第二十七話 冷徹王子の事情!? ④
リディアたちが市場調査に行く前日の夜、リディアとラニールが翌日出かける約束をしたことをシェスレイトは知った。
何故それを知ることが出来たのかはディベルゼのみぞ知る。
シェスレイトはディベルゼから報告を受け、知ることになったのだが、知ったからと言ってどうするということもない、と言い放ち、そこから小一時間。
執務室で夜が更けていく……。
「いや! いやいやいや!! 殿下!! いつまで執務室にいるつもりですか!!」
さすがのディベルゼも深夜まで動かないシェスレイトに突っ込んだ。ギルアディスはひたすら苦笑している。
シェスレイトはハッと顔を上げ、いつの間にやら夜が更けていたことに気付いた。
「どうなさるんですか!? いい加減、我々も休みたいのですが!!」
「どうもこうも……」
「どうもこうもじゃないでしょう!! そんなに気になるなら明日一緒に行けば良いでしょう!!」
ディベルゼはいつになく苛立ちを交えてシェスレイトを叱責した。
「いつまでもウジウジ悩むなんて情けない!! いい加減にしてください!!」
最後は溜め息交じりだ。
「まあまあ、殿下もまだ自分の感情を理解しきれていないのだから仕方ないだろう」
ギルアディスがディベルゼを宥めた。
ディベルゼもシェスレイトが何もかも初めての感情で戸惑っているのは理解していた。しかしながら、あまりに行動を起こすのが遅いシェスレイトに苛立つのだった。
普段の冷徹王子と呼ばれるシェスレイトは、判断も早く冷静沈着であるがゆえになおさらその差が激し過ぎて、ディベルゼは頭を抱えるのだ。
「女性に対しては子供並みですね」
ディベルゼだからこそ許される暴言にもシェスレイトは怒りはしても反論出来ない。
「どうしろと言うんだ! いきなり私が明日現れてもおかしいだろう!」
「そんなことどうにでもなりますよ」
ディベルゼは呆れた。女性に対してだけはシェスレイトの頭の回転の悪いことよ。
ディベルゼは溜め息を吐き、
「今度国営病院を進めるための視察に行く予定だったではないですか。リディア様にも関係のあることですし。それを理由にしたらどうです?」
「国営病院の視察に行くのを理由に、明日一緒に行くのか?」
「えぇ」
シェスレイトからしたら不本意なことなのだろう。視察は公務だ。それを女性に会う理由にして良いものか、清廉潔白なシェスレイトには抵抗があった。
「殿下、悠長なことをしているとリディア様のお心が離れるかもしれませんよ?」
ただでさえ今なおリディアとシェスレイトはぎこちない。リディアがこれ以上他の者と親しくなると、さらに気持ちは離れ、お互い望まぬ結婚となるだろう。
最初から望まぬ婚約だったかもしれないが、シェスレイトは明らかにリディアを意識し始めている。
一度意識し始めたものが壊れると、シェスレイトはどうなることか。ディベルゼはそれが怖かった。
ディベルゼにとってシェスレイトは自分が仕えるにあたって最高の人物だと認識していた。
清廉潔白な王子、それを支えるために自分は後ろ暗いことでもやってのける。最高の王までのし上げる。
そのための結婚ならば誰でも同じではあったが、シェスレイトはリディアに好意らしきものを持ち始めた。ならば、シェスレイトの望む形にしてやりたい。
ディベルゼはその一心だった。
ただシェスレイトの女性への態度が子供並みだったことだけが唯一の誤算だった。
シェスレイトはリディアがラニールと外出すると聞いて、心がざわめいた。それは自分でも分かっていた。しかしどうしたら良いのか分からなかった。
気になる、しかし、一緒には行けない、しかし気になる……、そこを行ったり来たりで結論が出ず、深夜まで……。
ディベルゼに一緒に行けば良いと言われても、まだ躊躇してしまう。
本当に行って良いのか? 公務をそんなことに利用して良いのか? 行って迷惑がられたらどうする?
