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異世界で婚約者生活!冷徹王子の婚約者に入れ替わり人生をお願いされました【完結】  作者: きゆり
本編 リディア編

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第十六話 予期せぬ試食会!? その一

 シェスレイト殿下とのお茶会の翌日、午前中は久しぶりに何の予定もなく、ゆったりとした時間を過ごしていた。


「昨日のシェスレイト殿下はやっぱり怒って帰っちゃったんだろうねぇ」

「でしょうね」

「少しくらい否定してくれても……」


 最近マニカは容赦ないな、と少しムクれながらも、二人で笑う。


「やはり今度お会いしたら謝罪されたほうが良いのでは……」

「う、うん……」

「えー、お嬢は何も悪くないじゃない」


 オルガも話に加わったが、申し訳ないけど、オルガは私贔屓過ぎて、あまり参考にならない。

 マニカも私も苦笑した。


 今度シェスレイト殿下と会うのが怖いが、避ける訳にもいかないしね。



 昼食を取り終えると意気揚々と騎士団の控えの間に向かった。

 約束していた厨房を借りるために!


「こんにちは!」


 勢い良く控えの間に入ると、休憩中の騎士たちが全員驚きこちらを見た。


「リディア様!」


 皆が名を呼び近付いてくる。オルガは以前と違いなるべく側から離れないようにしてくれているが、屈強な男たちに囲まれ、たじろいでいる。

 何せオルガも背は低くはないのに、頭一つ分程騎士たちのほうが高い。


「リディア様、今日はこの前おっしゃっていたお菓子作りとやらですか!?」


 一人の騎士が勢い良く聞いてくる。


「えぇ、ラニールさんはいらっしゃいますか?」


 他の騎士がラニールさんを呼びに行ってくれた。

 先日お邪魔した厨房から出てきたラニールさんは、少し戸惑ったような顔だ。


「本当に来たんだな……」


 ラニールさんは頭をガシガシと掻きながら言った。


「えっ、すいません! ダメでしたか!?」


 しまった、社交辞令的なものだったのかしら。


「いや、そうではないが……、まさか本当にこんなところにまた来るとは思わなくてだな……」

「こんなところ?」

「あー、あんたみたいな貴族のお嬢様が来るようなところじゃないだろ……」

「そうですか?」


 リディアにしたらそうなのか。確かに貴族令嬢が来るところではないのかもなぁ。

 でも一般庶民のカナデの記憶があるからか、どこだろうが、誰だろうが、何をしようが、あまり何も気にならない。


「私は来たいところには行きますし、したいことはします! 私はこの厨房にまた来たかったんです。ラニールさんの作った料理もまた食べたいです! 本当に!」

「フッ、変わったお嬢様だな」


 ラニールさんはふんわりと笑った。優しい笑顔だった。鋭い目付きではない優しい目。

 もう全く怖くないな。


 そう思ってすぐに気付いた。これはもしや……、と周りをそーっと見てみると、やはり周りの騎士たちは生暖かい目で見ている。

 気付かなかったことにしよう……。


「それで、お菓子作りだったか?」

「えぇ。コランのハーブを使ってお菓子を作りたいんです」

「コランを使って?」

「えぇ」


 ラニールさんは訳が分からないと言った顔だ。

 そうだよね、この世界じゃハーブを料理やお菓子に使わないんだものね。


「厨房お借りして良いですか?」

「あ、あぁ」


 ラニールさんは戸惑いながら厨房を貸してくれた。


 他の料理人たちも気になるようで皆集まってくる。

 そんなに見られると緊張するな……。


 さて、とりあえず最初だしクッキーにしてみようかな。

 必要な材料を昨日の内にオルガに調達しといてもらったのよね。

 生地を作るんだけど、この世界では砂糖が中々にお高い。あまり量が取れないらしく、それ故にお高くなる。だから、一般庶民にお菓子は高級品なのだ。


 全くお菓子がない訳ではないが、庶民のお菓子は砂糖の代わりの甘味料を使いとても控え目な甘さのお菓子だ。まあ有り体に言うと甘味がない。

 昔一度だけオルガに頼んで、街でお菓子を買って来てもらったことがある。その時、普段自分たちの食べているお菓子とは全く違うものだと衝撃を受けたのだった。


 と言う訳で、今回砂糖は使わない! いや、少しは使うかな? でもだいぶと控え目に。砂糖の代わりにコランを入れてみるのよ! さあ、どんな感じなるかしら! 不安だから失敗したとき用に普通のも作ろう。


 砂糖はだいぶ控え目に入れ、代わりにコランを煮出したものを少しと、コランを細かく刻んだものを多目に生地に混ぜ込み、少し寝かせてから型を抜く。

 一応普通に砂糖を使った分も同じように作る。


 皆、興味津々で見詰めて来る。ラニールさんまで物凄い近くで集中して見てるし。キース団長がいたら、きっとまたからかわれているんだろうな、と苦笑する。


「オーブンを借りて良いですか?」

「あぁ」


 この前ナナンパイを焼いてくれたオーブンへ。

 焼き時間が分からないため、ある程度の時間の度に焼け具合を確めながら、段々と良い香りが漂ってくる。


 さあ焼き上がりだ! 一枚だけ試食してみる……。


「!!」

「どうだ?」


 ラニールさんがクッキーの香りを確めながら、こちらを見た。


 これは! いけるんじゃない!? 程よい甘さとコランの良い香り! うっすら紫色で綺麗な見た目だし!

