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・今からおっさんとファミレス行こうぜ 2/2

 せっかく楽しそうにしていたのに、その一言が気分に水を差してしまったように見える。


「……ズル休みだ。二日酔いで起きれないって連絡は入れた」

「いや、ズル休みって……まずいんじゃないのー?」


「そうかもな。だが嘘じゃねぇ、二日酔いなのは事実だ。新米のホストってのは、飲まされてなんぼでな……。はぁっ……」

「あ、ごめん……。もしかして聞かなかった方がよかった……?」


 彼は苦笑いで首を横に振る。

 それからアボガドサラダを口にかき込んで、美味しそうに笑った。


「いや、こっちこそ辛気くさい事情に巻き込んじまって悪かったな。お前らと外で飯を食いたかったんだよ」

「やっぱり大人って大変ですね……」

「そだね……。でもうちら、おっさんががんばってるのわかってるよ。応援してるからっ!」


「ありがとよ。それよか俺は学園祭の話が聞きたいな」

「学園祭ですか? 全然いいですけど……」


「ああそれと、その学園祭にこんななりの俺も行ってもいいもんかね? なんか……お前らのがんばりを見たくなってよ?」

「別に問題ないと思いますよ」

「じゃあ今日の話してあげる! 今日ね、もう大変だったんだよっ!」


 まるでお父さんみたいに、茶畑さんは俺たちの話を聞いてくれた。

 学生二人だけであの家で暮らしていた俺たちにとって、彼の存在は頼れる兄貴みたいな感じだった。


「そのまま、スマホが見つからなかったことにしちまえばよかったんじゃねーか?」

「え、そうかな……?」

「いやちょっと、何悪いことそそのかしてるんですかっ!?」


「だけどよ? 学校の準備室で二人っきりの一晩を過ごすだなんて、一生の思い出になるだろ? 最高にムードがあって、燃え上がるじゃねーか」

「う、うち……もしかしてしくじったっ!?」

「しくじってねーよ……」


 だけどスマホが世界に存在していなかったら、俺たちは一晩を共にしていた。

 そう思うと惜しい。そう思う俺を頭から振り払った。


 続いてクロナは軽音部でのもめ事を茶畑さんに語った。


「バンドか、今となっちゃ懐かしいな……。うちの店でもよくやってたんだぜ。若い連中が演奏させてくれって言ってきてよ、それが広まって、人が集まって……。あの頃は楽しかったわ……」

「あっ、それ気になる! おっさんの店ってどんな店だったの!?」


「駅前の方に店を持ってたんだよ。どんなって言われたら……ま、夜の店だからな。気取った連中が多かったが、みんないいやつだったよ。酒よりも飯の方が人気だったが……」

「あ、それわかります。茶畑さんのご飯凄く美味しいですよ」

「うんうんっ、いっそ主夫にしたいくらい!」


「こら黒那、んなこと軽々しく言うと与一が嫉妬するぞ?」

「そんな、嫉妬なんてしてませんよ……」


 前からそうだけど、彼には全部見透かされているようだ。

 表情をごまかすために、俺はアボガドサラダを口に運んだ。


 ……少しだけアボガドの破片が残っていたけど、意外と食べやすい。


「お前さんももうちょい素直になりな」

「そうもいきませんよ……」


 もし素直になったら、そのままずるずると引き込まれて、まずい関係が生まれてしまう。

 クロナは家には戻れない。

 俺たちがここで一緒に暮らすためには、距離を保つ必要があった。


「しかしその店を俺は不況の煽りで潰しちまってな……。今は残った私財を全部売り払って、キツいの承知でホストを始めたってわけだ。目指すは借金返済と店の再建だ」

「そっかー……。マジ大変だね、大人って……」


「まあな、だがやるしかねぇ。……あ、いきなり話変わるが、スピーカーとアンプが必要なんだっけか」

「あ、うん。軽音部のみんなが仲良くできればいいんだけど、なんか難しいみたい……」


 そこに注文したメインディッシュがやってきた。

 俺の頼んだ和風ハンバーグセットも一緒だ。クロナは遠慮しないでカットステーキと山盛りポテトを選んでいた。


「スピーカーなら中古でいいだろう。アンプも俺がジャンク品を直せば、安く手配できるぜ」

「え、アンプって直せるんですか!?」


「おう、これでも工業高校出身なんだぜ。ってことでよ、よかったらお前さんたちの学園祭、おっさんにも一枚噛ませてくれないか?」

「いいのっ!?」


「いいも何も手伝いたいから言っている。俺に任せてくれ」


 茶畑さんの頼もしい願い出に、クロナと俺は興奮混じりに顔を見合わせた。

 やっぱり大人って凄い。


 茶畑さんが俺たちに刺激を受けているのと同時に、俺たちだって彼みたいな独立独歩の大人に、尊敬と頼りがいを覚えていた。


 まずは先生を説得してみると伝えて、俺たちはそれぞれの食事に手を付けた。


「与一、あーんっ♪」

「な……!?」


「物欲しそうな顔でステーキ見てるんだもん。ほら、あーんしてっ、あーんっ♪」

「ワハハハハハッ、こりゃいいや! おうおう、もっとやれ! もっと困らせてやんな!」

「他人事だと思ってっ、わっちょっ、んぐっ?!」


 今日までずっと、理性を強く持って間接キスを避けてきたのに、その努力は一晩で無に帰した。

 そのお返しに和風ハンバーグを給仕してあげると、クロナはとても喜んでいた。


 俺は彼女の唾液の付いたフォークをしばらく見つめ続けて、変態的な動揺と葛藤に囚われてしまったのだった……。


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