信じられる人たち
今年最初の診察。
「長谷川先生、明けましておめでとうございます」
「新年おめでとう」
普段は、落ち着いた色のセーターにそのまま白衣を着ている先生だが、今日はネクタイがのぞいていた。狭い診察室で、面と向かって話すのは久しぶりで、緊張する。
「小野田さん、冬休みはどうやって過ごしていましたか?」
「病室で淋しい思いもしましたが、三ヶ田さんにお正月に会うことができたんです。いい休みでした」
「彼は東京から来たの? 症状を抱えながら長距離の移動は大変だったろうに。あなたによほど会いたかったんだろうね」
先生の言葉にハッとした。
「一緒にいる間、三ヶ田さんは苦しそうな顔を一切見せなかったです。そうですよね、あんなに病院でつらい治療を受けていたのに、急によくなるわけがない。私、馬鹿だ」
相変わらず、自分の感情に溺れてしまう。思い返すと、気遣わせてばかりだった。恥ずかしさが、こみ上げる。
「馬鹿だってことはないよ。小野田さんが楽しんでいたなら、彼は喜ぶだろうさ」
「本当に?」
「だと思うよ」
気を落としたが、先生は気休めは言わない。健一さんは私を大切に想ってくれている。強く感じた。次の機会には、もっと彼の話をしっかり聴きたい。
「先生はゆっくりできましたか?」
いつも忙しい先生。昼ご飯を食べる時間がなく、チョコレートだけで済ませているという噂もある。気がかりだった。
「温泉旅行に行ってきたよ」
先生は照れたようすだった。その顔を見て安堵する。それから結婚指輪をした指に目がいった。眩しく感じる。家族、帰る場所が私にもできるのかな。
「なにか考えているね、小野田さん。形をとっていなくても支えになる人は大切にしてほしい。自分がつらいとき味方になってくれる存在があれば、強くあれるから」
「先生には、隠せませんね。じつは弱っていました。年始までに、病室のお姉さん方が次々に退院していき、淋しくて落ち込んでいました。でも無為に過ごすのも嫌で、無理やり自分のことを振り返ったり。ようやく三ヶ田さんに会う約束をして浮上したものの、デートを終えると、副作用で彼に会えない日々がよけいに苦しくなりました」
「遠距離恋愛は辛いだろう」
「彼と過ごせた時間があまりに幸せで、あのときに戻りたくなるんです。こんな風じゃいけないのに」
「自分を責めないでいいと思う。好きな人がいるからこその苦しみだ。誰かを想えるようになったのは、あなたにとって大きな変化だよ」
その言葉に慰められた。
「彼に会うまで、誰かを好きになったり、その相手から想ってもらえるなんて信じられなかったです」
「人生の前半でつらいことが多かったからね。そう思うほうが自然だろう。ただ一点、忘れてほしくないのは、今までマイナスが多かったからって、それがずっと続くわけではないんだ」
「これからも悪いことばかり起こる気がして、生きていくのが怖いです。ただ同じくらい、幸せになりたいと、私を思ってくれた人たちを信じて、生き続けたいと考えるんです」
「自分を信じるのは、誰にとっても難しいことだ。僕も未来はわからない。悪い方に考えて袋小路に陥るときもあるよ」
深く頷きながら、先生は顎髭を触っていた。
「そうですね、本当に未来はわからない。病院に入院するときは、こんなに色々な気持ちを知るなんて考えもしませんでした。人生を楽しむことなんて私には許されないと思っていましたし。それを病棟やデイケアの人たちが変えてくれました。だから、自分くらい自身のことを信じてあげなければ」
「僕もそう思う。頭で考えていても、答えが出ないことは多い。行動するのはとても大切な治療なんだ」
先生がウィンクをした。私は椅子からずり落ちそうになった。彼はその姿をみて可笑しそうにしていた。一人きりでいたんじゃなくて周りがみえていなかっただけなんじゃないかと、最近は思えるようになった。不安まみれだけれど、実家から離れて築いた自分を、認めたいと感じていた。




