第五十七話 冷徹王子の事情!? ⑬
シェスレイトはレニードと共にフィンの飛翔を見ることになった。
リディアに振り返ることなく、シェスレイトはレニードに引き連れられたフィンに付いて行く。
レニードはフィンについてあれやこれやと説明をしてくれるが、正直一切頭に入って来なかった。ディベルゼに小声で呼ばれ我に返る程だ。
しまった、とばかりに慌ててレニードを顔を見るが、レニード本人はフィンの説明に夢中で全く気付いた様子はなかった。
しかしそれでは駄目だ。何をしに来たのだ。今日は視察で来たのだ。感情に流されすべきことを出来ないだなんてあってはならない。シェスレイトは自身を戒める。
何とか意識を集中させレニードの話を聞き、フィンは自慢気に飛翔して見せた。
空高く舞い上がる姿を感心しながら眺めるが、どうしても意識はリディアの方へ向かう。視線を向けないよう必死にフィンを目で追う。しかし心ここあらずだった。
フィンが地上に降り立ち、レニードも遠巻きに見ていたイルグストも満足気だったが、シェスレイトは思わずチラリとリディアの方を見てしまっていた。
「!!」
チラリと見た先にはゼロが起き上がり、リディアが確認するようにゼロを撫でている。
「レニード、ありがとう、これからもフィンをよろしく頼む」
「え、あ、はい!」
シェスレイトは早口でレニードに労いの言葉をかけ、踵を返したかと思うと足早に歩き出した。
リディアがゼロを撫でていたかと思うと、ゼロが鼻先をリディアの顔に近付ける。
「!?」
まただ。ゼロがリディアにしている行為、それが許せない。
慌ててリディアに声を掛けた。
「リディ」
リディアの名を呼ぶと、リディアもゼロもこちらに振り向いた。
ゼロはシェスレイトの目を真っ直ぐに見詰める。見詰めるというよりも……、鋭い視線だ。
ひとしきり睨み合っていたかと思うと、ふいにゼロは視線を外し、リディアの首元に擦り寄った。
「!!」
こいつはやはり!! シェスレイトはゼロの挑発を受け取った。ゼロはシェスレイトが何を思ったのかを理解し行動に出た。
リディアとゼロの会話は分からないが、恐らくゼロの独占欲の言葉だろう。こういう勘はシェスレイトにもあった。
「リディ!!」
慌ててリディアの名を呼び、腕を掴みそのまま連れ去った。あのままゼロの側に置いておきたくなかった。
ゼロは何も反抗はしなかったが、何だか負けたような気分になり酷く悔しかった。
何故魔獣などに悔しい気分にならないといけないのだ。シェスレイトはふつふつと怒りが込み上げる。
怒りのままにリディアを引っ張り続けていたものだから、リディアは息が上がっていた。リディアに声を掛けられ我に返り、慌てて引っ張っていた手を離し振り返った。
先程までの怒りや悔しさ、切なさ等の、それらの入り乱れた感情を忘れた訳ではないのだが、やはりリディアの顔を見ると嬉しさや緊張やらが勝つ。
複雑な心境の中、ゼロの行為がどうしても許せず、自分との距離をもっと詰めて欲しい気持ちが強くなり……、強くなりすぎて……、暴走した。
「リディ、明日一緒に街にでも出かけないか?」
「えっ!?」
思わず口から出てしまった。
「はぁ!?」
ディベルゼは思わず力強く声を上げる。計画していたことが台無しだ! とばかりにディベルゼは頭を抱えた。
案の定リディアは唖然とし固まっている。
いつまでも返事のないリディアにシェスレイトは我に返り、焦り出し言い訳を始めた。
「その……、明日、たまたま時間が……、いや、視察が! 視察で街に出る。一緒にどうかと……」
視察とは何だ! ディベルゼは今にも口から出そうだった。
「あ、あの、すいません、お誘いいただいて嬉しいのですが、明日は予定が……」
「え…………」
「大変申し訳ありません!!」
予想外の返事にシェスレイトは固まった。まさか断られるとは思っていなかった。
ディベルゼからすると断られて当然だ、と深い溜め息を吐く。
これはもう駄目だ。ディベルゼはそう判断し、早々にこの場から退却せねばと口を挟む。
「あー、リディア様は明日ご予定があるのですね。それは仕方ありませんよねぇ。視察は我々だけで大丈夫ですので、リディア様はお気になさらず。では、我々はこれで失礼いたしますね」
ディベルゼは早口に捲し立て、シェスレイトの腕を掴んだかと思うと引き摺り、無理矢理連れて行った。
