第三十話 騎獣!?
去って行くその人の後ろ姿を見詰めた。
「レニードさん、どなただったのですか?」
レニードさんは不思議そうな顔をし、
「うーん、どなたか分からなかったのです。尋ねてもお答えにはならずお帰りになりました」
ふーん? 誰だったんだろう。まあいいか。
「それよりもゼロに会いに行きましょう!」
あの日からしばらく会いに来れていなかった。
怒ってないかな。
魔獣の檻の前まで来るとゼロの姿が見えた。
「ゼロ、久しぶり!」
『リディアか、久しぶりだな』
ゼロは顔をこちらに向けた。
「檻からは出られませんか?」
レニードさんに聞いた。
案の定、マニカとオルガが驚愕しているけど。
「そうですね……、いくら騎乗訓練しているとは言え、普通の方ならまだお断りしますが、リディア様ですし、恐らく大丈夫でしょう」
レニードさんは意外にもすんなりと了承してくれた。
恐らく私とゼロが繋がりを得たからだろう。名を与え、お互い認め合い、相性の合うもの同士。
それがあるからレニードさんはゼロが私を襲うことはないと判断したのだろう。
レニードさんはゼロの檻の鍵を開けた。
「ゼロ、出ても良いって」
マニカとオルガは警戒しているが、ゼロはそれには全く見向きもせず、ゆったりと私の前まで出て来た。
近付くと小型ドラゴンと言えど、かなり巨大な感じがした。
見上げる程の位置に頭がある。
身体は思っていたよりは細身で、しかし翼が大きい。
「ねぇ、ゼロ、飛んでみせてよ!」
『良いのか?』
レニードさんに自由に動いて良いか確認し、ゼロに頷いた。
ゼロは翼を大きく広げ、羽ばたかせた。翼の羽ばたきから強風が吹き荒れ、砂埃が舞う。
風に髪とワンピースのスカートが乱され、慌てて押さえる。
ゼロは空高く舞い上がり気持ち良さげだ。
空の有刺鉄線がなければさらに高く飛べるのに、と残念に思ったが、ゼロはそんなことには気にも止めず、障害物を華麗に避け自在に飛び回っている。
「良いなぁ、気持ち良さそう」
髪を押さえながら見上げて呟いた。
それが聞こえたのか、ゼロがこちらを向き空から降りて来た。
地面スレスレでふわっと降り立ちゼロがこちらを見た。
『乗りたいか?』
「え、乗って良いの!?」
目を輝かせた。
『アッハッハ、リディアは変わっているな』
ゼロは笑った。いや、表情は分からないのだが、声を上げているので笑っているのが分かる。
「そんなに変?」
誰でも魔獣に乗って空を飛べるなんて、やってみたいと思うのでは……。
と、思っていたら、マニカとオルガが青ざめていた。
「お嬢様何を言い出すのですか!?」
「そうだよ! お嬢、魔獣に乗るなんて!!」
ほらな、とゼロに言われた気がする。
『普通の人間はそもそも私たちを怖がり近寄らないしな。乗って飛ぶなんてありえないだろう。騎乗訓練のときだけだ』
「うーん、そっかぁ。でも私は乗りたい!」
「お嬢様!!」
マニカは必死に止めてくる。
レニードさんは考えこんで、
「リディア様なら大丈夫でしょう。ゼロがリディア様を落としたり傷付けることは絶対ない」
レニードさんは言い切った。ゼロの眼を真っ直ぐに見ていた。
これはゼロとレニードさんにしか分からない、二人? の絆なんだろうな。
『まあそう言うことだ』
レニードさんが騎乗訓練のとき使用している鞍を持って来てくれた。それをゼロに装着させる。
私はというと、ワンピースでは騎乗出来ないということで、研究員の方が騎乗のときに着る服を貸してもらい着替えた。所謂つなぎだ。
髪も後ろに一つで束ね、それなりに勇ましく見えるのでは? と自信満々に、研究所から勇ましく仁王立ちして出たら、待っていたオルガと一緒に何故かルーがいた。
「ルー!?」
「リディ!? 何だその格好!?」
マニカが頭を抱えた横では、ルーとオルガが驚いた顔をし、ルーは……爆笑した。
「お前!! 何だそれ!!」
お腹を抱えて爆笑している……。
そんなに可笑しいかな。
「そんなに変? 似合うと思ったんだけど」
少しムッとしながら言うと、ルーは必死に笑いを抑えようとしながら言う。
「い、いや、似合う! 似合うけど……」
涙目になりながら言われてもな。
「もう良いよ! それより何でルーがいるの?」
「あー、魔獣の騎乗訓練とやらを俺も見たくて来てみたら、そしたら何かリディア様が騎乗されるらしい、と聞いてな」
まだルーは笑っている。わざとらしく様付けで言うし。
もう良いや、ルーは無視しよう。
「レニードさん、着替えました!」
「リディア様、お似合いですよ」
レニードさんだけはニコリと満面の笑みだった。
再びゼロの元まで戻るとゼロは大人しくその場に伏せていた。
「ゼロ、お待たせ」
『リディアか、勇ましい姿になったな』
「フフッ、そうでしょ?」
自慢気に立ってみた。ルーはまだクスクス笑ってるし。
『では、乗るか?』
「うん!」
ゼロは出来る限り背を低く伏せてくれた。ゼロの背中に取り付けられた鞍を掴み、勢いよく登る。
何故そんなことが出来るのか、と、周りの皆は驚いてるね。そこはほら、カナデが入ってるから躊躇ないというか。子供の頃に色々登ったし? 大股開くのも躊躇ないわよ?
