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先生と私  作者: 綿花音和
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母との面会Ⅱ

 母と私では性格も立場も違う。父に対する評価が違うのは当然だろう。だが彼女の語りだした言葉にうろたえるほど、戸惑っていた。


「幸がお父さんのことを嫌いになったのは悲しいけれど、そうなる理由はたくさんあったね」

「嫌いだし、憎いよ」 

 その言葉に母は目を伏せた。

「あの人が昇進できない腹立たしさや、同期とうまく付き合えないもどかしさを一方的に幸にぶつけていたことに、当然気付いていたの。なのに母さんは何も行動しなかった」

 幼い頃の記憶がよみがえり吐き気がする。いつも思っていた。『なんで私だけが犠牲にならなきゃいけないのか。お母さんも美幸も味方になってくれないのか』腹が立って淋しかった。


「どうして助けてくれなかったの?」

 弱った母を責めたくはないが、傷つけられたかつての私の思いは抑えられなかった。

「ごめんなさい。謝ってすむことでは決してないけれど……。あなたがこんなになってしまうまで、なにもできなくてごめんなさい」

 母の指先は震えていて、感情の波を無理やり抑えているようだった。はっきりと彼女から詫びられたのは初めての経験だ。私の心は波立つ。謝罪の言葉をずっと待っていた。その瞬間がきたというのに、どう受け止めてよいのかわからなかった。嬉しくもないし、怒りも湧いてこない。


「どうして、止めてくれなかったの」

 漏れ出たのは、さらに母を責める言葉だった。本当に長い間辛かったのだ。母だけが悪いわけでないことも、私だけが被害者でないことも、わかっていた。この病院の人々と交わる中で学んだのだ。自分が不器用で、思うほど純粋ではないことを。

 変えようがない過去に恨みつらみをぶつけて、健一さんがみたら目を背けるかもしれない。きっと私は醜い。


「あなたにしてみたら、不可解でしょうね。最初に、お母さんの実家がとても躾や教育に厳しかったと説明したわね」

 母は揺るがなかった。 

「家の中には味方がいなかった。それが辛かったの。なんでなんかな?」

 母は私の手をそっと包んだ。思った以上に乾燥して荒れていると感じたが、彼女の手の温もりが懐かしさを運んできた。


「思い出すと笑ってしまうくらい古い教育だったわ。嫁に行ったなら夫を立て、お義母さんの言うことをよく聞いて暮らすこと。私はその言葉にがんじがらめになってしまった」

 母も育った家庭でいびつさを抱えながら生きてきたように思った。


「ものごころ付いてから両親は私を抱きしめることはもちろん、触れてくれることも少なかった。そのせいか、母さんは自分の子供にどうやって愛情表現をすればいいかがわからなかった。最初は赤ん坊のあなたを可愛いとさえ感じられなかったの」

 おそらく嘘ではない。それくらい母と距離があったからだ。

「そう」

 ただ、頷くことしか出来なかった。頭がパンクしそうだった。一度の面会ではこれが限界なのだろう。

 帰り際、また時間を作るから会ってくれるかと彼女は尋ねてきた。不安が伝わってくる。私は『もちろん』と笑った。辛いことばかりだった家族の風景。親との繋がりをうまく持てなかったのは、自分だけではなかったのだ。孤独を感じていたのは、誰だろうと面会を終え考えていた。

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