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66 ストーカー再び

「むむむ……」

「どしたの愛依っち?」


 旅の道中、私の唸り声を聞いてユミナが訪ねてきた。他のみんなも不思議そうな顔をしている。


「……みんなは感じてない?」

「何を?」

「その……視線をさ」

「視線? ……ああ」


 と、そこでユミナを初めとしたみんなが納得した顔をする。

 この感覚に私は覚えがあった。なので私は視線を感じる先に振り向き、言う。


「ハピネス! いるんでしょ! でてきなさいよ!」

「くすくすくす……! さすがですわねぇ愛依、すぐに気づきましたわねぇ……」


 すると私の言葉に応えて何もなかったはずの空中から彼女が現れた。そう、ハピネスだ。

 かつて私をつけ回し、逆に私に角を折られたサキュバス。

 そんな彼女が、再び私の前に現れたのだ。


「ここしばらくは大人しかったのに……また私を付け回すつもりなの?」

「あら付け回すなんて人聞きの悪い。わたくしはただ恋人の影を追っていただけですわ」

「恋人? だれがよ」

「それはもちろん、あなたに決まっているじゃないですの。愛依」

「…………」


 私は呆れて言葉もでなかった。他のみんなもそのようだった。

 しかし、ハピネスは楽しげな表情で続ける。


「わたくし、あなたに角を折られて気づきましたの。わたくしとあなたは運命の赤い糸で繋がっているのだと。だって人間の身でわたくしに癒えぬ傷を残せたのですよ? そんな人間ほかにはいませんわ。そんなあなただからこそ、我が伴侶にふさわしい……そうは思いませんこと?」

「いや全然思わないけれど」


 私は手を振って否定する。しかしそんな私の言葉は彼女には届いていない様子でもあった。


「今はまだ気づいていないようですけれど、きっと愛依もわたくしの事を愛しているに違いありませんわ。故にわたくしにこのような傷を残したのです。ええ、そうに違いありませんわ」


 そう言いながらハピネスは折れた自分の角を撫で始める。その姿は、どこかおぞましさすら感じた。


「だから愛依。さあ今からでもかまいませんわ。このわたくしの下に来て、共に夫婦の契りを――」

「――おっと、そこまでだ」


 と、手を伸ばすハピネスを遮る姿があった。茉莉だ。

 さらに、怜子やマリーもまた私の前に出る。ユミナだけは位置を変えず後頭部に手を置いて私達を見ていたが、表情自体はともかくその目は笑っていない。


「これ以上愛依に何かしようってんなら、アタシ達が相手になるぜ」

「私達だって以前の私達じゃないんだよ。お姉ちゃんを守ってみせるし、足手まといにもならない。ね、キトラ」

「ガアアアア!」

「だ、だから……大人しく諦めて……!」


「ま、うちらが言うのもなんだけどそっちの言い分は支離滅裂だからねー。ここでうちら全員を相手するつもりなら、それでもいいけど?」


 四人が私を守るためにハピネスを睨みながら言う。彼女達のその気持ちは素直に嬉しかった。

 だが、同時にそれは危険性も孕んでいるのを感じていた。彼女達の身がハピネスによって危なくなる可能性、そして同時に彼女達の感情が暴走する可能性、その二つだ。


「みんなどいて……」


 だから私は一歩前に出る。そして言う。


「ハピネス。あなたが私を狙っているのは分かる。でも、私は以前も言ったように、あなたのモノになるつもりはない。だからあなたが私に……いや、仲間達に手を出そうとするのなら、私はあなたを倒すしかない。お願い、私に武器を取らせないで」

「ふぅん……」


 ハピネスはあくまで余裕の笑みを見せてくる。そうした状態で彼女はしばらく品定めをするように私達を見比べている。


「……ええ、分かりましたわ」


 と、不意にハピネスは言った。


「ここは引かせて貰いましょう……でも、いずれわたくし達は決着をつけなければならないでしょう。愛依がわたくしに下るか、わたくしが滅ぼされるか……」


 ハピネスがそう言った直後、彼女の後ろに赤黒い魔法のゲートが空中に現れる。

 もう見慣れた、上級のモンスター達が使う移動用の魔法だ。


「愛依、わたくしと決着をつける覚悟ができたらこの先の街、ヒールケニアにあるホスカーン廃教会で待っていますわ……もちろん、皆様方をお連れしても構いません。戦うというのなら、すべて返り討ちにしてあげましょう。クスクスクスクスクス……!」


