第四十二話 冷徹王子の事情!? ⑧
リディアがお披露目式で魔獣に騎乗する許可を求めに来た後、執務室ではシェスレイトが放心していた。
リディアが微笑んでいた。しかも自分を真っ直ぐに見詰め微笑んでいた。そのことがシェスレイトには信じられない、しかし嬉しい気持ちも沸き上がる。
ふわふわと夢見心地な気分で放心していた。
「殿下? どうかされましたか?」
リディアが執務室から出て行ってから、ずっとこの調子だ。ディベルゼには何となくシェスレイトが何を考えているのか分かっていたが、あえて聞いた。
「な、何でもない!」
「リディア様が微笑んでくださって良かったですねぇ。しかしそろそろ現実に戻って来てくださいね。仕事が進みません」
ディベルゼが分かっていながら聞いたことに苛立ち、シェスレイトは睨んだがディベルゼに通用しないのはいつものことだ。
しかし他人から改めて言われると大変恥ずかしい。シェスレイトは睨んだがすぐに横を向き、フンと息を吐いたかと思うと仕事に向かった。相変わらず耳を赤くして。
「やれやれ」
ディベルゼはギルアディスと顔を見合せ苦笑した。
それからお披露目式まではリディアが魔獣研究所で騎乗練習をしていると耳にし、シェスレイトは暇さえあれば、魔獣研究所に足を運びリディアの様子を見ようとした。
しかし近くまで行くのを躊躇い、遠くから見守ろうかと思っていると、ルシエスが現れたり、ラニールが現れたり……。
その度に咄嗟に魔獣研究所から急いで離れる。
おかげでリディアの騎乗練習は一度も見ることが出来なかった。
「何なんだ、ルシエスもラニールも」
シェスレイトは怒りを露わにしながら呟いた。
「殿下も普通に側まで行かれたら良いでしょうに」
呆れたディベルゼはルシエス、ラニール二人に同情した。シェスレイトの怒りは完全にとばっちりだ。
「何故そんなに側に行くことを躊躇うのですかねぇ。婚約者なのに」
ディベルゼが呆れながら言うと、ギルアディスはシェスレイトに同情したようだった。
「まあまあ、殿下はどう会いに行けば良いのか、まだ分からないんだよ」
フォローになっていない。
「婚約者に会いに行く理由が自分で分からないとは……」
よよよ……、と泣く真似をするディベルゼにシェスレイトは顔を真っ赤にして怒った。
「お前は!! …………」
シェスレイトはディベルゼに怒鳴ろうとし……、そのまま尻すぼみになった。
馬鹿にされ怒りが込み上げるが、言い返せない。
「もう良い!! 行くぞ!」
「はぁ……、殿下……」
そのまま怒りの矛先をどこに向けたら良いのか分からなくなったシェスレイトは、そのまま足早に歩き出した。
ディベルゼはシェスレイトのあまりの不器用さに嘆くのだった。
そしてお披露目式当日。
父王とリディアの父である宰相、ルシエス、そして今はイルグストも一緒に庭園奥の広場へと向かう。ディベルゼとギルアディスは少し後ろから付いて来る。
大臣たちはすでに各々向かっていた。
「イルグストは魔獣を見るのは初めてか?」
父王は歩きながらイルグストに聞いた。イルグストは前髪が長いため表情が分かりにくい。しかもぼそぼそと話すため、声も聞き取りにくい。
「あ、はい。で、でも……、魔獣研究所に……、一度だけ……」
小さい声で呟いた。何が言いたいのか分からない。魔獣研究所に行ったのか? 行きたいのか? 魔獣を見たのか?
