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寂しい侍女は、高慢王子の一番になる  作者: 三国司
建国祭編

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37日目(5)

 ロキオ殿下からの二度目の告白は、私の心を大きく揺らした。

 私はもうすでにロキオ殿下の事を一番に愛しているのだと伝えたい。この人をずっと支えていきたいと思った。


(殿下のそばにいたい)


 私はぎゅっと目をつぶって、ロキオ殿下を抱きしめ返した。

 殿下が寂しくて泣かないように、ずっとそばで支えていたい。

 だけど、私は恋人や妻として支える事はできない。ロキオ殿下には婚約者がいるからだ。

 

(だったら……)


 私は目を開けて、涙を飲み込んだ。

 ロキオ殿下の妻にはなれないけど、それ以外にもそばにいられる方法はある。

 私は殿下の侍女として、ずっと殿下を助けていけばいいのだ。


「殿下、私にとって殿下は一番です」


 そっと殿下の拘束から逃れながら口を開く。


「ですから、生涯ロキオ殿下の侍女としてお仕え致します。ずっとおそばにいさせてください」

「侍女?」


 ロキオ殿下は片眉を上げて訝しげな顔をした。


「私はエアーリアを妻にしたいのだ。ずっと侍女でいてほしいわけではない」

「いいえ、殿下。私は殿下の妻にはなれません」

「まだ身分の事を気にしているのか? だったら一度国王や王妃に私から話をする。アビーディー家の長女との結婚には、二人ともきっと賛成するはずだ」

「私が気にしているのは身分の事だけではないのです。私が殿下と結婚できないのは……」


 私は話しながら頭の中で考えていた。ロキオ殿下には婚約者がいるのだという事を、本人に話してしまっていいだろうかと。

 しかし私がここで黙っていれば、ロキオ殿下は私はやはり身分の事を気にしているのだと思って、王妃様や国王陛下に直談判しに行くだろう。

 そしてそうなれば、王妃様もロキオ殿下に婚約者の事を話すはず。どちらにしたって殿下は、自分の婚約を知る事になるのだ。


 だったら、自分の口から伝えたいと思った。勝手に喋って王妃様に叱られるかもしれないが、どうせ遅かれ早かれロキオ殿下はこの事を知るのだから。


「……殿下。殿下には婚約者がおられるのです」


 私はロキオ殿下を見上げて言った。


「隣国の、サベールの王女との結婚が決まっているのです」


 意を決して伝えると、予想通りロキオ殿下は瞠目して、寝耳に水といった顔をした。

 そして私の言葉を疑うように言う。


「そんな話、私は聞いていないぞ。エアーリアは誰から聞いたんだ。ただの噂じゃないのか?」

「いいえ、噂なんかじゃありません。他言無用と前置きをされて、私は王妃様からこの話を聞いたのですから。……今まで黙っていて申し訳ありません」


 私の情報源が王妃様だと知って、ロキオ殿下の表情は一気に深刻になった。自分とサベールの王女との結婚話は、ただの噂などではないと理解したからだ。

 ロキオ殿下は重々しく言う。


「王妃は何故、そんな大事な話を私にはせず、エアーリアにしたのだ? 王妃は何を考えている」


 言いながら、色々な事を頭の中で整理しているのだろう。ふと一つの疑問に思い当たって、殿下は私に疑わしげな視線を向けた。


「……エアーリア、お前は王妃に何と指示を受けて私のところへやって来た? 本当に他の侍女の指導や手伝いをするためか?」


 ロキオ殿下は、王妃様には何か思惑があって私に婚約者の秘密を話し、そしてロキオ殿下の侍女にさせたのだろうと推測したようだ。

 けれど王妃様の本当に計画には気づいていない。それはそうだ。王妃様が考えたとは思えないくらい、突拍子もないおかしな計画だから。


 私は本当の事を話すべきか迷ったけれど、これからもロキオ殿下のそばで殿下を支えていきたいと決意したのに、主に隠し事をしておく事はできないと思った。

 全てを話せばロキオ殿下は私を嫌いになるかもしれないし、それはすごく恐ろしかったが、このまま嘘をつき続けるのは自分の心が許さない。


「……王妃様は、サベールの王女とロキオ殿下との結婚を決めたものの、結婚に興味がないロキオ殿下は、サベールの王女を愛さないのではないかとお考えになったのです」


 私は罪を告白するように、慎重に話を進めた。


「それで、お二人の結婚が悲しいものにならないよう、ロキオ殿下にサベールの王女を好きになってもらうための計画を立てられました」

「その計画とは?」


