第四十九話 冷徹王子の事情!? ⑩
お披露目式の翌朝。
自分の気持ちを自覚し、眠れぬ夜を過ごした朝。
「結局一睡も出来なかったな……」
シェスレイトはベッドから身体を起こし呟く。
「一睡もしていない割には頭は冴えているものだ」
冴えている原因のせいで、眠れなかった訳だが。
朝の支度を整え朝食を取っている時、ディベルゼが今日の予定を伝えに来た。
「おはようございます、殿下。本日のご予定ですが承認いただきたい書類と、何件か面会が入っております」
「あぁ」
淡々と伝えられる予定をいつものことだ、と聞き流す。
「しかし昨日のリディア様は凄かったですねぇ」
リディアの名を口にされ、シェスレイトは持っていたナイフとフォークを皿に当ててしまい、ガチャリと大きな音を立ててしまう。
ディベルゼは明らかに動揺したシェスレイトに目ざとく気付き探るように話し出す。
「リディア様とゼロの飛翔も凄かったですが、まさかリディア様が新たに魔獣を連れて来るとは。しかもリディア様はその魔獣を騎獣にしてしまうなんて」
やたらと「リディア」を連呼する。
その度にシェスレイトはビクッとし、そしてディベルゼを睨んだ。
「しかし魔獣に追われているときは、どうなるかと思いましたが、ご無事で本当に良かったです。殿下もあの時はご自分が死んでしまいそうな顔をしていましたものねぇ。リディア様のご無事が分かったときの殿下のお顔は、きっとリディア様も愛を感じられたことでしょう」
ディベルゼは昨日のことを思い出しながら話す。
シェスレイトは眠れぬ夜を思い出し、顔が火照りだし焦った。
このままではディベルゼに何を言われることか!
シェスレイトはディベルゼから顔を背けた。
「殿下、どうされたのですか?」
明らかに不審な態度のシェスレイトに怪しい、とばかりに顔を覗き込む。
「何でもない!!」
「何でもないようには見えませんが? お顔が赤いですよ? リディア様の可愛らしい姿を思い出されましたか?」
ディベルゼは容赦なく突っ込んで聞いて来る。ディベルゼからしてみれば、シェスレイトの気持ちは重要事項だ。だからちゃんと教えてもらいたい。まあ半分は面白がっているのだが。
シェスレイトはますます顔が赤くなる。リディアを好きだと自覚したことを、ディベルゼに伝えるべきか悩んだ。気恥ずかしい。さらには絶対に馬鹿にされるのが目に見えている。
「リディア様のことが好きになってしまいましたか?」
唐突に言われた言葉にシェスレイトは勢い良くディベルゼに振り返った。
周りから見ていたら今までも十分シェスレイトの気持ちは明らかだったが、ここははっきりさせるためにディベルゼはあえて聞いた。
ディベルゼにはっきり言葉にされ、シェスレイトは全身の血が逆流するかの如く、身体が熱くなり目を見開いた。
その態度でもう分かりきっていたが、ディベルゼはシェスレイトが言葉にするのを待った。
「わ、私は……」
「はい」
シェスレイトは真っ赤な顔を俯き隠し、小さな声で言った。
「私はリディアが好きだ……」
シェスレイトの言葉を小さいながらもはっきりと聞いたディベルゼは……、
「やっと!! やっと、ご自分の気持ちを自覚されましたか!! いやぁ、めでたい!!」
シェスレイトはビクッとし、赤い顔のままディベルゼを見た。
ディベルゼは急に扉の外にいるギルアディスに声を掛け、部屋の中へ招いた。
普通ならば主が許可を出さなければ入ることはないのだが。
「ギルさん! 殿下がようやく認めましたよ! リディア様が好きだ、って!!」
「!?」
シェスレイトは目を見開いた。何をそんな大声で叫んでいるのだ! 外にも聞こえてしまうだろう!