皆驚いてるけど。
大股を開きゼロに跨がった。それなりに颯爽と格好良く決まったのじゃないかしら?
ドヤ顔でチラッと皆を見たら唖然としていた。
うーん、ダメだった? まあ良いか。
『乗れたか? では行くぞ?』
「うん!」
そう言うとゼロは立ち上がり翼を大きく広げた。
マニカは心配そうな顔をし、ルーやオルガ、レニードさんはワクワクといった表情をしていた。
ゼロは大きな翼を羽ばたかせ、ゆっくりと浮かんで行く。先程とは違い、ゆっくりと丁寧に浮かぶ。
ゼロが気遣ってくれているのが分かる。
『しっかりと掴まっていろ』
「うん」
さらに大きく羽ばたき、一気に上空まで上がった。風圧に負けそうになり目を瞑る。手綱だけはしっかりと握り締め。
『リディア』
ゼロの優しい声が聞こえ、そっと目を開けた。
そこは先程いた場所よりも遥か高い場所だった。すぐ頭上に有刺鉄線がある。
ゼロは羽ばたきながらその場に浮かぶ。
「うわー、凄い!! 高ーい!! 塀の向こうが見えるね!」
遥か下にルーたちが小さく見える。
『もっと飛ぶぞ、しっかり掴まれ』
ゼロは急降下したかと思うと、次は真っ直ぐ猛スピードで前進した。木々の障害物を難なくすり抜け、塀にぶつかるかと思うと急上昇した。
あまりのスピードに目が開けていられないかとも思ったが、思っていたよりは周りを見る余裕もあった。
ゼロが気遣ってくれているのだろう、時々風が緩み身体への負担が軽くなる。
『大丈夫か?』
再び上空で羽ばたきながら止まるとゼロは心配して聞いて来た。
「うん、大丈夫! 物凄く楽しい!」
『ハハ、心配無用だったようだな』
ゼロは紳士だな。色々気遣ってくれる。
『あまり長く飛ぶと、リディアの身体に負担が来る。この辺りで終わりにしよう』
そう言うとゼロは皆が待つ地上にゆっくりと降りた。
「お嬢様!! 大丈夫でしたか!?」
「リディ、どうだった!?」
「リディア様、どうでしたか!?」
「お嬢、どうだった!?」
降り立つと皆一斉に聞いて来た。
ゼロは再び身体を出来る限り低くくし、私は背から飛び降りた。
「気持ち良かったよ!! すっごく楽しかったー!!」
満面の笑みで答えた。
ルーとオルガは羨ましそうに、レニードさんは目を輝かせていた。
「リディア様、凄いです! あれだけ自在に飛び回れるなんて! 僕もいつかあんな風に飛んでみたい!」
レニードさんは興奮冷めやらぬ状態だ。
「あれはゼロが全て自分の意思で飛んでいただけで、私はただ落ちないように掴まっていただけですから」
私の力ではない。全てゼロのおかげだ。
「リディア様とゼロだからこそなのでしょうね。普通はあんなすぐには飛べません」
「そうなんですか?」
「えぇ、ゼロと騎乗する人間との相性もあって、ゼロが不快に思うと上手く飛べないのです」
「そうなの?」
不思議に思いゼロに聞いた。
『あぁ、乗り手と呼吸が合わないと上手く飛べない』
「そういうものなんだ」
「ですから、恐らく騎獣が実現したときには、魔獣には決まった乗り手が就くことになるでしょうね」
「なるほど、では、ゼロには誰か相棒が出来るってことですね」
「そうですね」
ゼロに相棒かぁ、ちょっぴり嫉妬しちゃうな、と少し笑った。
『どうした?』
「ううん、何でもないよ。ゼロに相棒が出来ちゃうと寂しいな、とちょっと嫉妬しただけ」
冗談半分で笑った。
『リディアが私の相棒になれば良い』
「うーん、私は騎士団じゃないから無理だよ」
『私は自分が気に入った人間しか乗せない』
まあそれはそうだろう、と思ったが、騎獣になれるかがかかった大事なところだ。
「リディア様のように魔獣と仲良くなれる人間が増えたら、ゼロだけでなく他の魔獣を騎獣にすることも可能になりますよね」
レニードさんはゼロが言ったことは聞こえていないはずなのに、ゼロの言葉に反応するように言った。
「他の魔獣たちとも頑張りますよ」
レニードさんはニコリと笑った。
良いのだろうか。
『レニードが何とかするだろう』
プッと吹き出してしまった。皆が怪訝そうに見る。
「あ、いや、ごめん、何でもない」
ゼロがあまりに他人任せ? レニードさん任せで笑えた。きっとレニードさんのことを信頼してるんだな。
クスクス笑っていると、研究所の方から誰かがやってきた。
「ルシエス殿下、リディア様、お話し中失礼致します」
畏まった態度で話し出した。
「陛下がお呼びです。陛下の執務室までお越しください」
「!?」
陛下!? 陛下って言った!?
ルーと二人で驚き顔を見合わせた。




