第二十話 冷徹王子の事情!? ②
再び時間は少し遡る。
リディアとのお茶会翌日になっても、シェスレイトは悩んでいた。これからどうやってリディアと関わって行けば良いのか。
逃げ出してしまった手前、どうにも顔を合わせ辛い。
中々の悩みっぷりにディベルゼは呆れていた。
「殿下、手が止まってますよ」
シェスレイトは指摘され、ハッとし再び書類に目をやった。
「情けないですねぇ。逃げ出してしまったことはもうどうしようもないでしょう。それよりもこれからですよ。時間を見付けて会いに行かれては?」
冷静に言われ、シェスレイトはカチンときたようだ。
「そんなことは分かっている。分かっているが……」
分かっていても会えばまた緊張で睨み付けてしまいそうだ。そして不快にさせる。自分がこんなにも情けない人間だったとは。シェスレイトは自分自身にショックを受けた。
冷徹だと周りからは恐怖の対象であるシェスレイトが女性に対して、これほど奥手とは……、ディベルゼは面白がっている場合ではないな、と、頭を抱えた。
昼食を終えたとき、ギルアディスが少し場を離れる旨を伝えた。
「何だ? どこかへ行くのか?」
普段はギルアディスが場を離れようとも、さほど気にしたことがないシェスレイトが、何故か今日に限ってギルアディスの行動が気になった。
「えっ! いえ、あの、騎士団の控えの間へ行くだけですが……」
「何をしに?」
「えっ! いや、あの……」
シェスレイトがやたらとしつこく聞いてくるため、ギルアディスはしどろもどろになった。
シェスレイトはギロッとギルアディスを睨み、ギルアディスは諦め、控えの間に向かう理由を話した。
「リディア様が今日控えの間の厨房で何かをする、とおっしゃっていたので……」
「厨房で?」
「えぇ、何をするのかは聞いていないのですが」
シェスレイトは考え込んだ。考え込んだが厨房で何をするか等は思い付きもしない。
「気になるなら、殿下も一緒に行かれては?」
やれやれ、とディベルゼは促した。ギルアディスは苦笑する。
結局三人連れ立って控えの間まで行くことに。
「リディア様は何をなさるおつもりなんですかねぇ。面白いお方ですねぇ」
ディベルゼはリディアが今度は何をしでかしてくれるのかとワクワクしていた。それをギルアディスは苦笑しているが、シェスレイトは控えの間が近付くにつれ緊張が増していた。
行くことにしてしまったが、何を話したら良いのか、何故突然やって来たのか、上手く話せる自信がなかった。シェスレイトの表情はどんどん固くなる。
「殿下、今から顔が怖くなってますよ?」
リディアに指摘された、「顔が怖い」をディベルゼはわざと使った。
「分かっている!!」
分かっていてもどうしようも出来ないのだ。
控えの間に入るとやたらと賑わっており、甘い香りが漂っていた。
そして遠目に人垣の中心にいるリディアが目に入る。
周りの騎士たちとにこやかに話していた。
その時リディアがラニールに近付いたかと思うと、ラニールがリディアの肩に触れた。
「!!」
シェスレイトは駆け出した。
「殿下!?」
シェスレイトはディベルゼの声にも気付かず、咄嗟に二人に向かって駆け寄っていた。そしてリディアの背後から両腕を掴み引き寄せ、リディアの肩に置かれたラニールの手を払い除けた。
ラニールは驚きの表情と共に頭を下げ、リディアは背後に振り向き同様に驚きの表情になった。
シェスレイトはガッチリとリディアを抱き締めて離さない。
置いていかれた状態になったディベルゼとギルアディスは苦笑しながら後に続いた。
「あれではまるで「私のものに手を出すな!」と言っているようなものですよねぇ」
「ハハハ……」
ディベルゼが呆れながら小声で言うと、ギルアディスは苦笑した。
シェスレイトはリディアを抱き締めながら、何故こんな行動に出たのか自分で分からず混乱していた。
ただラニールがリディアに触れたのが気に入らなかった。それだけだった。
その理由がシェスレイトにはまだ分からない。
振り向き見上げるリディアの顔が美しく見惚れた。
リディアに何故ここにいるのかと問われ、自分でも何故なのか分からないことは答えられない、と、シェスレイトは自分に苛立ち、また睨んでしまった。
少し恥じらいながら何かを言おうとしてるリディアが愛らしく見え、声に聞き入っていると、離して欲しい、というリディアの言葉にシェスレイトは自分がしている今の状況を急速に理解した。
シェスレイトは驚き、抱き締めていた手を慌てて離した。
リディアはギルアディスに何やら耳打ちをしている。
シェスレイトは抱き締めていた手を眺め、自分の行動原理を考えた。
何故あんな行動をしたのか。自分は何を思ったのか。
分からない自分に苛立ちを感じていると、リディアは突然「顔が怖い!」と言い、近くにあったクッキーを手に取りシェスレイトの口に押し込んだ。
シェスレイトは何が起こったのか分からず呆然とした。パニックになると悪い癖でやはりリディアを睨んでしまう。
ディベルゼとギルアディスはその姿を見ると呆然とし、ディベルゼは吹き出しそうになった。
「いやぁ、リディア様は本当に凄い方だ」
笑いを堪えながら呟いた。
リディアはさらに人差し指でクッキーを口に押し込み、頬に触れた。
シェスレイトは今までにない程の心臓の高鳴りを感じ、自分でも赤面しているのが分かる程、顔が火照った。
咄嗟にリディアの手を払い除け、横を向き息を整える。
口に入れられたクッキーを仕方なく飲み込むと、今まで食べたことのない香りのするクッキーだった。
シェスレイトは思わず美味いと口にした。
それをリディアに聞かれたかと思うと、恥ずかしさが頂点に達し、逃げた。
「殿下!?」
ディベルゼはまたか、と溜め息を吐きシェスレイトを追いかけた。
「殿下……、いい加減にしてくださいよ」
早足で歩くシェスレイトの背後を付いて歩きながらディベルゼはくどくどと説教を始める。
「いきなり抱き締めに行ったかと思ったら、睨み付けて、挙げ句はクッキーを食べさせてもらったのを恥ずかしがって逃げ出すとか」
「うるさい!!」
やれやれ、とディベルゼは呆れる。
「冷徹王子の名が廃りますよ?」
ディベルゼは皮肉を言うが、そもそも冷徹王子とはシェスレイト本人が言い出した訳ではない。だから本人からしたら不本意な通り名だ。
ギルアディスも後から慌てて駆け寄って来たが、ディベルゼに説教されているシェスレイトを見ていると居たたまれなかった。
「リディア様にまたクッキーを作ったら差し入れてください、って言っておきましたから!」
助け船のつもりでギルアディスは言ったが、ディベルゼは笑い出し、シェスレイトはそんなディベルゼを睨んだ。




