78 日比野愛依は愛してる
「ぐっ……!? かはっ……!」
フォルトゥナは腹部から血を流しながらゆっくりと後退する。
私は、そんなフォルトゥナにケインズ・オブ・カオスを構えながら歩み寄っていく。
「一体どうやってケインズ・オブ・カオスを……」
「私は彼から……ヘイトレッドから、憎悪を託された。それにより、この武器を扱えるようになったの」
「……そういうことですか! ヘイトレッドめ……死んでも邪魔な存在ですね!」
フォルトゥナはそう言うと腹を抱えていた手を光らせる。
すると腹部の傷がみるみるうちに治っていく。
「その力で私に反抗するつもりですか……良いでしょう、ならばより圧倒的な力で叩き伏せて、二度と私に逆らえなくしてあげましょう!」
そう言ったフォルトゥナは両手を横に広げる。すると、彼女の手に虚空から杖が現れる。ケインズ・オブ・コスモスだ。
「さあ喰らいなさい。これが神の怒りです!」
フォルトゥナは杖を頭上に交差させる。
すると、私達のいる部屋の天井の空間に青色の電撃が球体となっていくつも現れる。
「はあっ!」
フォルトゥナは杖を振り下ろす。すると、その球体から私目掛けて稲妻が落ちてきた。
「……っ」
私は杖を頭の上に掲げ、闇の魔力で形成されたバリアを作り出しそれを防ぐ。
稲妻はバリアに触れると消滅し、衝撃すら私に与えなかった。
「さすがに今の程度では防がれますか。ですが、これならどうです!」
フォルトゥナが片方の杖で空間を撫でるように振るう。
すると、彼女が撫でた先にいくつもの魔法陣が現れる。
私はそれを知っていた。それは私がヘイトレッドとの戦いで使ったのと同じ、攻撃魔法だ。
「さあ、大人しくなってもらいますよ!」
フォルトゥナが言うと、魔法陣から次々と太い光線が飛んでくる。
「ふっ!」
私はその光線を素早く移動して避ける。
光線は私が移動すると追随してきたが、それよりも私の移動の方が早かった。
「はああああっ!」
やがて光線が消失するタイミングを見計らい、私はそのままフォルトゥナに肉薄して右手の杖を彼女に突き立てる。
「くっ!?」
フォルトゥナはそれを光のバリアを形成し防ぐ。
「ぬんっ!」
私は更に左手の杖もバリアに突き刺す。
すると、フォルトゥナはなんとか私の攻撃を防ぎながらも、徐々に私の攻撃の圧力により後ろにずり下がっていった。
「なんて力……! これがヘイトレッドの憎しみの力とでも言うのですか……!? そんなものに操られて、あなたは恥ずかしくないのですか!?」
「これは、彼の憎悪の力だけじゃない」
フォルトゥナの歯を食いしばりながらの言葉に、私は返す。
「確かに私が今ここまでの力を発揮できているのはヘイトレッドが私に憎悪を継承したから……でも、私を突き動かす原動力は別にある」
私がそう言うと同時に、フォルトゥナのバリアがパリン! という音と共に割れる。
「きゃああっ!?」
フォルトゥナはその衝撃で壁まで吹き飛ばされる。
「ぐ……!」
なんとか立ち上がるフォルトゥナ。そんな彼女に、私は言う。
「私を動かしている感情、それはみんなへの愛よ」
「……愛、ですって?」
「そう、私は怜子が好き。思慮深くて落ち着きのある彼女が好き。私は茉莉が好き。いつも頼りになって優しさもある彼女が好き。私はユミナが好き。ムードメーカーで、実は思慮深い彼女が好き。私はマリーが好き。まだ幼いながらも必死に努力を怠らず私を姉と慕ってくれる彼女が好き」
「それが、一体なんだと……」
「分からないの? 私はみんなを愛しているからこそ、みんなを害する可能性のあるあなたを許せない。存在させてはならない。みんなの健やかな日々のためなら、私はどんな犠牲でも払う。私はみんなに愛を返す。最大の愛を、全員に等しく振りまく。それが私の愛。みんなを愛することが、私のすべて。私は、みんなを愛している……!」
