第 十八話 執務室で!? その一
朝はいつものように講座を受ける。今日はマナー講座だった。
マナーはリディアにしてみれば完璧なのだが、今行われているのは王妃教育。いずれは王に継ぐ地位になる立場としての講座だった。
これがまた厳しい教師で精神的な疲労が……。
朝の講座を受けている間に、オルガに今日のシェスレイト殿下の予定を確認しに行ってもらった。
忙しい時間に伺って、また激怒されても嫌だしね……。
講座を終え、部屋に戻るとオルガもすでに戻っていた。
「お帰り、お嬢!」
「オルガ、ただいま。どうだった?」
「えっとねぇ、シェスレイト殿下の今日のご予定は、午前中は魔獣研究所を訪問されているそうで、午後からは執務室らしいよ。ディベルゼさんに訪問の意思を告げといたよ」
「ありがとう」
午後から執務室ね。よし、それなら昼過ぎにクッキーを焼いて届ける!
気合いを入れないと足が向かない。
お昼をいただいた後、再びラニールさんの元へ。
もう慣れたもので、騎士団の控えの間に入っても、騎士たちは普通に出迎えてくれる。
「リディア様! 待ってましたよ! ラニールさんがお待ちです」
何やら意味深な笑顔を向けられたが、気付かなかったことにしよう。
「ラニールさん、こんにちは」
「あぁ、リディアか、来たか」
ラニールさんの後ろで料理人たちも何だかニヤニヤしてるし……。
「また厨房をお借りしますね」
「あぁ、それなんだが、コランクッキーを少し改良してみた。食べてみてくれ」
「もう試してみてくれたんですか!? ありがとうございます!」
ラニールさんが差し出したお皿に乗ったクッキーを一口食べると、昨日焼いたクッキーよりもさらに甘さと香りが際立っていた。
「凄い!! これどうやって作ったんですか!?」
また前のめりになりそうなのを堪えた。私、頑張った!
「コランを煮出すのではなく、一晩水出ししてみた」
「水出し!! なるほど、それで苦味もなくなって素直に甘さと香りが出たんですね!」
「あぁ、中々に成功だろ?」
ラニールさんがニッと笑った。
「ありがとうございます!!」
ラニールさんに向かって両手を高く上げた。
「?? 何だ??」
「ハイタッチですよ!! 喜びの分かち合い!!」
「えっ」
ラニールさんは戸惑っていたが、無理矢理手を取りタッチした。
さすがラニールさんの手は大きいな、包丁の癖だろうか固くなっているところもあるなぁ、と無意識に手をさわさわしていたらしく、またしてもラニールさんは真っ赤になってしまった。
「だから!! お前は距離感がおかしい!!」
目茶苦茶怒られた。
「ごめんなさい、でももう慣れてくださいよ。これが私です!」
「開き直るな!!」
開き直ってしまった。すると後ろから吹き出す声が多数……。
「ラニールの負けだな!!」
キース団長や騎士たちが大笑いしていた。
「諦めろ、リディア様にお前は勝てないよ」
キース団長は笑いながら言った。
勝てないって……、何だか語弊があるような……、何だかなぁ。まあいいか。
「このラニールさんが焼いたクッキーを差し入れに……」
「いや!! それはダメだろ!!」
ラニールさんだけではなく、全員に突っ込まれた。やっぱりダメよね。うん、分かってた。
「ハハ、冗談ですよ。ちゃんと自分で作ります」
溜め息を吐きながら言うと、ラニールさんも皆も苦笑していた。
ラニールさんが作ったコランの水出しを利用させてもらい、改めてクッキーを作った。
焼き直したクッキーを一枚味見し、先程のラニールさんのクッキーと同じでとても美味しかった。
それを何個かに小分けして、さて、いざ! 執務室へ!
