第二十六話 波乱の市場調査!? その三
その後もルーに案内してもらいながら、あちこちの店を回ったが、やはりどこの店も甘さを感じるお菓子はなかった。
「しかし甘さを足せば美味いものが出来そうな素材は色々あったな」
「そうですね! とりあえずどんなお菓子でいくか、ですかね」
「そうだな」
ラニールさんは考え込んだ。今日食べたお菓子を思い出しているのだろう。
「薬物研究所で、お菓子に使えそうなハーブや野菜・果物を選出してもらってるんです。それらと組み合わせて合うお菓子を作れたら良いんですけどね。後は材料確保の方法と、製作と販売のための場所と人材確保かな……。資金的には私の貯蓄しかないのであまり初期投資は出来ないので、どこかのお店で間借りさせてもらうとか、商品を委託するとか、ですかね……」
ひとしきり考えながら喋っていると、ふと周りの皆の視線に気付いた。
「お前って……」
「え?」
ラニールさんが驚いた顔をしている。え、何かまずいこと言った!?
「リディ、お前、貴族の令嬢とは思えないな!」
ルーが盛大に笑った。
あ、まずい、そっか、普通貴族令嬢が商売についてなんか知らないよね……。カナデも別に商売が詳しい訳ではないが、恐らくリディアよりは知っていることもあるだろう。
そのせいで貴族令嬢らしからぬことになってしまった。
ルーの爆笑のおかげで紛れたけど、危ない危ない、気を付けないとな。
とりあえず笑って誤魔化してしまえ!
「アハハ、ルー、失礼ね!」
「さすがだな!」
「どういう意味よ!」
ルーのおかげで漫才みたいになってしまった。
有難いようなそうでもないような……。
「えっと、後はまたお菓子が完成してから、他の諸々を進めていこうかと思います」
「あぁ、そうだな。まずはお菓子作りからだな」
良かった、皆の意識が逸れたわね!
ディベルゼさんだけは何だかまだこっちを見ている気がするけど……、ここは何事もなかった顔よ!
「今日の予定はこれで終わりですか?」
ディベルゼさんは不審な顔付きから、ニコリとし聞いて来た。この顔が何だか胡散臭いんだよね……。ディベルゼさんは本心が全く見えないから、何を考えているのか分からない分、何だか少し怖い……。
「え、えぇ」
そう思っていることすら、見透かされていそうな目で目を合わされ、ニコリとされる。
「では、我々のほうにも付き合ってもらっても良いですか?」
「え?」
我々のほうって……。
「ご公務なのでは?」
「えぇ」
ニコリと笑ったままのディベルゼさん。チラッとシェスレイト殿下を見ても、横を向いたまま何ともよく分からない態度のまま。
「私たちが付いて行っても大丈夫なんですか?」
「えぇ」
これは絶対付いて来い、という有無を言わさない圧を感じる……。えぇ……、何か嫌だなぁ……。
ラニールさんやルーとも目が合うが、二人とも恐らく同じ圧を感じたんだろうなぁ。二人とも苦笑している。
はぁぁ、仕方ないかぁ……、どのみち断れるはずもなく……。
「分かりました、お供致します」
シェスレイト殿下の目の前で大きな溜め息を吐きそうになり、慌てて息を止めた。
仕方なく再び八人全員で移動を始めた。
「あの、どちらに?」
「行けば分かりますよ」
いくら聞いてもどこへ行くのか教えてくれない。シェスレイト殿下は黙ったままだし、ギル兄はずっと苦笑して、申し訳ない! といった顔だし、ディベルゼさんは胡散臭い笑顔のままだし……。
何なのよ!!
しばらく歩くと街の中心部からは少し離れた、静かな場所に来た。
住宅が多いのか、店らしきものは全くない。
この街の住宅はほぼ二階建てのようだ。建ち並ぶ建物は見る限り全て二階建てだった。
一階部分に出入口があり、二階には小窓がたくさん見える。同じ造りの住宅がずらりと並んでいた。
そんな住宅が並ぶ中、一際大きな建物が見えた。
住宅の一番奥に教会? と思わせるような大きな建物。
三階建てだろうか、周りの住宅より高さがある。横幅も何軒かの住宅分はありそうな長さだ。
シェスレイト殿下はその建物に向かっているようだ。
何なのだろう。
その建物出入口に着くと、大きな扉の鍵らしきものを取り出し開けた。
シェスレイト殿下所有なのかしら? 本当に一体何なの!?