 ロキオ殿下の鋭い視線にさらされて、私はごくりとつばを飲み込んだ。


「ま、まず……私がロキオ殿下を誘惑して……」

「誘惑?」


 驚いた殿下の声はそこで大きくなった。私は慌てて続ける。


「誘惑と言っても、辞めた侍女のリィンがしたような事をするわけではありません。ロキオ殿下に、私に恋をしてもらうという事です」


 きっと険しい顔をしているに違いないロキオ殿下を見られなくて、私はワインに濡れた殿下のズボンをじっと見つめた。


「そして恋をしてもらったら、次に私がロキオ殿下を振って、殿下に失恋してもらうのです。それで最終的に、傷心のロキオ殿下にサベールの王女を近づけて、その傷を癒やしてもらうのです。そうすればロキオ殿下はサベールの王女に心を開き、やがて好きになるだろうと」

「馬鹿げている」


 私の言葉に被せるように、間髪入れずにロキオ殿下は言った。


「本当に王妃の計画なのか? そんな馬鹿みたいな計画が成功すると、王妃は本気で考えているのか?」

「あの、でも、実際……途中まで順調に進んでしまっています。殿下は私を……愛していると言ってくださって……」


 そう言うと、ロキオ殿下はハッとして目を吊り上げた。そして私の肩を両手できつく掴む。

 

「痛っ……」

「まさかお前、こうなるように仕向けたのか? フルートーの池のそばで泣いたのは演技か? 私がやったブローチを宝物のように大切にしていたのは!?」

「殿下、痛いです……」

「どこからどこまでが本当で、何が嘘だった!? それとも全部……全てが嘘だったのか?」


 ロキオ殿下の水色の瞳が凍りついた。

 

「……答えろ」


 そして絞り出すようにして声を出し、顔を歪める。

 私は震えながらロキオ殿下を見つめた。


「違、い……ます。違います」


 何度も首を横に振って否定する。


「何が違うんだ」

「ブローチは確かに私の宝物です。……私は、王妃様の計画には反対でした。本当です。だってこの計画では、ロキオ殿下を失恋させて傷つける事になります。そんな事はしたくなかったのです」


 殿下が聞く耳を持ってくれているうちに説明しようと、早口で続ける。

 ただの言い訳に聞こえるだろうけど、でも釈明しなければ私の気持ちは分かってもらえない。何もかもが嘘だったとは思われたくない。

 私は確かにロキオ殿下が好きなのに。


「だからロキオ殿下を誘惑するつもりもありませんでしたし、ロキオ殿下に好かれるための努力もしていません。侍女の仕事だけして、王妃様には適当な報告をしていました」

「嘘だ」


 強い口調で言われて、私は一度言葉を止めた。けれどすぐに震える声を出す。


「嘘じゃありません」

「いいや、嘘だ! 私に好かれるための努力をしていなかっただと!? そんなの嘘に決まっている! 何かしていたはずだ。綿密に計画を立てて、私の心を奪おうとしたはず。でなければ、逆におかしい……」

「何がですか……?」


 ロキオ殿下の顔がじわりと赤くなっていく様子を見ながら、私は困惑した。

 殿下も冷静になれないようで、動揺から抜け出せないまま言う。


「そうだ、仕組まれた事でなければおかしいんだ。こんな、エアーリアのような、真面目で控えめで好感が持てる侍女が、実は私と同じような寂しさを抱えていて、私の気持ちを理解してくれるなんて、こんなのはおかしい」


 独り言を言っているかのように、殿下は続ける。


「こんな、私の理想にぴったり合う相手がいるはずない。私を落とすために作られた役なのだと考えた方が自然だ。お前は本当はもっと違う性格をしていて、もっと違う過去を持っているのだろう?」

「なにを……」

「恐ろしい奴め。道理でおかしいと思ったのだ。私がこんなに人を好きになるなんて……。こんなふうに女性を可愛いと……守りたいと……そして大切にしたい、一生私から離れないようにしたいと思うなんて!」

「あ、あの」


 怒りながら、大声で自分が私をどれだけ愛していたのかを暴露するのはやめてほしい。

 ロキオ殿下は私の腕を掴んで、扉の方へ連れて行く。


「もう何も信じられん! お前の顔ももう見たくない。よくも私を騙してくれたな、覚えていろ!」


 そうして私を部屋の外へ追い出し、悪役が去り際に叫ぶような台詞を叫んで、ロキオ殿下はバタンと扉を閉めてしまった。

 信じてもらえなかったと傷つくべきか、理想にぴったり合う相手と思われたいたのかと喜ぶべきか、私は廊下で一人迷ったのだった。

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