課題Ⅱ
病棟に戻っても、ぼんやりしていた。デイケアの雰囲気にも慣れ、千里ちゃんとの作業は楽しいくらいだった。余裕が出てきたタイミングだから、新しい目標が設定される。平田先生はずっと私が戸惑わないよう、見守ってくれた。彼はきっとよく考え、このタイミングでの役割変更を提案したのだ。接客訓練の指示は、私には海図もなしに航海するような無茶に思えた。ベッドの上、いつまでも迷っていた。気分を変えたいのもあり、夕食前に健一さんにメールした。
『健一さん、こんばんは。お疲れさまです』
返信がすぐきた。
『お疲れさまです、幸ちゃん。今日も無事終わった。だけどちょっとしんどいんだ』
弱気な姿をみせない健一さん。メールからは疲れたようすが窺えた。心配で病棟から渡り廊下に出て電話を架けた。
「もしもし。幸ちゃんどうしたの」
「健一さんが弱音を漏らすのは珍しいから……。何かありましたか?」
「うん、今週から土いじりに挑戦していて。僕、土も虫も苦手なので辛い」
「大丈夫ですか?」
「通所しているデイケアのプログラムの一つなんだ。ほかの内容も選べたんだけど、自分にとって楽なものばかりを選んでいても訓練にはならないから」
挑戦している彼の姿が浮かぶ。
「凄いな。健一さん、前を見据えてる。私は踏み出せないでいるのに」
「どうしたの?」
「作業療法の先生から喫茶活動で接客をやってみないかって」
しばらく間があった。
「怖くて踏み出せないか」
「一人暮らしをするために、もっと他人に慣れないといけない。それには、みんなの目があるデイケアで練習するのがいいってわかっています……。でも勇気が出ない」
「ゆっくり考えてごらん。誰でも傷つくのは怖い。病室にいれば、変わらない日常を繰り返せる。恥ずかしながら、僕も土いじりなんて正直したくなかった。だけど早く自立したいから、なけなしの勇気を出しているんだ」
彼も悩み、迷いながらリハビリに挑んでいる。
「私は弱い」
「君はたくさん頑張っている。少なくとも後退はしてないんだ。少しずつ前に進んでいると思う。忘れないで」
その言葉は心の尖った場所を温めてくれた。
「ありがとう、健一さん。励ましてもらってばかりでごめんなさい」
「ううん。電話嬉しかったよ。君の心の負担が軽くなったなら嬉しい」
『また明日』そうお互いに言葉を交わし電話を切った。
夕飯を食べ、病室に戻る頃には平田先生の提案を受けようと決心したのだ。