ディベルゼの「リディアの心が離れる」という言葉にようやく決心が付いた。
このまま行かずにやり過ごし、ずっともやもやとするくらいならば、行くしかない、と、覚悟を決めた。
「では、明日国営病院の視察も兼ねて行こうと思う」
シェスレイトはディベルゼとギルアディスを見て言った。
二人はやっと決めたか、という安堵と呆れとで複雑な表情だった。
「では、明日は平民服でご用意くださいね。今日の深夜までの仕事のおかげで明日午前中はお休み出来ますので、昼過ぎにお迎えに上がります」
「分かった」
ようやく一日を終えた三人は各々自室で明日に備えるのだった。
翌日、昼過ぎにシェスレイトの私室にディベルゼとギルアディスが迎えに来た。
「平民服、お似合いですよ」
ディベルゼはニコリと笑うが、シェスレイトにはその笑顔がうわべだけだということは分かっていた。
「行こう」
シェスレイトはディベルゼとギルアディスを連れ、白の門へ向かった。何故青の門ではなく、白の門なのか、それはディベルゼの勘だった。
「恐らくリディア様は馬車では外出されないでしょう。ならば歩き、もしくは馬。平民服でしかも歩きとなると、恐らく青の門は使いません」
「リディアは歩きで街まで行くのか!?」
シェスレイトには信じられなかった。歩きで街まで行くなんて。
「殿下、リディア様は普通の貴族令嬢とはかなり違います。ご自分の常識は一度お忘れになられたほうが良いですよ?」
ディベルゼは真っ正直にリディアは普通じゃないと言い切った。
ギルアディスは苦笑し、それを補うように言う。
「リディア様も街に行かれるために平民服でしょうし、馬車で行くと目立ちますからね」
だから歩きだろう、と、ギルアディスも徒歩説を述べる。
リディアと親しいギルアディスが言うならば、恐らくそうなのだろう、と、徒歩を覚悟しながら白の門へ向かった。
白の門へと着いたが、リディアたちはまだいなかった。
門兵が驚き背筋を伸ばす。
「シェスレイト殿下! 外出ですか!?」
「あぁ」
「??」
外出すると言ったシェスレイトが一向に出ていかない、馬車も来ない、門兵は訳が分からない、と言った顔だ。
「ハハハ、すいません、少し待たせてもらいますね」
ディベルゼは門兵に向かって言った。門兵が不審に思わないようにディベルゼは門兵と世間話をする。ギルアディスも参加し、意外にも話は盛り上がる。
話が盛り上がりすっかり本来の目的を忘れそうになっていた時、背後から声が聞こえた。
「シェスレイト殿下、ごきげんよう。こんなところでどうされたのですか?」
リディアだった。
リディアはルシエスと腕を組み現れた。
ディベルゼはその姿にギョッとし、シェスレイトを気にした。
ディベルゼの心配通り、シェスレイトは酷い目付きだ。
シェスレイトは自分の婚約者が自分の弟と腕を組み現れたことが気に入らなかった。
私とはそんな親しげにしないくせに! と怒りがこみ上げた。
そんなシェスレイトを落ち着かせるためにもディベルゼが話しかけるが、シェスレイトはルシエスを責める。
シェスレイトは普段自分を避けるように過ごすくせに、リディアとは親しげにするのか! 何故お前が一緒にいる、とルシエスを睨む。
ルシエスのことは今まで避けられようとも、弟として情を失くすことはなかった。
だが、最近のルシエスはリディアと愛称で呼び合い、こうして一緒に外出するほど親しくなっている。弟としてよりも一人の男として嫉妬を覚えた。
誰かに嫉妬する、ということもシェスレイトには初めての感情で、なおさらルシエスが憎く思えてしまい戸惑った。
ルシエスは答えない。
リディアがそれを助けるように答えた。さらにシェスレイトたちの行き先も聞かれ焦った。
昨日ディベルゼと話した視察だ! シェスレイトは必死に言葉を絞り出し答えた。
公務だと思ったリディアはルシエスの腕を引き、そのまま去ろうとした。シェスレイトは咄嗟に言葉が出ない。
見かねたディベルゼが一緒に行こうと声をかけ、驚くリディアを躱し、同行する許可を得た。
そして案の定、リディアは徒歩を提案してきた。
やはり、とディベルゼはリディアの言葉を華麗に躱し、シェスレイトはディベルゼの勘に感心したのだった。




