第二十四話 波乱の市場調査!? その一
翌朝、いつもよりもウキウキしながら講義を受けた。今日は他国についてだった。
友好国との関係、王族について、その国の情勢など……、今後公務をすることになるので大事なことだ、と、教師が熱心に語っていたが、午後からのことが楽しみ過ぎて中々集中出来ない。
頑張って集中しようとするが、やはりそわそわ。教師に申し訳なくなる。
何だかんだと三時間も講義を受ければ十分だろう。終わるとぐったりした。
急いで部屋に戻り、昼食と着替えを!
「マニカ! 下町ワンピースを!」
扉を開け、部屋に入ると同時にマニカに叫んだ。
「お嬢様、そんなに慌てなくても大丈夫です。ゆっくりと昼食をお召し上がりください」
「あぁ、ごめん、楽しみ過ぎて」
えへっ、と笑って見せた。
マニカは苦笑しながら溜め息を吐く。
昼食を終えると下町娘風ワンピースに着替える。以前ディベルゼさんに見付かったやつね。あの時のワンピースとはまた少し違うけど、雰囲気はあの時と同じ。
髪も歩き回るのに邪魔にならないよう、後ろに纏め、少しだけ華やかに大きな花飾りで髪を飾る。
「お嬢、可愛いよ!」
「ありがとう、オルガはそういう服装久しぶりだね」
マニカやオルガも仕事着から平服に着替える。
オルガは王宮に来てからはずっと執事服のような黒い燕尾服を着ていた。
私が知っている燕尾服とはまた少し違うが。
堅苦しい格好から普段の服に戻り、オルガは気分が良さそうだ。
「やっぱりこっちのほうが落ち着くよ」
オルガは苦笑しながら言った。
「フフ、私はそっちの格好のほうが好きなんだけどね。さすがに王宮では無理だから……、ごめんね」
「お嬢のせいじゃないんだから謝らないでよ!」
お互い笑い合っていると扉の叩く音がした。
マニカが扉を開け確認すると、その人物を部屋へと促した。
「ルー!! わざわざ迎えに来てくれたの?」
「あぁ」
ルーがニッと笑いながら入って来た。
今日はルーも平民服だ。しかし平民には見えないな。
「その服も似合うけど、平民には見えないね」
笑いながら言った。
「リディもな!」
ルーは私の服を見ながら言う。
「そうかな、私はしっかり下町娘でしょ」
「どこがだよ」
平然と言ったら思い切り笑いながら否定されたし。
どこをどう見ても下町娘だと思うんだけどな……。
まあ良いか。それよりも!
「ルーと平民争いしても仕方ないし、行こう!」
ルーは笑いながら扉を開けてエスコートしてくれた。
控えの間まで平民姿の四人が歩く。何と違和感のあることか、とルーと二人で苦笑した。
「この姿で王宮を歩くとはな」
「シェスレイト殿下に見付かったら、めちゃくちゃ怒られそうだね」
「あぁ、確かに」
ルーは声を上げて笑ったが、まずい、と思ったのか、急に口をつぐんで辺りを見回した。
「何か話をしてたら本当に兄上が出てきそうだな」
「ちょっとやめてよ!」
ハハ、とルーは笑った。
そうこうしてると控えの間に着き、出入口の辺りでラニールさんが立っていた。
「ラニールさん! お待たせしました!」
「あぁ」
ラニールさんもいつものコック姿ではなく、平服を着ていたため、普段とはかなり印象が違った。
着ているのは平服なのだろうが、何だろうオシャレな雰囲気だ。
しかもラニールさんはかなり背が高くスラッとしているため、普通の男性の中でもかなり格好いい方だろう。
いつもと違うラニールさんに少しだけドキッとしたのは内緒だ。
「ラニールさん、オシャレですね! 格好いい!」
「はぁ!?」
ラニールさんはまたしても真っ赤になりたじろいだ。本当にこの人ウブよね。最初目付きの怖い人だったのが嘘のようだ。
今は可愛い人としか思えない。
ルーは横で声を殺して笑ってるし。バレバレだよ。
「さて! じゃあ街まで出発!」
意気揚々と門まで歩き出した。
歩いている途中で、街まで馬車ではなく歩きで行くことをラニールさんとルーに伝えたら、物凄い驚かれた。
うーん、何かいつも驚かれてる気がするな……。
王城を囲む高い塀。見上げる程に高い威圧感のある塀。城を護るためには必要なのだろうが、とても重苦しい雰囲気がした。
王城には二つの大きな門がある。
一つは城正面にある正門「青の門」、もう一つは城の裏口に当たる裏門「白の門」がある。
名前の由来は何か勉強したなぁ。何だったかな。確か「青の門」は王家独特の瞳、瑠璃色の瞳から青が国の色に使われているから。それに合わせて白も国の色に使われているから、とか何とか。
今回使うのは「白の門」。
何故か? それは平民姿で正門は通れないと思うから!
