68 果てなき雪原
「うへーマジか……」
ユミナが目の前に広がる雪原を見て声を上げた。
「もうずっと雪ばっかじゃん……これ行くのかぁ」
「まさかこんな雪の中になるなんて……さすがにこれは私も予想外だった」
私もつい苦い顔で言ってしまう。
雪原は本当に雪しかなく、指針がなくては絶対に迷ってしまう自信すらあった。
「でも、この雪原を越えないと帰れないんだよねぇ」
「そうだね……行くしかないよ」
私とユミナは既に辟易しつつもそう話す。
そして私がまず先頭となり、杖を掲げて真っ白な世界に足を踏み出す。
「うう、やっぱり寒い……!」
私は思わず言う。しかし、ここで私がへばってはみんなのところに帰る事ができない。
なので我慢して杖を構えて唱える。
「ナビゲート!」
そうすると、杖についている宝珠が光の輪が私を中心に放つ。
と同時に、一筋の光が杖から私の前に伸びる。行くべき場所を指し示す光だ。
「こっちに行けばいいらしい。それじゃあ行こう、ユミナ」
「うん。了解」
こうして私達は雪原を歩き始めた。
雪は私達の足首まで嵌まる程度に深く積もっており、雪に慣れていない私達はいつもよりも進むのに体力を使っているのが分かった。
「んっ……!」
「ふぅ……ふぅ……」
更にそれだけではなく、凍てつく寒さも私達の体力を奪う。
吹きすさぶ冷風は、私達の手や顔から体温を奪っていき、赤く色を染め上げていく。
「これはなかなか……」
「大変だねぇ……」
日本でもこちらでもほとんど積もるような雪を体感したことがなかった私達にとっては、なかなかに困難な行路となっていた。
だが、音を上げるわけにはいかない。私達は頑張って進んでいく。
だが、そんな私達にさらなる試練が襲いかかってきた。
それは、屋敷を離れ歩き始めてから四十分ほど経ってからの事だった。
「……なんだか、だんだん天候が悪くなってきてない愛依っち?」
「そうだね……もうすっかり曇り空だし、風も強くなってきたし……」
「さらに雪もちらほらと降ってきたね……これ、もしかしたら吹雪くんじゃないかな?」
そのユミナの言葉はズバリ当たった。
どんどんと悪化していく天候は、つい吹雪へと姿を変えていったのだ。
「う……! これはなかなか……!」
勢いよく吹く突風が雪を運び、私達の体を痛めつける。
視界はどんどんと失われていき、ついには魔法の光がなければどこへ進んでいるかも分からないぐらいになってしまったのだ。
「きっつ……! なんでハピネスはこんなところに屋敷を建てたのさぁ……!」
「喋ると口に雪が入るよユミナ……! とにかく、進むしかないよ……!」
私達はそれでもなんとか進んでいく。
だが、吹雪は私達の進行方向とは真逆の向かい風として吹いてきて、余計私達の体力を奪う。
「うう、吹き飛ばされそうだよぉ……!」
「そうだね……せめて暖を取れればいいんだけれど」
「……そうだね、ちょっと試してみよう。エンチャントソード、ファイア!」
と、そこでユミナが吹雪の中、剣を出して唱える。
すると彼女の剣に炎が宿り、僅かだが暖かさに包まれる。
「そうか! 魔法での属性付与で……!」
「うん、戦闘以外でこんな使い方をするとは思ってもなかったけれどねー」
「それじゃあ私も……プロテクト!」
私はナビゲートに加えて別の魔法を唱える。防御呪文を。それにより、私達の体を光の防壁が包み込み、体に当たる雪をなんとか防いでくれた。
「おおっ、愛依っちも面白い使い方するじゃん!」
「まあね。ただ、魔法の多重発動を継続するのはなかなかに精神力を削るから、早く着いて欲しいんだけれど……」
「そうなの? じゃあ無理はしなくても……」
「いや、ここで無理をしないと最悪全滅だし。だから無理させて。お願い」
私はユミナに笑って言う。
「まあ、愛依っちがそう言うなら……」
私の言葉に彼女も納得してくれたみたいで、私達はそこから歩みを再開する。
魔法の防護とユミナのエンチャントのお陰で、先程よりも私達の歩みはずっと早くなった。
だが、それでもやはり寒さを完全に凌ぐことはできないし、足を取る雪や向かい風は依然として私達の進行を邪魔してくる。
私達はそれでもなんとか進んでいく。周囲の風景はところどころに枯れ木や岩陰が見える様になって来たため、前に進んでいる事は分かってきた。
だが、未だに目的地は見えてこない。
「はぁ……はぁ……」
そうしていくうちに、私の体力はどんどんと奪われていった。
魔法の多重発動もあるが、純粋にこうして体力を消費する事に関しては私がみんなの中では下から数えた方が早いというのもあった。
「愛依っち大丈夫? ちょっと魔法の発動だけでも止めたほうがいいんじゃ……」
「だ、大丈夫……ここで止めたら、二人で共倒れしちゃうかもだし……それに、ここで頑張らないといつ頑張るのって感じだし」
私は心配するユミナに笑って言う。だが、その笑顔が無理をしている事に、ユミナは気づいているような顔をしていた。
だがここで歩みを止めるわけにはいかない。私達は進んでいく。ひたすらに、歩みを進める。
しかし、そうして歩いて三十分したときであった。
「……あ、れ?」
私は体から力が抜けていくのを感じる。同時に、強い疲労感が襲ってくる。その直後、私は雪の中に手をついてしまった。
「愛依っち!?」
「……ごめん、ちょっと限界来ちゃったかも」
私は素直に言う。どうやら、体力が底をついたようだった。意識が朦朧とする。体が動かない。
どうやら、私はここでダメかもしれない。
「ユミナ……この杖を持って、行って……私、多分ダメだ……」
「そんな事言わないでよ! 愛依っちが諦めるなんてらしくないよ!」
「でも、体が動かなくて……」
「……だったら!」
と、そこでユミナは思いがけない行動に出た。なんと、剣をしまいその場で私をおぶり始めたのだ。
「ユ、ユミナ……!?」
「愛依っちはうちが助ける……! いつも愛依っちに助けられているんだ……これぐらいどってことないよ……!」
「だ、ダメだよ……このままじゃ、二人揃って死んじゃうよ……」
「それがどうした! うちは愛依っちと死ぬなら、本望だよ! だから少し黙ってて! 余計に体力を消費するよ!」
そうしてユミナは私をおぶったまま歩き始める。
進む先は依然かろうじて握れている杖が指し示していた。
吹雪の中、担がれ進む私。だが、私の意識はどんどんと曖昧になっていく。
「はぁ……はぁ……!」
「愛依っち! しっかりして愛依っち!」
ユミナの声が朧気に響いてくる。やがて、視界もどんどんと闇に落ちていき、私は意識を失った……。