ルーを見ても、俺も分からない、と言った顔だし。
扉を開け、シェスレイト殿下は中へと入った。
それに続き、全員中へと入る。
建物の中には何もなかった。
入るとすぐにエントランスがあり、上への階段は見えるが、それ以上には特に目立ったものはなかった。
「ここは?」
何の場所なのか、全く分からなかった。
シェスレイト殿下は周りを見回し階段の上を見上げた。
「ここはこれから国営の病院になる」
「え!?」
国営の病院!? これから?
今、これから国営の病院になるって言った?
え? 何? どういうこと?
ちょっとしたパニックに陥った。
「どういうことですか!? 国営の病院!? ここが!? 創るのですか!?」
「あぁ」
シェスレイト殿下は階段から射し込む光を背中から浴び、美しい銀髪が煌めく。顔は陰になり表情は分からなかったが、少し微笑んでいたように見えた。
そう思いたかっただけで、近付いて来たシェスレイト殿下の表情は無表情だったんだけどね……。
「国営病院……、実現するんですか?」
あれば良いのに、とは思っていた。しかし無理だろうと思っていたのも事実で、実現するなんてことは全く頭になかった。
「シェスレイト殿下のお考えですか?」
「いや、君だ」
「え?」
「君の発言がなければ、こんなことは誰も考えなかった」
珍しくシェスレイト殿下が真っ直ぐに見据えて来た。
教師と何気なく話していたあれ? あんな他愛もない話で?
「君の発言でここが国営病院になる」
シェスレイト殿下は私の左手を取り、親指ですりっと私の指を撫でた。
その仕草にドキッとし、いつになくシェスレイト殿下の視線が真っ直ぐに向けられ恥ずかしくなった。
何だか落ち着かない気分になり、顔がほんのり火照り出すのを感じた。
ダ、ダメだ! 何だか今のシェスレイト殿下、やたら色気を醸し出している! このままだと危ない気がする!
焦ったが、気付かれないように、不自然でないように、そっとシェスレイト殿下の手から逃れた。
落ち着け! 息を整えて! 気付かれないよう深呼吸をし、改めて笑顔を作った。
「私の他愛もない発言で、このような素晴らしい病院を創っていただけるなんて、信じられません! ありがとうございます、シェスレイト殿下!」
笑顔は作ったけど、思ったことは本当。本当にシェスレイト殿下に感謝したい気持ちだった。
しかし何故かシェスレイト殿下は不機嫌そうな顔になってしまった。
何か間違えたかな……。やはりシェスレイト殿下のことはまだ良く分からない……。
「殿下は今日ここをリディア様に見せたかったのですよ」
ディベルゼさんがシェスレイト殿下の代弁をするように言った。
シェスレイト殿下はふん! と言った顔で横を向いてしまった。
さっきまでせっかく目を合わせてくれるようになったのに、私がそれを逸らしてしまった。しかも取り繕った笑顔で……。失敗したなぁ、とさすがに落ち込む。
「ありがとうございます、シェスレイト殿下」
もうこちらを見てくれないだろうな、と思うと、少し寂しい気分になった。いや、自分が悪いんだし!
落ち込む私の姿に気遣ってくれたのか、ラニールさんが頭を撫でた。
ルーも背中をポンと叩く。
マニカとオルガも横で心配してくれている。
皆、ありがとうね。
してしまったことを後悔しているばかりじゃ、何も変わらないしね!
シェスレイト殿下の前に行き、両手をギュッと掴んだ。
「ありがとうございます! こちらまで連れて来ていただいて、私、とても嬉しいです! ぜひとも国営病院、開院まで頑張ってくださいませ!!」
不機嫌そうな顔だったシェスレイト殿下は驚いた表情になり目を見開いた。
綺麗な瑠璃色の瞳。
「あ、あぁ」
シェスレイト殿下は顔を赤らめた。
良かった、いつものシェスレイト殿下だ!
いや、赤らめた顔を、いつもの、って、ちょっとそれもどうよ、怒られそうな気がする……。
他の皆が周りを興味深く見回し出し、私も、と、シェスレイト殿下の手を離し、周りを見回した。
ひとしきり病院内を皆で見て周り、ここにはこういうものを、この部屋にはこれを、といったディベルゼさんの口上を聞いて回り、想像を膨らませ病院内の散策を終えたのだった。
初めての街ぶらり旅は思いの外、色んな意味で様々な収穫のある、大所帯珍道中で何だかんだととっても楽しかった!




