第四十五話 異国の王子!?
イルグスト殿下は髪で表情が分からないまま近付いて来る。
そういえば陛下にイルグスト殿下のことをお願いされていた!
騎獣に忙しく頼まれてから一週間放置してしまった! しまった……。とうしよう。怒ってらっしゃるのかしら……。
少し身体が強張る。
オルガは少しだけ警戒しながら横に避けた。さすがに王子相手に庇えないよね。
今日朝からずっとあった気配はイルグスト殿下だったのね……。朝からずっとって……。
「これはイルグスト殿下。ごきげんよう。陛下にお願いされてから、しばらく忙しく、すっかり時間が経ってしまい申し訳ありませんでした」
ここは素直に謝っておこう。スカートの裾を持ち膝を折って挨拶をしてから、しっかりと頭を下げた。
「それは……、良い……」
か細い声。き、聞き取りにくい。一応許してくださったのよね?
「魔獣……」
「え?」
「魔獣に……会いに……行くの?」
魔獣に会いに行くのかを聞いたのよね? もう少し声を大きくしてくれないかなぁ。でも他国の王子相手に突っ込めない……ぐっと我慢。
「えぇ、そうです」
「…………」
何なの!? 何なの!? どうしたいの!?
一緒に行きたいのかしら……、何が言いたいのか、表情が見られないかとじっと見詰めた。
じっと見詰め、…………、何とか表情を見ようとして、どうやらかなり近付いていたようだ。
イルグスト殿下を見上げる位置まで来ると、驚いたイルグスト殿下は私の顔を見て目を見開いていた。
見開かれた目は金色の大きな瞳。男の子か女の子か分からなくさせているこの可愛さは、大きな瞳のせいかもしれない。
金色の瞳はキラキラと煌めき、とても綺麗だった。
あまりにマジマジと見詰めていたため、イルグスト殿下は後退る。
「あ、あの……」
「あ、すいません、近過ぎですね」
またやってしまった。距離感がおかしいってラニールさんにも怒られたっけ。
「違う……、そうじゃなくて……、怖くないの?」
「はい?」
怖い? 何が? 言っている意味が全く分からず首を傾げた。
「怖いって何がですか?」
「………………、ぼ、僕」
「え?」
僕? 僕って……、イルグスト殿下のこと? イルグスト殿下が怖い? 何で? こんな可愛い顔のおどおどした人を? 全く怖くないでしょ。
うーん、でも意図が分からない。怖くないというべき?
「イルグスト殿下のことですか?」
「ん」
「何故私がイルグスト殿下を怖がると思われるのですか?」
「………………」
な、何なの!? 色々突っ込みたい!! でも我慢……我慢よ……。イルグスト殿下に気付かれないよう、深く深呼吸をする。
周りを見回し中庭にベンチがあるのを見付けた。
「イルグスト殿下、あちらで少しお話しませんか?」
ベンチを指差し言った。イルグスト殿下は小さく頷くと大人しく付いて来た。
可愛い顔におどおどした様子。まるで仔犬のようだな、と思いクスッと笑った。
王子らしからぬというか、エスコートはこちらがすることに。ベンチに座るよう促した。
大人しく隣にちょこんと座る姿はまさに仔犬! いやいや、そんなことを考えては駄目だ、と意識を振り払う。
「それで、どうして私がイルグスト殿下を怖がると思われたのですか?」
「怖くない?」
イルグスト殿下は座って落ち着いたのか、少しだけ話すことに慣れたようだ。
「えぇ、怖くないですよ?」
とりあえず無難な返事をしてみた。
イルグスト殿下を見詰めていると、俯いたまま小さい声で話し出した。
「僕の黒い髪、呪われてるって」
「は?」
あ、しまった、思わず素で聞き返してしまった。
しかしイルグスト殿下は気にしていないよう。良かった。
「黒い髪が呪われているって、ダナンタス国で当たり前のことなのですか?」
「そんなことない! あ、ごめん……」
突然大声で否定し、そのことを謝る。
何だ、大きな声も出せるのね。別に謝らなくても大丈夫なのに、優しい人なんだろうなぁ。
「そんなことないんだ。でも……、兄上たちには……、そう言われた」
この世界で黒い髪は確かに珍しい。だからと言って呪われている? そんなの聞いたことないけどな。
「僕の母上が黒髪。そして母上は魔術が得意な小国の人間」
陛下がおっしゃられていた異国のお妃様ね。魔術が得意な国なんだ。聞いたことはないけれど、いずれまた王妃教育で知ることになるのかしら。
「母上も少し魔術が使えた。兄上たちは母上は魔女だって。ダナンタスでは魔術や魔女は恐れの対象」
「だからイルグスト殿下も呪われていると?」
「ん」
イルグスト殿下はコクンと頷く。いちいち仕草が可愛いな。いやいや、今そんなことを考えてちゃ駄目でしょ! イルグスト殿下は真剣なんだから!
