第三十五話 冷徹王子の事情!? ⑥
リディアとは街へ同行した日から会っていない。
あの日の帰り道、リディアはラニールとずっと議論を交わしていたため、シェスレイトは話に入ることが出来なかった。
二人が議論する姿を後ろから恨めしく見るばかりだった。
結局別れの挨拶をするまで一言も話すことなく終わった。
「よろしかったのですか? リディア様ともう少しお話してからでなくて」
ディベルゼは小さく溜め息を吐きながらシェスレイトに言った。
「良い。国営病院のことが伝えられたのだから、それ以上は良い」
シェスレイトはリディアに何を言うでもなく、自分に言い聞かせるようにそう言うと、私室へと帰って行った。ディベルゼとギルアディスはやれやれと言った顔を見合わせた。
それからずっとリディアには会えていない。
噂話程度に、リディアは薬物研究所に入り浸り、ハーブの厳選を重ねていると聞いた。
お菓子作りに奔走しているのだ、頑張っているのだな、と思うと、邪魔をすべきではないとシェスレイトは会うことを控えた。
シェスレイトはリディアに会えない間、王城にはいなかった。
ナダミア辺境伯領。
シェスレイトはその地に視察に来ていた。しかし視察とは表向きで、ナダミア領の税収搾取の疑いで調査しに来ていたのだった。
民から本来納めるべき税よりも多くを搾取している、という内部告発がシェスレイトの元に届いていた。
本来の税よりも多く搾取し、民への負担を重くした挙げ句、その搾取したものはどこへ消えたのか。
ディベルゼの調査によって、搾取は証拠が上がり、そして搾取したものの行方もおおよその予想は立っていたが、逃げられないようにシェスレイトが予告なしに直接訪れたのだ。
シェスレイトはナダミア辺境伯の責任を追及しにやって来た。
しかし問い詰めたところで正直に話すものはいない。
今まで不正を行った者と対峙したとき、いつもそうだった。
正直に話すどころか、シラを切り、さらには他の者へ罪を擦り付けようとする。どうやって自分が責任を逃れられるかしか考えていない。
毎回そういう人間たちと対峙する度にシェスレイトの心は疲弊していった。
その度に目付きは鋭くなり、不正や悪事を行った者を侮蔑し、そしていつしか感情はなくなり、冷徹に見下すようになった。
ナダミア辺境伯も同様だった。
自分とは別の人間をなじり、自分は何も知らなかった、自分も被害者だと言い張る。
そもそも長である辺境伯自身が、何も知らなかったとはまた別の責任問題になるのだが、そのことには気付かないナダミア辺境伯の滑稽さに呆れるばかりだった。
捕縛され連れて行かれる間際に、ナダミア辺境伯は叫んだ。
「シェスレイト殿下! 貴殿方に何が分かる! 王城でぬくぬくと暮らし、辺境の地の苦労も知らぬ! 王城や王都は我々の税収がなければ成り立たんのだ!!」
いつものことだ。こいつらはいつも己の行いを棚に上げ、こちらに愚かな不満をぶつけてくる。
「殿下、大丈夫ですか?」
ギルアディスがそっと聞いた。
「あぁ」
いつものことだ、いつもの……、だが疲れる。心が疲れるのだ。
自分が間違っているとは思わない。不正や悪事を正すのは当然のことだ。
当然なのだ、しかしこの閉塞感はどうだ。何故こんなにも心が疲弊する。
「どうも、疲れているようだ……」
シェスレイトはボソッと呟き、ふとリディアを思い出した。
今は何をしているだろうか、また薬物研究所に行っているのだろうか、それとも王妃教育で悲鳴を上げているのだろうか。
そう考えたらクスッと笑みが漏れた。
そのことに自分自身で驚く。リディアを思い出すと心が軽くなった。
シェスレイトはその事実に戸惑い、しかし嬉しい気持ちになっていたことに気付くのだった。
「殿下?」
いつもと違うシェスレイトの様子に、ディベルゼはどうしたのかと声をかけた。
「いや、何でもない」
リディアを思い出し心が軽くなる、心が穏やかになる……、リディアは自分にとってどんな存在なんだろうか。シェスレイトは改めてリディアの存在を考え始めた。
幼い頃に何度か会っただけの、自分の意思とは関係なく強制的に決められた婚約者。
だから最初は抵抗があったのは確かだった。元々女性が苦手なため余計に距離を置いていた。
しかし父王からの命令で仕方なくお茶会で会ってからというもの、リディアに振り回されながらも惹かれている自分がいる。
突拍子もなく奔放なリディア。自分とは全く違う。最初はそのことに興味を持った気がする。
今はどうだ? 今は興味だけか?
