姉と妹Ⅱ
大嫌いな妹が泣いている。その涙を通して、許してという声が聞こえた気がした。
長い間孤独だった私の気持ちを、誰かが理解してくれる日は来ないはずだった。
「美幸、泣かないで。あなたらしくないよ」
思わぬ穏やかな声が出る。
まだ姉妹の仲が壊れる前の幼い頃。よく補助輪付きの自転車で美幸が私についてこようとした。しょうがなく振り向いて待ってやると、必死でこいで追い付き彼女はニコニコ私に笑いかけたものだ。不意にそんな昔のことを思い出した。
「姉さん。そう私のキャラじゃないし、らしくないよね。それでも私は自分を許してはいけないと思う」
「家で父さんと母さん、あなたとはどういう風に関わっているの? わたしがいなくなって家族の関係はどんな風に変わったの?」
「姉さんが入院して、しばらくお父さんは仕事が終わればパチンコに行ったり競馬予想をしたり行動に変化はなかったの」
「相変わらずだったのね」
あの光のない日々が浮かぶ。
「でもね一ヶ月過ぎた頃から、お父さんが幸はいつ帰ってくるのかって、よく漏らすようになったの。それから不機嫌になることが多くなっていったんだ」
「私がいなくなって、せいせいしたのかと思ったのに」
「姉さんそれは違うよ。お父さんは屈折していると娘の私も思うよ。でも、姉さんのことを気にかけているのは確かなの」
「そんなことあるわけがない」
シニカルに私は笑った。
「私ね、お父さんってギャンブルが出来て家庭内で褒められていればそれで上機嫌だと思っていた」
「そうじゃないの?」
聞き返えした。
「それは間違っていたみたい。お父さんは、姉さんをきっと認めていたんだと思う。努力家で優等生で進学校にも入学して、お父さんの理想通りの道を歩んでいた姉さんじゃないと駄目なんだと思う」
「何が駄目なの?」
私は美幸の言いたいことをはかりかねていた。
「お父さんは、姉さんしか自分に釣り合う人間だと思っていないんじゃないかって。私なんて目に入らないんだよ。姉さんだけに期待していたんだ」
「そんなことはない。父さんは美幸のことを可愛がっていたよ。それに期待した挙句に感情をぶつける捌け口にするなんて、酷く歪んだ愛情だね。なんで私を可愛がってくれなかったの? 今となってはもうどうでもいいけれど」
拳を強く握りしめて答える。
「私がずるしたから。姉さんの揚げ足を取って、自分の身を守ってばかりだった。それで拍車がかかったと思う」
「美幸のこと大嫌いだった」
「言わなくても分かってるよ。それだけのことをしてきたんだから」
「でも、小さいときの美幸は可愛かったよ。せめて二人仲良く出来ていたら良かったのにね」
本心だった。
「姉さん、私ずっとずっとあなたが羨ましかった。目的に向かって努力して成績も良くて、でも小細工が出来なくて……。私、おべっかを使ってお父さんにおもちゃ買ってもらっても、褒められても虚しかった。だって私には何も身についたものがないんだもん」
美幸の気持ちには微塵も気付かずに過ごしていた。彼女は私をあざ笑っているのだと感じていた。
「姉さんがお父さんに言いがかりを付けられて、怒られているのを見ていて怖くてしょうがなかったよ。怖くて怖くて、自分は絶対そういう目にあいたくなかった」
震えながら彼女は言う。
「私が、あなただったらどうしていたかな? やっぱり逃げたかな。美幸が全部悪いわけじゃないよ。二人とも怖かったのは一緒だったんだね」
自分一人が孤立していたと思い込んでいた。それはどうやら間違いだった。
「幸姉さん、ごめんなさい。私が弱かったから全部姉さんに背負わせて、ごめんなさい」
美幸は今度は泣かずに、はっきりと私に謝罪した。




