第四十一話 凱旋!?
「リディア!!」
シェスレイト殿下が駆け寄って来た。一番に駆け寄って来てくれた。それだけなのに何故だか幸せな気持ちになる。何だろう、この気持ち……。
さらに皆も駆け寄って来てくれる。心配そうな顔だ。
物凄く心配を掛けたのだろう、申し訳ない。
陛下やお父様、大臣たちを除いた、皆が周りに大勢集まり大騒動になった。
「リディア! 大丈夫なのか!? 怪我は!? 後ろの魔獣は何だ!?」
シェスレイト殿下は私の両腕を掴み、悲愴な顔で矢継ぎ早に聞く。あまりにも見たことのない表情で呆然としてしまい、言葉が出なかった。
「殿下、落ち着いてください。リディア様が困っておられます」
どこに控えていたのかディベルゼさんが、シェスレイト殿下を引き離した。
我に返ったのかシェスレイト殿下はハッとした顔をし、一気に顔が赤くなる。
フフ、心配してくれていたんだ、不謹慎だけど嬉しいな。
「殿下、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。私は大丈夫です」
ニコリと笑って見せた。
それを見たシェスレイト殿下はホッとしたような表情を見せてから、我に返ったのか、表情がいつもの怖い顔に戻ってしまった。
普段とは違うシェスレイト殿下のほうが好きだったのにな……、ん? いやいや、人としてね! 無愛想な顔より表情豊かなほうが良いじゃない!?
頭の中で誰に言い訳をしているのだか……、自分が恥ずかしくなった。
周りの皆からも一斉に色々聞かれ、訳が分からない。
それを見ていたフィンは自分だけ仲間外れだとでも思ったのか、いきなり皆の背後から咆哮した。
おかげで? 皆が一斉に黙り、背後に勢い良く振り返り緊張が走った。
『俺を無視するなー!!』
騎士団の皆が一斉に臨戦態勢になった。
「ま、待って!!」
慌ててフィンの前に出る。
「この子はもう大丈夫だから! 名前はフィン」
フィンを撫でながら皆に向かって言う。
「リディア様、名付けたのですね?」
レニードさんが瞬時に理解してくれたようで確認のため聞いてきた。
他の皆は驚愕の顔だ。うん、まあ、そうなるよね。
「リディア、説明をしてくれるかい?」
気付けば人集りの後ろに陛下が側までやって来ていた。お父様や大臣たちも同様に。
「はい」
皆一斉に横に避け人垣の道が出来る。ゼロとフィンをその場に残し陛下の前に出た。
そしてここを出発してからのこと、セイネアの花を持ち帰ったことを報告し、花を陛下に渡した。
陛下はお父様にそれを渡し、お父様はフィリルさんにセイネアの花であることを確認する。
無事セイネアの花だと認められ、改めてフィンとの顛末を話す。
城の直前でフィンが現れ、皆の見ている前で迎え撃った。地面でのやり取りは少し省略して説明。
無事名付け会話が出来るようになったので、騎獣として受け入れて欲しい、と嘆願した。
「リディア、君には驚かされてばかりだな!」
陛下は笑いながら言った。
「ゼロの凄さは証明されたな! 馬で丸一日かかる場所へ小一時間で行って戻り、さらには魔獣と戦い勝つ強さがある。それを騎獣として乗りこなして見せたリディアに礼を言おう! これから騎獣によって騎士団の戦力は大幅に変わるだろう!」
ワッと歓声が上がった。騎士団の皆が拳を高く突き上げ喜んでいる。
魔獣研究所の皆ばかりでなく、その場にいた皆が喜んでくれた。
「さらにはフィン、新たな魔獣まで騎獣にしてしまうとはな。リディアには驚かされる!」
「では、フィンを騎獣として受け入れていただけるのですか!?」
「こんなに戦力になるのだ。当たり前だろう」
陛下はニッと笑った。それが何だか王としての表情には見えず、少し可笑しかった。
「フィン! 騎獣としてここにいても良いって!」
フィンに振り返り大きな声で伝えた。
横にはレニードさんが目を輝かせてフィンを見詰めている。
『おう! 当然だな!』
やっぱり俺様……、大丈夫かな、アハハ、と苦笑した。
ゼロはやはり嫌そうだ。
うーん、喧嘩しなければ良いけど……。魔獣同士が喧嘩なんかしたら大変なことになりそうだ……。
「では、リディア、今日は良くやってくれたね。しっかり休みなさい」
「はい、ありがとうございます」
陛下に跪き頭を下げた。陛下はニコリとしその場を後にした。
それに続くお父様が……、後で説明しなさい、と低い声で呟いたことは聞かなかったことに……、ならないかしら。
陛下やお父様、大臣たちがいなくなった広場では、私への労いの言葉やゼロやフィンに触りたい、乗ってみたい、という言葉で溢れた。
「リディア様! リディア様! フィンに触りたいのですが良いですか!?」
レニードさんが目を輝かせて聞いた。
「フィン、皆があなたに触りたいって言ってるけど良い?」
『俺に触りたい!? 俺が格好いいからか!?』
「うん? うん、そ、そうかな」
格好いいから……、うーん、まあそういうことかな?? そう!? ……、まあ良いか。
