あつまろう どうぶつとの百合 <前編>
<1>
起き上がると、わたしは明るい陽が差す森の中にいた。ちょっと暑い。おかしいな、冬のはずなのに。
えっ、ここどこ!?
確か、自室の机で絵を書いてたら急に眠気に襲われて……。
服装を見ると、部屋着のままだ。さっき使っていた熊さんとうさぎさんを描いたスケッチブックもある。ベッタベタだけど、頬をつねってみよう。
痛い。夢じゃない? でも、つねって夢かどうか分かるなんてウソかホントかわからないけど。
そのとき、近くの茂みががさごそと動く。そこからにゅっと顔を出したのは犬? 違う! 狼だあれ!!
逃げようとすると、その狼が不意に立ち上がる。その狼の首から下は青いワンピースを着て、バスケットを手に下げた人間の女性の姿だった。でも、顔も含めて肌の部分は白い毛に覆われてる。これはあれ? いわゆる狼人間ってやつ? 異世界召喚とかそういう今流行りのアレ?
って、呑気に脳内実況してる場合じゃない! 食べられちゃう!
「ねえ、あなたどうしてこんなところにいるの?」
逃げようとすると、彼女は穏やかかつきれいな声で喋りかけてきた。害意があるようには見えない。
「え、ええと……それが自分でもよくわからなくって。逆に訊きたいんですけど、ここはどこでしょう? そしてあなたは何者?」
「ここはルマニア村近くの森。私はその村に住んでいるブランカ。あなたは?」
「○×高校一年生の天堂はじめっていいます」
なんだか、とてもメルヘンな状況に興奮してしまう。だってわたし、将来メルヘン絵本作家になるのが夢なんだもの! こんな体験サイコーじゃない!!
「○×コウコウって何?」
「学校ですよ、高等学校!」
「コウトウガッコウ?」
うみゅう、さすがメルヘン世界の住人。高校知らないのかー。
そのとき、ぐうとお腹が鳴ってしまった。我ながらベッタベタだなあ。晩ごはん呼ばれる前だったもんね。
そういえば晩ごはん前だったのに、ここはお昼ぐらい明るいんだよね。そんなことを思いながらなんとなく空を見上げてみると、太陽とは別に大きく「30」という文字が光っていた。何アレ!?
「ブランカさん、何あの数字?」
上空を指差し彼女に尋ねる。
「数字? ……太陽と雲しかないけど?」
あれ、彼女には見えないの? ウソを言ってるようにも見えないし。何だろう、気になるなあ。
「数字はわからないけれど、あなたお腹空いてるのね。よかったらうちでお昼食べていく? あと、ブランカって呼び捨てでいいから」
「いいんですか?」
「困ったときはお互い様って言うでしょ。あと、ですますじゃなくてもいいから」
「はい。……っとと、うん。じゃあ、お言葉に甘えてお昼いただこうかな」
むう、立ち上がろうとしたけど立てない。彼女と出くわしたとき、腰が抜けてしまったのか。
「ごめん、手を貸してもらえる?」
ブランカが近くに寄ってきて手を差し伸べてくれたので、なんとか立ち上がることが出来た。一緒に、地面に落ちていたスケッチブックも拾ってくれる。
「これ、はじめちゃんが描いたの? 素敵」
彼女が絵を褒めてくれた。えへへ、照れくさいな。
「うん。わたし、将来絵本作家になりたくて」
「素敵! いい夢だと思うわ! あ、お腹空いていたのよね。ごめんなさい、お話は向こうでしましょう」
そうしよう、そうしましょう。もうお腹ペコペコ。裸足だから歩きにくいけど、一緒に彼女の住む村へと向かった。
<2>
見えてきました、ルマニア村! 建物が実にカントリーな感じでメルヘン!
村に入ると、ブランカみたいな狼人間のほかに、猿人間だとか猫人間だとか、色んなタイプの住人が道を行き来している。メルヘンの極み!
