第二十八話 冷徹王子の事情!? ⑤
シェスレイトたちはリディアたちの後ろから付いて行くような形となったが、後ろから見ているとリディアの動向が気になって仕方ない。
リディアとラニールが何やら話しているが、距離が近過ぎるのではないのか!? と、シェスレイトは苛ついてしまう。
リディアがチラリとこちらを向くが、見詰めていたことがバレるのを恐れ、顔を背けた。
しかしやはり気になるシェスレイトは横目でリディアを見る。ラニールと楽しそうな姿を見ると胸の奥にチリチリと痛みを感じるのだった。
街の中心部にまで着くと、ディベルゼがリディアに予定を聞いた。
公務があるのでは、と問われたが、そこはディベルゼがやはり上手く躱す。
こういうときにはディベルゼの胡散臭さが役立つものだな、と、シェスレイトは妙に感心した。
恐らくディベルゼ本人にそんなことを言おうものなら、何倍で返されるか……、恐ろしくて冗談でも言えたものではないが。
リディアから一緒に来るか、と問われ、思わず嬉しさがこみ上げた。しかしそこは冷徹王子。そうそう顔には出ない。と、思っている。
それを誤魔化すために顔を逸らし、
「外では殿下と呼ぶな」
愛称で呼ばれたい。
しかし返って来た言葉は……、
「シェスレイト様」
ルシエスのことは愛称で呼ぶのに、私は「様」付けなのか。何故呼んではくれない!? そう、シェスレイトは苛立つ。
シェスレイトがリディアに何故愛称で呼んでもらえないのか。
それはそうだろう。
まず自分からも愛称では呼んでいない。さらに愛称で呼んでも良い、と許可を出してはいない。
王子を愛称で呼ぶことは、やはり気軽に出来ることではない。ルシエスですら、本人が許可を出したからこそリディアも愛称で呼んでいるのだ。
シェスレイトはそのことに気付いていない。
ディベルゼはシェスレイトが何を思ったのか、何となく察し、苦笑するしかなかった。
言葉が足らなすぎるのだ! と、ディベルゼは溜め息を吐いた。
リディアはラニールに向き直り、店の話をし出したが、そこにルシエスも加わり、自分が案内すると言い出した。
どういうことだ、何故お前はそんなに街に詳しい? 第二王子としての立場を忘れ街で遊び歩いているのか!?
シェスレイトはルシエスの後ろ姿を睨んだ。
リディアはルシエスの背中を押し促したが、それすらもシェスレイトを苛立たせるには十分だった。
ルシエスが案内したのはパン屋のようだった。何故パン屋なのか、黙って付いて行くとそのパン屋の中に目的のものが売られていることを知った。
リディアの従者であるオルガがその目的のものを購入すると、それを持ち噴水広場へと移動した。
リディアは躊躇うことなく、噴水側に腰を下ろし、皆にその購入したものを勧めた。
まさかここで食べるのか!? シェスレイトは固まった。
シェスレイトも街を出歩いたことがない訳ではない。お忍びで遊んだこともあるにはある。
しかし外で何かを食べたことはなかった。
こういうときに限って、ディベルゼは助け船を出さない。
自分だけさっさとお菓子を手に取り、シェスレイトがどうするのかを眺めている。
どうしたら良いのか固まっていると、リディアが自分の横に座るよう促した。
隣に座ることに嬉しさを感じ、しかし、何やら子供扱いをされているような気恥ずかしさもあり、複雑な面持ちで横へ腰を下ろした。
リディアは小さい子供にするように、お菓子を手渡し微笑んだ。
自分だけに向けられた初めての優しい笑顔に、シェスレイトは心の高鳴りを覚えた。
皆、そのお菓子を口にし感想を述べているが、シェスレイトはそれがお菓子だという認識にならず理解出来なかった。
しかし街の人々がそれをお菓子だとして食べているのだという事実、それこそがリディアの、美味しいお菓子を街の人々へ届けたいという気持ちなのだということを理解した。
次へ向かうという話になりリディアが立ち上がろうとするのが分かった。
そこはやはり紳士として、エスコートを、と、シェスレイトはリディアより先に立ち上がり、リディアに手を差し出した。
ふわりと柔らかい手に意識を取られ、そのまま握り締め歩き出す。
リディアに指摘されるまでシェスレイトは自分がリディアと手を繋いで歩くという行為を無意識にしていたことに気付かなかった。
あまりにも無意識過ぎて恥ずかしくなった。
女性の手を握りながら歩くなど、何てことをしているのだ、とシェスレイトは落ち込む。
それをディベルゼとギルアディスは苦笑しながら見ていたのだった。
「うちの王子様は初々しいですねぇ」
「ハハ……」
ディベルゼの慇懃無礼な言葉にギルアディスは苦笑するしかなかった。
噴水広場近くの露店に移動し、さらにまた違うお菓子を食べる。これまたシェスレイトには不思議だった。塩味のお菓子。
こんなものもあるのだな、と感心していたが、リディアとラニールがやたらと熱心に語り合い出し、横に座るシェスレイトは疎外感を感じ、リディアとラニールを見詰めた。
