっかくお誘いいただいたのにお断りして申し訳ありませんでした」
シェスはビクッとなり顔がさらに赤くなっていく。
「あ、あれは!」
明らかにおろおろし出すシェスを見兼ねて、ディベルゼさんが口を挟む。
「お気になさらずに、あれは殿下がいきなり予定も聞かずお声を掛けたのが悪いのですから」
ディベルゼさんの笑顔が怖い……。
「あ、いえ、ですが、せっかくのお誘いだったのに…………、それで、その……、もし良ければ、次に時間が取れそうなときにでも一緒に街へ行ってくださらないかと……」
「!!」
シェスは大きく目を見開いた。
「それはそれは!! ありがとうございます、リディア様!! ぜひとも殿下とお出かけください!!」
シェスよりも先にディベルゼさんが答えた。ギル兄は笑ってるし。
マニカもニコニコしているが、オルガ一人不貞腐れたような顔をしていた。
「殿下! ……、殿下!?」
ディベルゼさんがシェスを呼んでも無反応。ど、どうしたんだろう。
チラリとシェスを見ると目を見開いたまま固まっていた。
「殿下、ぼけっとしないでくださいよ。いくらリディア様に先を越された上に嬉し過ぎて混乱しているとは言え」
「お前!!」
ディベルゼさんの容赦ない言葉にさすがに固まっていたシェスが怒りで振り向いた。
「怒ってないでちゃんと返事をしてくださいね」
やれやれと言った顔で言われ、シェスは怒りの矛先をどこに向けたら良いのか分からないような微妙な顔をしている。それが可笑しくてクスッと笑った。
おかげで何だか緊張していたのが嘘のように気が抜けた。
「フフ、一緒に街へ行ってくださいますか?」
「あぁ」
「良いですねぇ、ではいつが良いでしょうかね。善は急げで明日にでも行かれますか?」
「「あ、明日!?」」
シェスと声が重なった。
「リディア様のご予定は?」
ディベルゼさん本気だ……。
「リディア様の王妃教育もほぼ落ち着きましたので、後はシェスレイト殿下とのご交流ですね」
「えっ!! そうなの!?」
「えぇ」
マニカがしれっと言った。え、聞いてない! 知らない! もう王妃教育ないの!? やったー!! って、そうじゃなく! 何かしれっと言わなかった!? シェスとの交流!? 何それ!?
「婚約者様とのご交流は一番大事です」
「ですねぇ」
マニカが真面目に言うとディベルゼさんがうんうんと頷いた。
お互い好きだと自覚後の初対面!
中々にお互いウブ過ぎてヤキモキしますが、
今後甘々な感じが続くかと思うので、
胸焼けせずにお付き合いいただけたら嬉しいです(^^;