「見慣れない子だね?」
猪人間のおじさんがわたしたちに話しかけてくる。
「そこの森で倒れてたの。お腹が空いてるみたいだから、とりあえずお昼を一緒にって連れてきちゃった」
「そうかいそうかい。何もない村だけどゆっくりしていきなさい」
「何もないなんてそんな! キチョーな体験に感激してます!!」
わたしが人間であることは誰も気にしないのね。これだけいろんな種族がいるとむしろ気にならないのか。う~ん、メルヘン。
「ここが私の家」
裸足じゃ可哀想だからと靴を買ってもらった後、案内されたのは木造のお花屋さん。
「ブランカのお家、お花屋さんなんだ」
「ええ、さっきもいいお花ないかなって種を探しに行っていたの。さあ入りましょ」
狼人間のお花屋さん……ああもう、本当にメルヘン。
「手早く用意できるものだと……サンドイッチかな。すぐ作っちゃうから待っててね」
「はーい」
狼人間の手料理とか、もう肉! ってカンジなのかな。テーブルで内装を眺めながらごはんを待つ。落ち着いた色合いの家具が多くて、これが彼女の人柄を物語ってるんだなって理解できる。でも、家具の時代感が全体的に古いと言うか。例えば、あれなんか鉱石ラジオ? アニメで見たことあったなー。レトロ~。
しばらくして出てきたサンドイッチは、予想に反して野菜たっぷりのヘルシーサンド。お肉らしいものは見当たらない。これにオレンジジュースがプラスワン。
「どうぞ、召し上がれ」
「いただきまーす!」
ブランカと一緒にサンドイッチをかじる。
「おいしい!」
オレンジジュースも飲んでみると、これまたおいしい!
「ありがとう。この村のお野菜はとても美味しいの」
「素朴な疑問なんだけど、お肉は食べないの?」
「お肉? お魚は食べるけど」
あ、理解した。やっぱり獣肉食NGなんだね。メルヘンだなー。
「はじめちゃん、あなたはどこの村の子?」
「村っていうか、東京F市なんだけど……っていってもわかんないよね。えーと、きっとすごく遠いところかな」
「うーん、よくわからないけどお家に帰れないの?」
「そうなるのかなあ」
「じゃあ、帰れるあてができるまで私と暮らさない? 一人暮らしで寂しかったし、ルームシェアって夢だったの!」
ええー!? そんな唐突な。でも、この先どうしたらいいかわからないしなー。
「それじゃ、お願いしちゃおうかな。なんか厚かましくてキョーシュクだけど」
「いいのいいの。寂しかったって言ったでしょ? あ、でもお仕事や家事は手伝ってね。お仕事は教えてあげるから」
嬉しそうに胸元を押さえ笑顔になる彼女。かわいい。
「あの、ちなみに電話ってある?」
「電話? 都会では引かれてるらしいけど、この村にはまだないわね」
あー家具でだいたい察したけど、百年ぐらい前の科学レベルなんだ。たしか、ラジオとか電話も初期はそういうカンジだったらしいし。
ダメもとでパパとママに連絡してみようと思ったけど、やっぱ無理か。
「そっか。じゃあそれはいいや。よろしくね、ブランカ」
「こちらこそよろしくね、はじめちゃん」
こうして、わたしはブランカと同居することになった。
<3>
「はじめちゃん、一緒にお風呂入らない?」
その日の夜、ブランカから唐突な提案を受ける。ほえ!? 一緒にお風呂!?