シェスレイトは自問自答するが、それが興味以外の感情なのか、今までにない感情を理解するには経験がなさすぎた。
これが所謂「好き」だという感情なのだろうか。
自分自身で「好き」という言葉に猛烈に恥ずかしくなり、顔が火照るのが分かった。
慌てて頭を振り、ディベルゼとギルアディスに不審がられる。
「殿下? どうされたのですか? 先程から。百面相になっていますよ」
ディベルゼに指摘され、自分が気持ち悪くなった。
「何でもない! 早く城へ帰るぞ!」
焦ったシェスレイトは踵を返した。
リディアに会いたい。
自分の感情が何なのか、まだはっきりと理解出来てはいないが、今はリディアに会いたいと思ったのは事実だった。
帰城してからもしばらくリディアには会えなかった。
ナダミア辺境伯への対処やら領地の今後についてやらの始末に追われた。
そんな時、父王からの呼び出しがあった。
「陛下の御用とは何でしょうね?」
ディベルゼが自分の情報には何もない、と怪訝な顔をする。
シェスレイトも少し疑問に思いながらも、父王の執務室へと向かった。
扉を叩き中へと入ると、そこには父王とリディアの父、ルーゼンベルグ侯爵、そして見知らぬ人間がいた。
年若そうなその人物は少し振り返りシェスレイトを見た。黒髪に金色の瞳をしたその人物は幼さの残る顔だった。
「シェスレイト、来たか。ルシエスとリディア嬢ももうすぐ来るはずだ。少し待っていてくれ」
リディアも? シェスレイトは父王の言葉に少し疑問を抱いた。
何故リディアも呼ばれている? この人物は誰だ?
そんなことを考えていると、扉が叩かれルシエスとリディアが現れた。
チラリと振り返ると、ルシエスとリディアが一緒に入って来る。何故リディアはルシエスと一緒にいたのだ。
ただ向かう最中に出会っただけかもしれない、そう自分に言い聞かせても、自分はしばらく会えていないというのに、とどうしても苛立つのだった。
二人が到着したことで、父王は応接椅子に移動した。
久しぶりにリディアと会えた。ルシエスと一緒だったことは気になるが、久しぶりに会えたのだ、ここはしっかりとエスコートせねば。リディアに身体が向かう。
久しぶりにリディアの手に触れるとドキリと心臓が跳ねる。必死に顔に出ぬよう平静を装った。
全員が着席すると父王は話し出した。
紹介されたその人物はダナンタス国の第三王子だった。どうやら複雑な環境を危惧した父王が呼び寄せたようだ。
イルグスト・ルーク・ダナンタスはおどおどとしながら自己紹介をした。あまりの声の小ささにルシエスが聞こえないと発言したため、父王から叱責される。
ルシエスは正直に言い過ぎだが、仮にも王子を名乗るのならばもう少し堂々とすべきではないのか、とシェスレイトも呆れるのだった。
その空気を見兼ねたリディアがイルグストに挨拶をした。リディアのそういう社交的な面は感心するが、それがまずかった。
父王はリディアにイルグストを任せようと発言をした。
さすがにそれは! 思わず父王に疑問を投げ掛けた。
「何故リディアに?」
すると王らしからぬ答えが返って来た。
シェスレイトは冷たい、ルシエスは苛めそう、……、さすがに言葉が出なかった。
父上は我々を何だと思っているのだ。