シェスレイトは焦った。
ギルアディスは驚き、そして涙目になり喜んだ。
「おぉ、殿下、本当に!? ようやくご自分の気持ちに気付かれたのですね!!」
ギルアディスはシェスレイトの手を握り締めた。
「あ、あぁ」
ようやく気持ちに気付いた……、これは……、周りの皆は最初から自分がリディアを好きだということに気付いていた? シェスレイトは今度はサーッと血の気が引く音が聞こえた気がした。
「いつからだ! いつから皆そんなことを考えていたのだ!?」
シェスレイトは情けなさと恥ずかしさと、複雑な心境に混乱状態になった。
「私もギルさんもずっと前から何となく分かってましたよ。バレバレですからね。いつ殿下がご自分の気持ちに気付かれるのかとヤキモキしてましたよ」
ディベルゼはシラッと言う。ギルアディスもうんうん、と相槌を打つ。
シェスレイトは頭を抱えた。
「さて、めでたく殿下がリディア様を好きだと自覚されたのですから作戦を立てないと!」
ディベルゼはわざと「リディアが好き」という言葉を強調した。
シェスレイトは赤くなったり青くなったり、再び赤くなったり……。
そんな様子にディベルゼは明らかに面白がっていた。
「作戦て何かするのか?」
ギルアディスはディベルゼに聞く。
「せっかく自覚されたんです。ここはリディア様にも殿下を好きになってもらうべく行動を起こさないと! 今までの情けない姿は封印してください!」
「情けないって……」
ギルアディスは苦笑する。
確かに今までのシェスレイトはリディアに対してまともな対応すら出来ていない。
逃げる、逃げる、睨む、睨む、睨む……。睨んでばかり。
「今までの殿下では嫌われていても不思議ではありません!!」
容赦ないディベルゼの発言に、ガーン、とショックを受けたような表情のシェスレイト。ギルアディスは苦笑する。
「ま、まあまあ、これからですよ!! 殿下!!」
ギルアディスは必死にシェスレイトを慰めている。
しかしディベルゼは続けた。
「今までの殿下を払拭させるべく、これからは逃げない! 睨まない! 紳士的に!」
シェスレイトは落ち込んだ。言われてみれば今までのリディアに対する態度は最低だったかもしれない、と。
ガクリと肩を落とすシェスレイトを宥め、執務室に向かいながら、ディベルゼはあれやこれやと今までの行いを説教する。
普段のシェスレイトならば、睨み返すところだが、すっかりと意気消沈だ。
「とりあえずリディア様と二人きりでデートをしましょう!」
「!? 二人きりで!?」
「えぇ。今まではリディア様のことをどう思っているのか分からず態度が定まらない、といった状態ですし、周りに誰かいると恥ずかしくなって冷たい態度になってしまうのでしょう?」
「うっ……」
図星だった。シェスレイト自身思い返してみても、誰かに見られていると、なおさらリディアにどう接したら良いか分からなくなっていた。
「二人きりで周りの目を気にせず、リディア様に愛を囁いたら良いのです」
「!? あ、愛!?」
シェスレイトは目を見開き真っ赤になり怒った。
「いきなりそんなものを囁けるか!!」
「でしょうね。冗談ですよ」
ディベルゼはいたずら気味に微笑んだ。シェスレイトをからかって面白がっている。
シェスレイトは赤い顔のまま、ディベルゼを睨んだ。
ディベルゼは澄ました顔だ。
「冗談はさておき、二人きりでデートは何か考えましょう。その時になるべく素直な気持ちを話すのです」
執務室の中では書類仕事の手が止まりつつ、シェスレイトの初恋応援のための作戦会議が行われていた。
デートプランやどのように誘うかなどを色々考えながらで、書類仕事が長引き、午後の面会時間近くまで執務室にいた。
書類仕事が終わると面会が行われる部屋まで移動する。城の廊下を歩いているとき、遠目にリディアが見えた。
「リディア……」
シェスレイトはリディアの姿を見ただけで、ドキリとし頬が少し火照る。
無意識にリディアを追っていた。
「殿下!?」
急に面会室とは違う方向へ歩き出したシェスレイトに慌てて付いて行くディベルゼとギルアディス。
一体どうしたのかと、シェスレイトの視線の先を探ると、遠目にリディアがいることに気付く。
あぁ、なるほど、と、ディベルゼもギルアディスも苦笑しながら納得するのだった。
リディアが廊下の角を曲がり姿が見えなくなると、何やら話し声が聞こえて来た。
近付くにつれ話の内容が聞き取れる。
どうやらルシエスと話しているようだ。
お願い? 馬の乗り方を教えてくれ?
何だそれはルシエスに乗馬を教わるのか!?
シェスレイトは慌てて声を掛けた。
「馬の乗り方なら私が教えよう」
「!?」
ディベルゼとギルアディスは驚いた。さっきまでの作戦会議は何だったのか、と苦笑する。
当然のことながら、その場にいた者全員が驚いていた。
リディアは振り向き目を丸くしている。
ルシエスは自分が言い出したことだと言い、シェスレイトの忙しさを心配した。
しかし時間などどうにでもなる、婚約者である自分が教えるべきだろうと食い下がった。
そんなに時間に余裕はないのだが、とディベルゼは苦笑したが、シェスレイトがこれだけやる気になっているのだ、ここは押し通すほうが良いだろうと判断した。
ルシエスはしどろもどろになりながらリディアを見る。シェスレイトはリディアがどう思っているのだろう、とチラリと見たが、やはり目が合うと恥ずかしくなり、目を逸らしてしまう。
ディベルゼは呆れ、シェスレイトを小突いた。先程あれだけ説教をしただろう! とディベルゼは促す。
シェスレイトは観念しリディアを見詰めた。
あぁ、やはり好きだ。私はリディアが好きなのだ。
シェスレイトはリディアを見詰め、改めて自覚する。
自覚し自分から誘ったものを断られるのは辛い。リディアはどう思っているのだろう。
思わず自分では駄目なのか、と狡い聞き方をしてしまった。




