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・お風呂、洗ったよ……

 いつの間にかカマタリは居間に逃げ出してきていて、網かごがよっぽど気に入ったのか、また俺の目の前で丸まっていた。

 それからずいぶんと経ってからクロナが脱衣所から戻ってきた。


「お風呂、洗ったよ……」

「おう……だいぶ時間かかったな」


「あのね、日頃の感謝を込めて、全部洗ってみたっ!」

「全部って……マジで全部?」


「うん……。でも、あれってどうやったらお湯はれるの……?」

「だったら教えるよ」


 コタツから立ち上がって、俺たちは揃って風呂場へと戻った。

 マジで全部、タイル張りの壁まで綺麗に洗われていた。


 続いて古めかしいダイヤルを回して万能釜の使い方を説明すると、クロナは不思議そうに昭和の遺物を見つめてくれた。


「ねぇ与一、たまにうちもお風呂洗ってもいい……?」

「そりゃ助かるけど、いいのか?」


「力になれるの嬉しいから……。さっきの、うちのママかと思ったら凄く怖くて……だから与一への感謝の気持ちで、いっぱいになった……」


 それはなんというか、かなり厄介そうなお母さんだな……。


「じゃあ頼む」

「それに……裸も見られちゃったし……。もう怖いものはないかも……」


「いや、下着越しだろっ!?」

「下着姿なんて男の子に見せたことなんてないもん! 与一が、見せたの初めてだったんだよ……?」


「え、マジか……」


 内股になってうつむくのは止めるべきだ。

 ましてや初めてだなんてプレミア感を出せば、なんだか嬉しい気分になってくるので止めてほしい。にやけてしまう。


「マジだよ、凄く恥ずかしかった……」

「悪いことしたな。ごめん」


「いいよ、与一なら別に……。平気じゃないけど、嫌じゃないから……」

「お前……お前な」


 熱い瞳がこちらを凝視してきた。

 さっきまで恥じらいにうつむいていたのに、彼女は一変して視線をこちらに固定してくる。


「与一みたいに、男の子なのに嫌な感じしない人、うち初めてだから……」


 特別視されている事実に舞い上がってしまいそうだった。

 だがもう色々と限界だ。まともな返事が頭に浮かばなかった……。


「俺、外の空気吸ってくる……。なんか暑い……」

「うん……。うちもなんか暑い……」


 家を飛び出して星空を見上げると、冷たい外気が火照った身体を冷やしてくれた。

 あの無防備なお尻と、魅惑的な谷間と、長くて白い足が頭に浮かぶ。


「ヤバい……これ、忘れられない……」


 俺が見たものはあまりに刺激的で、消そうとしてもクロナの姿が記憶に焼き付いて消えなかった。

 それは欲情とは少し異なる、気持ちが踊るような未体験の感覚だ。


 藤原黒那、なんて危険なやつなんだ……。

 またコロッとやられかけた……。


「でも、もしクロナの親がここに現れたら……この生活は終わりなんだろうか……」


 そう想像力を広げると、危ういバランスで今の生活が成り立っていることに気づかされた。

 俺はもっと、目の前にある当たり前の幸福を噛みしめるべきなのかもしれない。


 俺には幸せの定義なんてよくわからないけれど、少なくとも俺たちは不幸ではない。

 冷たい外気が頭の芯まで冷やしてくれると、喜びが胸に残った。


 ただの男子高校生に過ぎない俺は、誰かに見られたらバカにされかねないだらしない笑みを浮かべて、今夜のハプニングを心から喜んでいた。


 ああ……綺麗だった。

 あの脱衣所の姿が頭から消えない。本当に、あの月よりも彼女の姿は綺麗だった……。


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