普通に考えて正門からは中々歩きで気軽に出入りは出来ないだろう。
正門は王城の顔だから。
白の門にまで来ると、当たり前だけど門には門兵が……。いや、何だか嫌な予感が……。門兵以外にも誰かいる。
我々と同様に平民姿だが、明らかに違和感が……。
煌びやかな銀髪に、とても平民とは思えない雰囲気を醸し出した後ろ姿……。
他にも見覚えのある後ろ姿が二人……。
な、何でこんなところに……。
「お、おい、あれって……」
ラニールさんが険しい顔で聞いてきた。ルーも固まっている。
あぁ、気のせいだと思いたかった。
「お、俺、用事思い出したから……」
ルーが踵を返そうとするので、その腕を掴み逃がさない。自分だけ逃げるなんてズルい!
「逃げちゃダメ!!」
小声でルーに言った。腕を組む形になり嫌がるルーを引き摺りながら進む。ラニールさんは溜め息を吐きながら、マニカやオルガも苦笑しながらそれに続く。
「シェスレイト殿下、ごきげんよう。こんなところでどうされたのですか?」
必死に笑顔を取り繕い、精一杯の微笑みで聞いた。
案の定、振り向いたシェスレイト殿下に思い切り睨まれた。
「おや、皆さんお揃いで。ルシエス殿下まで! どうされたのですか?」
シェスレイト殿下より先にディベルゼさんが笑顔で言った。ギル兄が横で苦笑している。
これは……、最初から知ってたな。
「ルシエス、お前が何故いる?」
シェスレイト殿下はルーを睨んだ。
「え、あ、兄上、いや、その……」
ルーはパニック状態だ。お兄さん大好きっ子だけど、予期せぬ時には弱いのね。
「今日はみんなで街へ行くのです! 殿下はどちらへ?」
ルーが気の毒になり、口を挟んだ。まずかったかな、と思うが、どうにもこの空気が耐えられない。
「私は……、私も街だ!」
「殿下が街へ? 何をしにいらっしゃるのですか?」
あ、しまった。聞かなくても良いことを! そのまま聞かずにこの場から離れたら良かったものを!
しまった、という顔に気付いたのか、ラニールさんが苦笑している。
「私は……、視察だ!」
「視察?」
視察……、ご公務ね? なら私たちとは関係ないのよね?
「ご公務ですね! それはお疲れ様でございます! それでは私たちはこれで失礼いたしますね……」
さらっとやり過ごす! このままささっと去るわよ、皆!!
ルーの腕を掴んだままだったので、そのまま引っ張りシェスレイト殿下の横を通り過ぎようとすると、ディベルゼさんが言った。
「私たちもご一緒しますよ!」
「えっ!?」
振り向き思い切り素で聞き返してしまった。
「な、何故ですか?」
顔が引きつる!!
シェスレイト殿下は顔を背けているが、何故かディベルゼさんはニコニコだ。ギル兄はずっと苦笑してるし。
「まあまあ良いじゃないですか。こちらも街へ行くのですから、一緒に行きましょう」
うぇぇ、まずい、顔に出る! 慌てて、掴んでいるルーの腕に顔を伏せた。
掴む手に力が入る。
「お、おい」
ルーが耳打ちした。
「ど、どうするんだ!?」
「仕方ないじゃない、断る理由がない」
武道ばりの精神統一。深い長い深呼吸をし、顔を上げる。そこには鉄壁の笑顔!
「では、皆さんご一緒に街まで行きましょうか」
振り向き鉄壁の笑顔で言い切った。ラニールさんが嫌そうな顔をしてるわ。ごめんなさい、一番気を遣うよね。
「歩いて行きますがよろしいですか?」
歩きよ? 歩き! 第一王子様が歩きなんてとんでもないでしょ?
「歩きですか! いつもとは違った景色が見れそうですね!」
「くっ」
思わず舌打ちしそうになってしまった。
ディベルゼさんはニコニコだな。シェスレイト殿下は何を考えているんだか……。
深い溜め息を吐き、
「では、行きましょう」
私、ルー、ラニールさん、オルガとマニカ、それに、シェスレイト殿下、ディベルゼさんとギル兄。
八人という大所帯で街まで行くはめになってしまった……。




