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向き合う

 それから半月後。初任給をもらった私は坂の上食堂にいた。レインさんとの約束を果たすためだ。


 食事をご馳走する、と言って実家へ連れて行くのもどうかとは思ったが、容姿の問題でうかつに飲食店へ行けば落ち着いて会話ができないだろうし、何よりレインさん自身が本当に気に入ってくれているみたいだったので、坂の上食堂を選んだ。


 早めに坂の上食堂に着いた私は父に新しいエプロンをプレゼントした。初任給で両親に感謝のプレゼントを! と、いうのも前世ではよく聞いた話だ。


 父は私からのプレゼントを喜んでくれたのか、その場ですぐに身につけてくれた。


 私は久しぶりに自室のベッドに横になってみたり、坂の上食堂の常連さんと話したりしてレインさんが来るまでの時間を過ごした。こうしてビクトル様のお屋敷で働き始めてから初めてのおやすみを満喫していた。


 レインさんとの約束の時間が近づくと、私はテーブル席に座る。客席に客として座っているのは不思議な気分だ。


 レインさんは時間から少し遅れて坂の上食堂に姿を見せた。


「すまない、仕事が長引いてしまって」


 レインさんは息を弾ませながら謝ると、私の前の席へと座った。


「大丈夫ですよ」


 そう言いながら、なんだかデートの待ち合わせみたいだな、と思って体が固くなってしまう。この前リオナに言われたことでなんだか変に意識してしまっていた。


 私たちは骨付きステーキと目玉焼き、サラダを注文した。久しぶりに父の料理を食べられると思うとわくわくする。


「そちらの仕事は順調か?」

「はい、おかげさまで」


 実際仕事には何の不満もない。リオナのことも含めて、レインさんは最高の職場を紹介してくれた。


「アイリスはリオナ嬢と仲良くやっているようだな。……ビクトルがそう言っていた」


 リオナとは周りに勘ぐられない程度に接しているつもりなので、仲良く、という言葉にビクッとしてしまう。私たちが前世で親子だったことは、言っても信じてもらえないだろうし面倒なことになりたくないので隠しているのだ。


「リオナ様は誰に対しても優しいので」


 当たり障りのない回答をすると、レインさんはなぜか難しい顔をした。


「……ここで聞いてしまったんだが」


 レインさんは言いにくそうに続ける。


「アイリスは前からリオナ嬢に興味があったのか?」

「え?」


 ドクリと心臓が嫌な音を立てる。ここで聞いた、ということはコールさんが父に話をしたのかもしれない。


「いや、責めているつもりはないんだ」


 私がバツの悪い顔をしたのか、レインさんはそう否定してくれる。


「ただ、アイリスが仕事を始める前からリオナ嬢の存在を知っていたことと、今仲がいいことに関係はあるのかと思ってな」


 深い意味はない風に言ってくれてはいるが、前からリオナに興味を持って追っていたとわかれば不信感があるだろう。どう切り抜けようか、と咄嗟に考える。


 でも、レインさんに嘘をつくのは嫌だ。こんなによくしてくれた人に嘘はつきたくない。


「言っても信じてもらえないとは思うんですが、私とリオナ様には不思議な縁があって……」

「縁?」

「はい、リオナ様も同じ気持ちでいてくれて。それで私はずっとリオナ様に会いたかったですし、今も仲が良く映るのだと思います。レインさんの厚意を利用するような形になってしまってごめんなさい」


 私は頭を下げた。レインさんはしばらく何も言わない。私の言ったことを真剣に考えてくれているような雰囲気はした。


「俺のことは別にいいんだ。謝らせたいわけじゃない。ただ、ビクトルはあんなんではあるが俺の友人ではあるから、事前に知っていたとなると何か思惑があるんじゃないかと気になっただけだ」


 ビクトル様は貴族の嫡男で、リオナはその妻だ。レインさんは私が何か悪巧みをしていないかと、友人の身を案じたと言うことだろう。


「誓ってそのようなことはありません。私はリオナ様が幸せでさえあればいいのですから」

「疑うような真似をしてすまない。アイリスがそのような人じゃないとわかってはいるんだが」

「いいんです。レインさんの紹介でビクトル様にお仕えすることになったのですから、当然です」

「……すまない」


 疑われるようなことをしたのは私なのに、レインさんは自分だけが悪いというような顔をする。本当に優しい人だ。話すたびに何度も何度も思い知らされる。


「私はこれからもレインさんを失望させるようなことはしないと誓います。レインさんのご友人を不幸にするようなことも決してしません」


 ビクトル様のためというより、レインさんを裏切るようなことはしたくなかった。私をこの坂の上食堂で救ってくれて、仕事も紹介してくれた恩人なのだ。


 ──たぶん、それだけというわけでもない。レインさんに失望されたらと思うと胸が痛む。その痛みは、前世で味わったことのある、甘さの伴う痛みだ。今はまだ、ほんの蕾でも。


「あの……レインさん。またこうして時々私と食事に行ってもらえますか?」


 レインさんは少し目を丸くしてから目を柔らかく細めた。


「あぁ、もちろん。俺からもまた誘おうと思っていた」


 前世の娘を幸せにする。それだけじゃなく、自分の幸せも一緒に追う。


 せっかくの二度目の人生なのだ。欲張ったっていいじゃないか。


 何しろ相手はイケメンだ。私じゃどうにもならないかもしれない。


 だけど、届かないと思っていた貴族の娘には届いた。やってやれないことはない、はずだ。


「これからも、末永くよろしくお願いします」


 私はそう言って満面の笑顔をレインさんに向けた。

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