ルシエスが我慢ならなかったらしく、
「何て!? 魔獣研究所に何だ!?」
ルシエスは大声でイルグストに聞くが、やはりそこは王である父上に叱責される。
「ルシエス」
「ぐっ……、でもこいつの声が小さ過ぎて聞こえないんだよ」
ルシエスは拗ねた顔だ。前回も同じように叱責されたのに懲りない奴だな、とシェスレイトは冷めた目でルシエスを見た。
広場に着くと、もうすでに大勢集まっている。
その中に王族が入る。父王には椅子が用意され、そこに座った。
ディベルゼとギルアディスは皆がいる場所から少し離れたところへ待機している。
観客が全員揃い、そこにレニードが現れ父王の前に跪いた。
「本日はお時間をいただき誠にありがとうございます」
レニードはひとしきり挨拶を交わすと魔獣を呼んだ。
リディアだ。
リディアが魔獣を連れ歩いて来る。
予想通りに父王や宰相、大臣たちは皆驚愕の顔だ。それはそうだろう。この中で誰が、魔獣を連れて来るのがまさかルーゼンベルグの令嬢だと思うだろうか。
リディアは騎士団の制服を着ていた。いつものドレスも美しいが、騎士団の制服もとても似合うな、とシェスレイトはぼんやり考えていた。
父王は混乱し問い質している。
知らなかった人間からしてみれば問い質したくもなるだろう。しかし仕方ないとは言え、いつまでも先に進めない。
見兼ねたシェスレイトは口を挟んだ。
「陛下、とりあえず騎乗を見てみませんか?」
そう声を掛けるとリディアがチラリとシェスレイトの顔を見た。
シェスレイトはやはり心配であることには代わりなかった。リディアに本当に大丈夫なのか問い質したかった。
しかし信じると決めたのだ。
父王に知っていたのかを問われたが、シェスレイトは知っていたが大丈夫だと言い切った。自分に言い聞かせる意味でも力強く言い切った。
リディアの顔が喜んでいるように見える。それはシェスレイトにほのかな嬉しさを感じさせた。
父王から最終確認を問われ、リディアは強い瞳で返事をした。良い瞳だ。シェスレイトは感心していた。
リディアはゼロに乗り上げる。あまりの颯爽とした乗り上げで唖然とする。令嬢のそのような姿は見たことがなかったため、素直に驚きが強い。
そこでいきなりレニードはリディアがセイネアの花を取って来ると説明を始めた。
セイネアを取りに行く!? あんな遠くまで!? 聞いていない! 大丈夫なのか!? シェスレイトは一瞬混乱する。聞かされていないのは仕方がないにしても、そんなところまで行く必要はあるのか!?
先程まで大丈夫だと言い聞かせていた気持ちが一気に不安になる。
しかし信じると決めたのだ。なら最後まで信じろ! と、シェスレイトは自分を鼓舞する。
他の皆も呆然としたまま、リディアはゼロに乗り、空高く舞い上がって行った。
あぁ、何て凄いんだ。一瞬にしてあんな上空まで。
シェスレイトを含め、皆が上空のリディアとゼロを見上げた。
「おぉ、凄いものだな」
父王が呟いた。
「えぇ」
シェスレイトは何故だか誇らしく嬉しい気持ちになっていた。
あっという間にリディアとゼロの姿は見えなくなっていく。
「さて、皆様、リディア様をお待ちする間、お茶でもいかがですか?」
呆気に取られていた観衆にディベルゼが声を掛けた。
お茶の段取りをしていたとは、さすがディベルゼは抜かりないな、と感心するシェスレイトだった。
「いや、しかしリディア嬢は凄いですな!」
お茶のために用意されたテーブルを囲み、大臣たちが話し出す。
リディアを褒める者、令嬢がはしたないと嫌悪感を示す者、様々だった。しかし嫌悪感を持とうとも、シェスレイトの婚約者であるため、大きな声では言えない。
「シェスレイトは知っていたのだな? ルシエスもか?」
「えぇ」
「あー、俺も知ってた……」
父王は溜め息を吐き、リディアの父である宰相を見た。
「知らなかったのは我々だけみたいだぞ?」
「親である私が知らなかったことも恥ずかしい限りですが、シェスレイト殿下の婚約者でありながらあのようなはしたないことを……、本当に申し訳ありません」
宰相はいつも厳しげな表情でいたが、今日は予期せぬことに狼狽した様子だ。
「私が許可を出したのです。リディアはちゃんと私に説明確認しに来てくれました。だから私が許可を出したのです。今回の件でリディアが非難されることは何もありません。非があるとすれば、許可を出した私にあります」
ディベルゼは横でお茶を出す手伝いをしながら、シェスレイトの発言を聞き、何故その毅然な態度が普段リディアの前で出来ないのだ! と思わず口に出そうになる。
「殿下、ありがとうございます」
宰相は深々と頭を下げた。
「リディアとは上手く行っているのだな? 婚約当初全く会いに行こうとせぬから、だいぶと気を揉んだぞ」
父王は笑いながらシェスレイトに言った。
「は、はい、ご心配をおかけし申し訳ありません」
この発言にディベルゼは、いや、上手く行っているのかどうかは微妙だ、と突っ込みを入れたくて仕方がない。
シェスレイトの発言の度にディベルゼがプルプルと震えているのに気付いたギルアディスは、いつディベルゼが思わず口にするか気が気でなかった。
しばらく歓談をしていると、レニードが声を掛けた。
「皆様、もう少しでリディア様がお戻りになられるかと」
「こんなに早くか!?」
誰もが皆驚いた。馬ならば往復に丸一日かかる。お茶をし出してから、まだ小一時間だ。
この驚きはシェスレイトも例外ではなく、戻って来ると聞かされそわそわし出す。