『ふふん、まあ許してやらんでもないぞ!』
「う、うん、ありがとう」
俺様が凄すぎる……。ゼロをチラッと見ると、表情は分からないはずなのに、物凄い嫌そうな顔に見えたから凄いな、と吹き出しそうなのを必死に堪えた。
「触っても良いそうですよ」
レニードさんは子供か喜ぶが如く満面の笑みで喜びフィンを触った。
それに便乗するように他の皆もわらわらとフィンに触りに行く。
「リディア、早く休むほうが良い」
シェスレイト殿下が声を掛けて来た。真面目な顔でそう言われ、あぁ、私の身体を心配してくれているのだな、と、素直にそう思えた。
確かに今日はただゼロに乗っただけならば、さほど疲れなかっただろうが、フィンに追いかけられ戦ったために、力の限りゼロにしがみついて酷く疲れた。
振り落とされなくて良かった。今更ながらに少しだけ怖さを思い出し身震いをした。
だからそう心配をしてくれたのが嬉しい。
「そうですね、ありがとうございます。休ませていただきます」
レニードさんにフィンをお願いした。
「フィン、これからはレニードさんの言うことを聞いてね? ゼロも一緒にいるからね。また会いに行くから」
『ん? お前はどこに行くんだ!?』
「私は普段お城の中の部屋にいるよ」
『ふーん、早く会いに来いよ? じゃないと暴れるぞ!?』
「いやいや、それは暴れず待っててよ」
フィンの頭を撫でながら言った。
「もし暴れたらお仕置きだからね!」
そう言いながら撫でていた手で、顔の柔らかく掴めそうな場所を探しだし、ムギュ~っと思い切り引っ張った。
意外にも嘴の付け根? 頬? の部分は比較的に柔らかく、引っ張るとよく伸びた。
『わ、分かった!!』
勢い良く伸びる顔の肉が痛かったのか、フィンは素直に従った。
ブフッと思わず吹き出してしまった。
皆は魔獣相手にそんなことをするなんて! といった驚愕の顔。
「アハハ、フィン、じゃあね! ゼロもまた会いに行くからね! 待ってて!」
ゼロに近付き抱き締めた。
「やっぱり固い」
『だから当たり前だ』
「アハハ」
ゼロも笑った。
『では、またな、リディア』
「うん、またね」
もう一度しっかりとゼロに抱き付き、そして別れた。
「部屋まで送ろう」
「え?」
シェスレイト殿下がそう声を掛けて来た。
「え、いえ、そんな、殿下に送っていただくなんてとんでもないです、大丈夫です」
シェスレイト殿下に送っていただくなんて畏れ多い。丁重にお断りした。…………、つもりだが、やはり怖い顔! お断りしたのが良くなかったの!? だって、王子に送ってもらうって! 婚約者なら当たり前!?
マニカとオルガの姿を探した。遠目にマニカと目が合い、必死に何かジェスチャーをしている。何!? 分からないー!!
「殿下は疲れているリディア様を心配されておられるのです。途中まででも送らせていただけませんか?」
ディベルゼさんがシェスレイト殿下の後ろから苦笑しながら言った。
う……、やはりお断りして機嫌が悪くなられたのか……、失敗してしまった……、ごめんなさい……。
少し泣きそうな気分になり、シェスレイト殿下の顔を見上げた。
「ご心配いただきありがとうございます。失礼なことを申し訳ありません。では、お手間ではなければ送っていただいてもよろしいですか?」
「…………、あぁ、私も戻るからついでだ」
「あ、そうですよね」
シェスレイト殿下は顔を背けながらボソッと言った。何故か後ろのディベルゼさんは呆れ顔だけど。
シェスレイト殿下はそのまま踵を返しスタスタと歩き出す。
ディベルゼさんがどうぞ、とシェスレイト殿下の後ろに促した。
歩きながら周りを見ると、ルーやラニールさんと目が合い、小さく手を振った。二人とも笑顔で答えてくれていた。ラニールさんもすっかり笑顔が定着したわね。
人集りを抜ける途中にイルグスト殿下が見えた。髪で表情は良く分からないが、何故かじっとこちらを見ている気がした。
そうやって人集りを抜け、城の中へと戻るのだった。
シェスレイト殿下は部屋までずっと無言で足早にスタスタと歩く。
それに必死に付いていく。マニカとオルガも慌てて追いかけて来た。
「殿下、あまり早く歩くとリディア様が疲れてしまいます」
ディベルゼさんが後ろから声を掛けた。シェスレイト殿下は急にピタッと止まり、思わずシェスレイト殿下の背中にぶつかりそうになった。
何とか少し手が触れただけで止まれた。あ、危なかった……、良かった……。
「す、すまない」
シェスレイト殿下は小さくそう言うと、今度はとてもゆっくり歩いてくれた。やはり無言のままだけどね。
「ありがとうございます、殿下」
結局部屋まで送ってくれた。シェスレイト殿下は扉の前で何か言いたそうなまま、立ち尽くしている。
「殿下?」
シェスレイト殿下の顔を見上げた。シェスレイト殿下は少しもごもごしながらも、結局何も言わず頭にポンと手を置いて少し撫でたかと思うと、すぐに手を離し去って行った。