 あまりの良い出来に思わずニヤニヤしそうになって我慢する。


「お皿お借りして持って行きますので、控えの間へどうぞ」


 敢えて今感想は言わなかった。私が絶賛しても、皆の口に合わないと意味がないしね。


 大量に出来上がったクッキーをお皿に盛り付け、マニカとオルガにも手伝ってもらい、控えの間まで運んだ。


「さあ、どうぞ、お召し上がりください」


 少し緊張しながらラニールさんや皆に促した。


 ラニールさんを始め、まず料理人の人たちが手に取り一口食べた。

 続いて騎士たちも次々に手を伸ばす。


「美味い」


 ラニールさんがボソッと呟いた。


「うわぁ! とても美味しいです!」


 他の料理人たちも次々に感想を口にしてくれた。


「控え目な甘さが上品だし、コランの良い香りですね!」

「街のお菓子と違い、ちゃんと甘味もあるし、香りも良いし、何せサクサクで歯触りが良いです!」

「これ、街で売ったら売れるんじゃないですか!?」


 口々に嬉しい感想を述べてくれる。

 ラニールさんは神妙な面持ちで、しっかりと味わってくれているのか、目を瞑っている。


「ラニールさん、どうですか?」


 美味しいとは言ってくれたが、その後一言も発していない。少し不安になってしまう。


「あ、あぁ、すまない。味に集中していた」

「で、どうですか?」


 グッと前のめりにラニールさんに詰めよった。


「美味い。さらにコランが良いアクセントになっている。この甘さはコランを煮出したのが効いているんだな?」


 両肩を抑えられ、少し身体を離された。


「えぇ、煮出したら甘味が出るのではと……」


 そう話していると、突然周りがざわめき出した。

 その直後に急に後ろに身体を引き寄せられ驚いた。

 両肩に置かれたラニールさんの腕を払うように、背後から別の人間の腕が伸びる。


 ラニールさんは驚いた顔をし、いきなり頭を下げた。

 嫌な予感がし、そろりと後ろの人物に振り向くと……


「シェスレイト殿下!!」


 何でここにシェスレイト殿下が!?


 肩を掴まれ抱き寄せられる形で、シェスレイト殿下の前に収まった。


「え、何故、殿下がこちらに!?」

「私が来てはいけないのか?」


 背後から見下ろされる形で睨まれた。

 ひぃい、怖いよ! 誰か助けて! と、周りを見回しても、マニカとオルガは少し離れたところにいたし、騎士や料理人たちは敬礼しているし……、そりゃそうよね、殿下だものね。


 ラニールさんなら助けてくれないかと期待したが、さすがに殿下には歯向かえないようで、頭を下げたままだった。


 何故か背後から肩を抱き締められ、身動きが取れない。


「あ、あの、殿下……」

「何だ?」


 見上げたときの美しい顔があまりに近過ぎて緊張する。


「いえ、あの、は、離していただきたいのですが……」


 ハッとしたような表情で、シェスレイト殿下は慌てて肩から腕を離した。

 シェスレイト殿下は顔を背け、何も言わない。


 落ち着いて見てみると、シェスレイト殿下の背後にはディベルゼさんとギル兄がいた。

 ギル兄に駆け寄り小声で聞いた。


「ギル兄! 何でここにいるの!? しかもシェスレイト殿下まで!!」

「すまん、この前今日来ることを言ってただろ? だから殿下が執務中に来ようかと思っていたら、殿下にバレて一緒に来ることに……」


 ギル兄は苦笑しながら言った。


 よくよく見るとキース団長も、その他に騎士たちも増えているような……。


「何だか凄く賑やかになりましたね」


 苦笑しながら言うとラニールさんが嫌そうな顔をした。


「何なんだ、一体。おい、キース、何でお前までいる」


 ラニールさんはキース団長を睨みながら言ったが、キース団長は飄々とした顔で軽口を叩く。


「いや~、リディア様が来るって言っていたし、何だか良い匂いがするし」

「それだけのことで隊の連中を連れて来たのか」

「あぁ。まさかシェスレイト殿下もいらっしゃるとは思わなかったけどな」


 苦笑するキース団長を横目にシェスレイト殿下を見るラニールさんだった。


 シェスレイト殿下が現れ、そこにいる皆が畏縮してしまった。せっかくのクッキーも食べる手が止まってしまう。


「シェスレイト殿下! やはりお顔が怖いのです! これでもお食べになって、笑顔になってくださいませ」


 そう言いながら、一枚のクッキーを皿から取り、シェスレイト殿下の口に、グイッと押し込んだ。


「!?」


 シェスレイト殿下の驚愕の顔はもちろんだが、周り全員が恐らく驚愕の表情を浮かべただろう。

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