そもそもカナデの記憶もある私にしてみたら、日本人は黒髪だから見慣れてるしね。しかしイルグスト殿下の黒髪はさらに黒い漆黒だ。漆黒も綺麗だな、と思うくらいだし。
「はっきり言わせてもらいます。イルグスト殿下は呪われていません。全く怖くもないです」
イルグスト殿下は真っ直ぐにこちらを見た。やはり綺麗な瞳。
「しかし殿下のお兄様方が怖がるのも分かります。魔術はやはり一般的ではないのです。私は全く怖くはないですが、やはり目に見えぬものを怖がる人もいるのです。そこはそういう人もいることを理解せねばなりません」
イルグスト殿下は教師に勉強を教わるが如く真面目に聞いていた。
「イルグスト殿下がお兄様方にされていたことは赦すべきことではありませんが、怨んだりはしないでください。殿下にはこうやって助けてくれる方がいます。それを感謝し、そちらを大事にしてください。悪い方に心を砕くよりも、嬉しい方、幸せな方に心を寄せてください。殿下までもが負の心を持つ必要はないのです」
イルグスト殿下に向かいニコリと微笑んだ。
「優しさは返ってくるのですよ? 自分が辛い思いをしたら、自分はそれを絶対にしないと誓うのです。周りに優しく出来ると必ず優しさは返って来ます」
イルグスト殿下の金色の瞳がキラキラ煌めいていた。
「イルグスト殿下の金色の瞳。キラキラ煌めいてとても綺麗ですよね。私も金色の瞳なんですよ? お揃い」
自分の瞳を指差しニコリと微笑んだ。
イルグスト殿下は目を見開き、金色の瞳がさらに露になった。そして……、少しはにかみながらも微笑む。
か、可愛いー!!!! この顔でこの笑顔って!!
「リディア」
「はい?」
いきなり呼び捨てで呼ばれ驚いたが可愛いから許せてしまう!
「リディって呼んでも良い?」
「えぇ、良いですよ」
可愛い顔に釣られそのまま許可してしまった。大丈夫かな……、まあシェスレイト殿下の婚約者ということも知っているだろうし、王子だし……断ると泣かれそうだし。
「僕のこともイルって」
「は、はい。イル様」
「僕、年下、様も敬語もいらない」
「わ、分かりました。じゃなくて、じゃあ普通に話すね、イル」
そう言うとイルはとても嬉しそうに笑った。
か、可愛い……、これは反則だわ、とそう思うのだった。
「あ! そうだ、魔獣研究所に行かないと!」
そうだよ、魔獣研究所に行くところだったのよ。遅くなってしまう。
「僕も行きたい」
イルは目を輝かせて言った。
「魔獣が好きなの? もしかして今日朝から私の後に付いて来ていたのは魔獣に会いたかったの?」
「ん」
また可愛いコクンだし!
「なら一緒に行く?」
キラキラした表情で何度も頷くイル。余程魔獣が好きなんだな、と少し笑った。
そしてイルも一緒に魔獣研究所へ行くことに。