「いってきます!!」
思い切り気合いを入れないと行く気になれず、思っていた以上に大きな声になった。
その場にいた全員が笑い応援してくれた。
ラニールさんは、頭に手を置きガシガシと撫でた。
「ラニールさん! ちょっと!」
髪の毛がぐしゃぐしゃになる~。
「ハハ、まあ頑張って来い」
「もう! ……、フフ、アハハ、頑張ります」
何だか可笑しくなって、釣られて笑った。おかげで少し緊張が解れたかも。
クッキーを籠に入れマニカが持ってくれ、余分に作った分もオルガが持つ。
余分な分は後で魔獣研究所にも差し入れしようと企み中。
正確なシェスレイト殿下の執務室の場所が分からなかったため、オルガに先導してもらい歩いた。
控えの間からシェスレイト殿下の執務室はだいぶと離れている。
かなり歩いている内に、途中でルーに会った。
「あれ? お前、こんなところで何してんだ?」
「ルーこそ、何を? 私は今からシェスレイト殿下に差し入れを」
「兄上に?」
「えぇ、このクッキーを。あ、そうだ、ルーも試食してみて!」
オルガの持つ籠から一包み取り出し、ルーに渡した。
「クッキー?」
「私が作ったコランのクッキーなの。良かったら味見してみて、また感想を教えてね」
「え、あ、あぁ」
ルーはキョトンとしていたが、そのまま執務室へ向かった。
しばらく歩くとオルガが一つの扉を指差した。
「お嬢、あそこだよ」
長い廊下の一番奥にその部屋はあった。
他の部屋と同じなのだろうが、その扉だけ重苦しく感じた。
「リディ!」
扉の前にはギル兄がいた。
「差し入れか?」
ギル兄は嬉しそうに聞いて来た。
「うん、シェスレイト殿下いる?」
「あぁ」
ギル兄は扉を叩いた。中からはディベルゼさんの声がして、扉が開かれた。
「あぁ、これはリディア様、お待ちしておりました」
お待ちしておりました? そんなに待ってたのかしら。
どうぞ、と促され、中へと進む。
入ると正面一番奥に大きな机。そこにシェスレイト殿下は座っていた。
手前には応接の椅子だろうか、長椅子がテーブルを挟み、向かい合って置かれていた。
シェスレイト殿下は私が入って来たことに気付いておらず、ひたすら書類に目を通していた。
凄い山積みの書類……、大変そうだな……。
声を掛けることが憚られた。
「殿下!」
見かねたディベルゼさんがシェスレイト殿下に声を掛けた。
シェスレイト殿下は邪魔をするな、とばかりに不機嫌そうに顔を上げた。
「!?」
シェスレイト殿下は目を見開き驚愕の表情を浮かべる。え? 伝えたよね? オルガを見た。
オルガは顔を勢い良く縦に振る。自分は伝えた、という意思表示だろう。
「なぜリディアがここにいる」
思い切り睨まれた。
「ディベルゼさんに今日訪問させていただくことをお伝えしました」
今日は睨まれても狼狽えない! 気合いを入れて来たんだから!
シェスレイト殿下はディベルゼさんを睨んだ。しかしディベルゼさんは睨まれても飄々としている。
「サプライズですよ。知らないほうが嬉しさが増すかと思いまして」
「お前!!」
ディベルゼさん……、それは私が困ります……。嬉しいはずがない上に、物凄く不機嫌になったじゃないですか。
溜め息しか出ないわ……。
「何の用だ?」
溜め息を吐いたシェスレイト殿下は仕方ないとばかりに、立ち上がり長椅子に促した。
「何の用……、えっと……、ひとまずこれまで数々のご無礼をお許しください」
長椅子から立ち上がりお辞儀をした。
背後に控えるディベルゼさんとギル兄はブッと吹き出した。
何で!? 何で笑ってるの!?
それに反応するようにシェスレイト殿下は二人を睨んだ。
二人は咳払いをし、真顔に戻る。
「何のことだ」
「え? 何のことと言われましても……」
そ、そうか、あんな数々の不名誉忘れたいよね! ごめんなさい、もう言いません。
シェスレイト殿下は顔を横に背けた。少し耳が赤いような?
「すいません、何でもありません。今日はクッキーを持って来たのです。召し上がりませんか?」
あ、昨日の口に突っ込まれたことを思い出してしまうかしら。
少し緊張しながらマニカにテーブルへ用意するよう促した。
「あぁ、昨日皆さんで試食されていたリディア様お手製のクッキーですよね! 実は私も気になっていたのです! 殿下がそそくさと出て行かれたので、私は食べる機会がなかったのですよ」
シェスレイト殿下に文句を言うようにディベルゼさんは言う。
「あれは!! 仕方ないだろう……」
反論をしようとしたシェスレイト殿下は最後は尻すぼみになった。
「私もいただいて良いですか!?」
「え、えぇ」
ディベルゼさんはお茶を用意してくれた。マニカも手伝い、テーブルにお茶が出された。
ディベルゼさんもシェスレイト殿下の隣に座り、一番にクッキーを口にした。
ディベルゼさん、凄いな……、シェスレイト殿下にそんな態度を取れるなんて。まあ私も人のことは言えないのだけど……。
「おぉ! とても美味しいですね! 殿下も召し上がられては? それともリディア様に食べさせてもらいたいのですか?」
「は!?」
「!?」
いやいや、何言ってるのよ!! ディベルゼさんは!!
もう昨日のことは忘れてよ!!