「え、ええー……。何だか照れくさいなあ」
「いいじゃないの、女同士だし」
うーん、ブランカってばダ・イ・タ・ン。
でも、狼人間って服を脱ぐとどんな感じなんだろうという興味が、むくむくと湧いてくる。
「じゃあ、一緒に入ろうかな」
そのようなわけで、お風呂タイム。浴槽はこれまた白黒の洋画で見るようなレトロなアレ。
ブランカはシュッとスレンダーでとてもかっこいいスタイル。そして、なにより全身を覆う白毛。きれいだなあ、と素直に思う。
鼻歌を歌いながらシャンプーで体を洗い始める彼女。このシャンプーの容れ物がまた大きくて、これだけ毛が多いと確かに大量に使うよねーなどと、変な感心をしてしまう。
「はじめちゃん、背中洗ってもらってもいい?」
石鹸で体を洗っていると、そんなことを頼まれたので、背中にシャンプーを注いでわしゃわしゃする。なんだか心地良い感触。
「ありがとう。ひとりじゃいつも、背中洗いにくくって。んー、はじめちゃんに背中洗ってもらうの気持ちいい」
なんだかほんわかしてしまう。わたしもシャンプーで頭を洗い終わって、ふたりともシャンプーと石鹸を洗い流すと、一緒にお風呂にざぶん。うーん、さすがに狭い。ブランカとの距離の近さに妙にドキドキしてしまう。ブランカって、ホントにきれい。
「はじめちゃんの住んでいた村……街かな? ってどんなところ?」
ええと、この世界の住人に伝わるようにはなんて言えばいいのかな。
「都心からは少し離れた場所でね、静かな街だよ。有名な神社があるの」
「ジンジャ?」
「えーと、神様をお祭りするところ」
うーん、やっぱり説明が難しい。
「そうなんだ。信心深いのね、はじめちゃんの街の人たちは」
いやー、正直初詣と夏祭りのとき以外は閑古鳥が鳴いてるけどね。
そんな他愛もない話をしていたら体も十分温まったので、一緒に湯船から上る。
「はじめちゃん、なるべく離れててね」
はて? 何をする気だろうと距離を取ると、彼女が体をブルブル震わせて水気を飛ばす。わお、実にアニマル! そのあと、バスタオルで丹念に体を拭っていく。いやあ、毛が多いと大変だなあ。
「はじめちゃんは水気飛ばさないの?」
「あーうん、必要ないかな」
「毛が少ないって楽なのねえ」
いやはや、狼人間との入浴は本当に新鮮な体験だらけです。
着替えのパジャマはブランカから借りる。わたしにはちょっと大きいけど、贅沢言えないよね。
「じゃあ、寝ましょう」
「はーい」
そのようなわけで、二人で寝室のベッドに潜り込む。シングルベッドだからこれまたさすがに狭いけど、ブランカと密着状態でまたもや妙にドキドキしてしまう。
ブランカからいい香りがする。さっきのシャンプーだね。さっそく寝息を立てる彼女。すごく寝付きがいいんだ。などと感心していると、急に抱きつかれてしまった! ほわあ! ちょっとちょっと、ブランカ何考えてるのー!? でも、彼女の方は相変わらずすやすやと寝ている。なんだ、ただの寝相か……。
ブランカの毛、ふかふかだなー。気持ちいい。でもそれ以上に、さっき以上にとてもドキドキしてしまう。あーん、これじゃ眠れないよー!
◆ ◆ ◆
「ごめん、起こしちゃった?」
ぜんぜん寝付けないので、ランプの明かりの下ダイニングテーブルでスケッチブックにイラストを書いていると、寝室から出てきたブランカが話しかけてきた。
「いやー、起きちゃったと言うか、寝付けなかったというほうが正しいかなー。逆に、ブランカのこと起こしちゃったね」
「ううん、ちょっとトイレに行こうと思っただけ。あ、この村のみんなの絵……。上手ね、素敵!」
「えへへ、ありがとう。なんかこう、インスピレーションが湧きまくっちゃって」
また絵を褒められちゃった。
「はじめちゃんなら、きっと素敵な絵本作家になれるわ」
べた褒めでちょっとこそばゆい。でも、素直に嬉しい。
「明日も早いからちゃんと寝ましょう?」
うーん、今度はきちんと眠れるといいんだけど。でも、彼女のお仕事を手伝うのが優先だもんね。頑張って寝ないと。って、寝るって頑張るものなのかな。
「うん。じゃあ、もう切り上げるね」
スケッチブックと鉛筆を持って寝室に戻る。その二つをサイドテーブルの上に置くと、再びベッドに横になる。
少しして、ブランカも戻ってきて同じくベッドに潜り込む。速攻でまた眠りに付く彼女。ほんと寝付きがいいなあ。今度は抱きつかれなかったので、私もいつの間にかまどろみの中に落ちていった。