私の言葉に、フォルトゥナは唖然としているようだった。
しかし、すぐさま彼女は私に言った。
「あなた……相当に病んでいますね」
「私が?」
「ええ、あなたは病んでいる。愛はたしかに尊いもの。しかし、最大の愛をたった一人にではなく、あなたの好むものすべてに振りまくなど、おおよそ常人のすることではないです。ましてやそのために自分自身を犠牲にするなど」
「その自己犠牲を強要したあなたが何を……」
「ええ、確かに私はあなたに自己犠牲を強要しました。でも、ここまでとは思っていなかった。あなたはあなたが愛する者達のためにすべてを捧げようとしている。そこに一切の区別なく。本来人の愛のキャパシティは限られている。自然と最も愛するものは一人に限られるもの。しかしあなたはそれを越えてもなお人を愛そうとしている。あなたに関わる者すべてを平等に。その愛は、まさに病的な妄執としか言いようがないです」
「…………」
フォルトゥナの顔も、言葉も、そこには私を惑わそうとしている様子はなかった。本心から私を病的と見ている目だった。
確かに私はそういう意味では病んでいるのかもしれない。両親がそうだったように、関わる人みなに同じ愛を振りまく存在になってしまったのだろう。
いくら愛を貰っても、返せる愛がすべて同質な存在に。
「……それでもいい」
しかし、私はそんな自分に対して、そう思った。
「例え私が病んでいたとしても、それでみんなを救えるのならば、それでみんなのこれからを守っていけるのならば、私はいくら病んでいても構わない。なぜなら、それが私の愛なのだから」
そして私は杖を振りかぶる。フォルトゥナにトドメの一撃を与えるために。
「くっ!?」
フォルトゥナは立ち上がれず、仕方なく彼女のケインズ・オブ・コスモスで防御態勢を取る。
私はそんな彼女の手のひら目掛けて杖を投げる。
「がっ、があああああああっ!?」
フォルトゥナがバリアを展開するより早く、彼女の両の手のひらにそれぞれケインズ・オブ・カオスが突き刺さる。
それにより、彼女の手からはケインズ・オブ・コスモスが落ち、床に転がる。
私はそうして磔状態になっているフォルトゥナにゆっくりと近づく。
「か、考え直しなさい……! 人じゃなくなったあなたが私を殺したら、あなたは真に孤独となってしまうのですよ!? 誰もあなたを愛さない! いくらあなたが愛しても、愛が返ってくる事はない、永遠の孤独に! そんな虚無に、人であったあなたが耐えられると思うのですか!?」
「…………」
「お願いです! 止めてください! あなたが誰も真に愛せない存在だとしても、私はあなたを愛することができる! あなたの妄執を癒やすことができるのは神である私だけ! だから――」
「――黙れ」
私はフォルトゥナの目の前に経つと、彼女に覆いかぶさり、彼女の顔面を殴った。
「がっ……!?」
そして、また殴る。殴る。とにかく殴る。
拳が血で真っ赤に染まっても殴る。
視界がどんどん赤く染まっていっても殴る。
彼女の反応がなくなっても、殴る。
殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る…………。
…………やがて、殴る感触が完全になくなった後に、私は拳を収め、完全に血で染まった視界から血を拭い去る。
そこにはもう、フォルトゥナの頭はなくなっていた。ぐちゃぐちゃに成り果てて、頭だった残骸が残るのみだった。
最後に、私はケインズ・オブ・カオスを引き抜くとフォルトゥナの遺骸に向けて振るう。
すると、その遺骸に炎が付き、燃えていく。こうして、彼女の体は灰となり、元の形は完全に消え去ったのだった。
「……ふぅ」
すべてを終えた私は、一人フォルトゥナが座っていたと思わしき華美な装飾のしてある椅子に腰を下ろす。
そして、ゆっくりと天井を仰ぎ見て、瞳を閉じるのだった……。