ひたすら呆然としたままのシェスレイト。ディベルゼは無言のまま、足早に執務室まで引き摺って行く。その後ろからギルアディスが慌てて付いて行き、執務室までたどり着くとシェスレイトを応接椅子に座らせ、扉をしっかりと閉じた。
「殿下!!!!」
ディベルゼは椅子に落ち着いてもなお呆然としているシェスレイトに怒鳴った。
シェスレイトはビクッとなり我に返る。
「一体何をやっているのです!! あれ程慎重にと言ったでしょう!! 行き当たりばったりで誘わないように言ったでしょう!! 何故それが出来ないのです!!」
「いや、その……」
シェスレイトはしどろもどろ。ディベルゼはさらに追い打ちをかける。
「いくらリディア様がエロ魔獣に襲われて怒り心頭だったにしてもですよ!!」
「エロ魔獣に襲われて、とか言うな!! リディが穢されたように言うのは許さない!!」
「ゼロにリディア様を取られたようで悔しかったのでしょう!? だからあんな浅はかな言動を起こしたのでしょう!? もっと冷静になってくださいよ!!」
「くっ」
「貴方は何度同じ過ちを繰り返すのですか!? 馬鹿ですか!? あぁ、もう言わせてもらいますよ!! 貴方は馬鹿ですよ!! これからもきっとせっかく良い雰囲気になっても自身でぶち壊すんです!!」
「馬鹿馬鹿言うな!!」
「馬鹿ですよ!! あの場で言いたかったですよ!! 執務室に戻って来るまで我慢していたことを褒めてもらいたいくらいですね!!」
二人してぜーぜーとしながら言い合っている。
シェスレイトとディベルゼは初めてこんなに相手のことを罵倒しながら言い合っている。殴り合いの喧嘩にならないことが不思議なくらいだった。
その様子をギルアディスは呆然と見詰めていたが、次第に何だか可笑しくなってきだし、思わす吹き出してしまった。
「ブッ。ククク……、アハハハ……、グ、フフフフ、ハハハ……」
止まらなくなった。
シェスレイトとディベルゼは突然笑い出したギルアディスに驚き、不審な顔をした。
「ちょっとギルさん、何を笑っているのですか。一人だけ蚊帳の外で! 貴方も殿下に言ってくださいよ!」
ギルアディスはいきなり矛先がこちらに向き慌てて笑いと止めようとしたが、どうにもツボにはまってしまったらしく、笑いが収まらない。
「ギル!! 笑うな!!」
シェスレイトも怒りの矛先を向けた。
「いや、すいません、アハハ、でも、うん、アハハ、いやちょっと、何というか嬉しいな、と思いまして、フフフ……」
「「嬉しい!?」」
シェスレイトもディベルゼも訳が分からない。
「何がそんなに嬉しいことがあるのです。もうこの場は怒りしかないでしょう!」
ディベルゼは怒り心頭のようだ。
「はぁぁあ、あー、笑い疲れた」
ギルアディスは涙目になりながら目を拭う仕草をし改めて話し出す。
「いやぁ、だって、以前の殿下は常に仕事に追われ、毎日厳しい顔をし、冷徹王子などと呼ばれるくらい冷たい仮面を貼り付けて、いつも辛そうだったけれど……、最近リディア様と関わるようになってからの殿下はとても楽しそうで。表情も豊かになり、今日も辛い気持ちもあったようですが、冷徹王子としての辛さとは違い人間的というか……」
シェスレイトとディベルゼは黙り込みギルアディスの言葉を聞いていた。
「今の喧嘩も以前のお二人なら絶対にしないでしょ? それが可笑しくて。アハハ。あぁ、何か良いな、こういうの、って幸せを感じてしまったんですよねぇ」
ギルアディスがほのぼの言うと、ディベルゼはふーっと息を吐く。
「確かにそうですね……、以前には考えられないくらい殿下は表情が豊かになりました。女性のことでこんなに悩む姿が見られる日が来るなんて思いもしなかったですしね。そう考えればストレスばかりの以前より余程良いです」
そう言うとディベルゼはシェスレイトに微笑んだ。意味深な笑顔でもなく心からの微笑みだった。ギルアディスもそんなディベルゼに釣られるように微笑んだ。
二人に変わったと言われ恥ずかしくなるシェスレイトだが、今までにない信頼を二人に得た気がし心から嬉しくなるのだった。
「仕方がないですね! また一から頑張りましょう! 今度こそ慎重に!!」
「あ、あぁ、すまない」
ボソッとシェスレイトが照れながら謝ると、ディベルゼとギルアディスは顔を見合わせ笑い合うのだった。