そしてどうやら見詰め過ぎた。
リディアにまたしても顔が怖いと言われた。
自分では怖い顔をしている意識はないのに。
リディアはその柔らかい手でシェスレイトの頬をむぎゅっと包み、目の前で見詰めて来た。
白く柔らかい手、吸い込まれそうな金色の瞳。キラキラと煌めいて何て美しい。自分が写り込みそうなくらいの距離で見詰められ動揺する。
リディアは頬を押さえられ顔が歪むシェスレイトを見て笑った。
自分がそんな顔にさせているくせに、とシェスレイトは不満に思ったが、とても楽しそうに笑うその顔はとても愛らしく、自分だけに向けられた笑顔に嬉しさも感じ、様々な感情に戸惑い落ち着かなくなった。
このまま頬を触られていると変な気分になってくる。慌ててシェスレイトはリディアの手を掴み自分の頬から離した。
しかしその掴んだ手が、やはり柔らかく、ずっと触っていたくなる。
無意識にリディアの手をさわさわとしてしまい、リディアに不信がられてしまう。
「私の手、何か変ですか?」
そうではない! 触りたいと思ったからだ! と、シェスレイトは言えなかった。
ラニールや皆に苦笑されているリディアは子供が拗ねるように少し膨れた。その仕草が愛らしく、思わず笑みがこぼれた。
しかし普段あまり笑うことのないシェスレイトは自分が気持ち悪い顔をしているのでは、と不安になりいつもの顔に戻るのだった。
あちこちの店に行ってはお菓子を食べる、という行為を何度も繰り返し、いい加減お腹が満たされ食べ疲れて来た。しかし無理矢理付いて来た手前、疲れたとは言えない。
リディアとラニールが回った店の様々なお菓子を思い出し議論している。
その時リディアが商売するにあたっての話を淡々と話し出した。
皆が唖然とする。
リディアが材料確保や、製作と販売のための場所と人材確保について、資金的な問題での間借りや、商品を委託することについて、それらのことを平然と話し出したのだ。
普通の貴族令嬢がそんなことを知っているはずがない。
ディベルゼがリディアを怪訝な顔で見詰めている。
周りの皆も驚いた顔をしている。
ルシエスだけが一人大笑いした。
リディアの安堵した表情は誰にも気付かれることはなかったが、ディベルゼだけはリディアに不審を抱いたままだった。
しかしディベルゼは何事もなかったかのように笑顔に戻る。そこはいつもの胡散臭い笑顔だ。
何か含みのある笑顔にシェスレイトは少しの違和感を感じるが、それはすぐに記憶の片隅に追いやられるのだった。
ディベルゼはリディアたちを公務に付き合うよう誘った。誘ったというよりは強制に近い。
どこへ行くのか聞かされないリディアたちは不審な面持ちだ。
昨夜シェスレイトたちが話し合った、国営病院への視察。いずれそこがそうなるであろう、候補の建物への視察だ。
シェスレイトは視察を理由にリディアたちに付いて行くことを躊躇ったが、その病院をリディアに見せたいという気持ちは本心だった。
街の中心部から外れ、その場所へ向かう。道中シェスレイトは無言だった。
リディアにその場所を見せることに、期待と不安が入り交じっていた。驚くだろうか、喜ぶだろうか、それとも……、嫌がるのだろうか……。
リディアは何気なく発しただけの言葉だ。まさか自分の言葉で国営病院が出来るとは思ってもいないだろう。
シェスレイトにはそれが不安だった。
無言のまま建物に着き中へと入る。
ここはシェスレイト自ら多くを調べ回り、視察し決定した国営病院のためだけの建物だ。
エントランスから階段を見上げ、意を決しリディアに告げる。
「ここはこれから国営の病院になる」
リディアは驚いていた。
シェスレイトは思っていたよりは嫌悪の反応がなく嬉しかった。そしてリディアに振り向き、リディアの発言で実現することを伝えた。
「君の発言でここが国営病院になる」
シェスレイトは真っ直ぐ伝えられたことに嬉しさを感じ、リディアの手を取り自分の親指でリディアの指をなぞる。
何とも言えない感情が込み上げる。シェスレイトはまだ今感じる自分の感情が何なのかが分からなかったが、今この瞬間が心地よく、時を忘れるのだった。
そう思っていたのに、リディアから返ってきたものは、感謝の言葉と……、作り笑顔だった。
シェスレイトの淡くも色付いた心は、一瞬で色を失ってしまった。まだリディアは自分に対してこんなにも遠い存在なのだと思い知った。
今日ここへ来た理由をディベルゼが補うようにシェスレイトの想いを代弁したが、シェスレイトは哀しみ、切なさ、憤り、様々な感情が渦巻きリディアを見ることは出来なかった。
するとリディアは勢い良く目の前まで来たかと思うと両手を握り、先程の作り笑顔とは違い真剣な顔付きで感謝と激励を伝えて来た。
あまりに力強く握り締められた両手に、間近な顔に驚き、顔が一瞬にして熱くなったことに気付き慌てた。
やはりリディアは変わっている。
自分はこうして振り回されてばかりなのだろうな、と、シェスレイトは何とも言えない気持ちになるのだった。