 ハピネスはそう言って背後のゲートの中に消えていった。

 私達は未だ緊迫した空気の中、しばらく立ち尽くしたのであった。



   ◇◆◇◆◇



「おっ、旅人さんかい? ようこそヒールケニアへ!」


 翌日。私達はハピネスが言っていたヒールケニアの街を訪れていた。

 街には雪が降り積もり、白色が屋根や道を染めている。


「この時期に来るってことは観光かい? この街は雪景色が綺麗だからね」


 そんな私達に入り口で話しかけてきたのは街の入り口を警備している衛兵さんだった。とても気さくな態度で私達に接してくる。


「いえ、これより先を目指して旅をしていまして……」

「これから先? と言ってもこの街より先には大きな場所はそんなにないけれどな。あとはモンスターの領域が多くて危ないし、オススメはしないよ」

「いえ、それでもいかないといけないので……」


 私は詳しい事情は伏せながらも、衛兵さんに言う。すると、衛兵さんは何かを察した顔で言う。


「そうか……まあ、何か事情があるんだろう。気をつけるんだよ」

「はい、ありがとうございます」


 私達はそれで会話を切り上げ、頭を下げてから街の中に進もうとする。


「ああ、ちょっと待ってくれ」


 と、そのとき衛兵さんが思い出したように言う。


「ここから先に進むなら、東にはいかないほうがいいよ。そこには上級モンスターが救っているっていう屋敷があってね。そこにいった冒険者は誰も帰ってきたことはないんだ」

「……忠告ありがとうございます。気をつけます」


 私達はそこで再度頭を下げて、街を進むのであった。まずは宿屋に。そしてその後に、ハピネスの言っていたホスカーン廃教会へと行くために。



「……さて、いいんだな愛依」


 さらに翌日。私達は街の人に話を聞いて、街外れにある件のホスカーン廃教会の前を訪れていた。


「うん。みんなこそ良かったの? これは私とハピネスの問題なのに」


 私は茉莉の言葉に頷き、更に聞き返す。

 すると、みんなは少し呆れたような笑いを見せた。


「愛依ちゃん……愛依ちゃんの問題はわたし達の問題でもあるんだよ? 無視できるわけないじゃない」

「そうそう。ま、大船に乗ったつもりになってなって。うちらがぱぱっと片付けちゃうからさ」

「それにお姉ちゃんの問題ってだけでもない。私達だって、昏睡させられた借りがある」

「ああ、だからムカつくやつをぶん殴れるなら願ってもないことさ」

「みんな……」


 私はみんなの言葉に心が温かくなるのを感じた。

 大丈夫、私にはみんながいる。それに、ハピネスには一度勝っている。ならば、また勝つ事だってできるはずだ。


「それじゃあ……行くよ」


 私はみんなに頷きながら廃教会の扉を開いた。

 廃教会はそれなりに大きく、ボロボロになった礼拝堂の道が長く伸びている。

 私達はその礼拝堂を歩く。


「ハピネス! 約束通り来たわよ! 出てきなさい!」


 そして叫ぶ。

 私が倒すべき敵の名を。


「…………」


 しかし、反応は返ってこない。


「どういうこと……? もしかして騙された?」


 私は不思議に思い礼拝堂を調べる。他のみんなも私に倣い、それぞれが広い礼拝堂に少しずつ散らばって調べ始める。

 そうして、みんなの距離がいつの間にか離れていく。そんなときだった。


「つーかまえた」


 それは一瞬の出来事だった。みんなの気がそれぞれ逸れたタイミングで、私の耳元でその言葉は囁かれたのだ。


「っ!?」


 すぐさま振り返ったときにはもう遅かった。私の体はハピネスに掴まれ、だんだんといつの間にか現れた闇のゲートへと引きずり込まれていったのだ。


「愛依!?」

「愛依ちゃん!?」

「お姉ちゃん!」


 みんながそれぞれ気づき反応する。だが、その段階で既に私の体はほぼ闇に包まれていた。


「みんな……!」


 私は必死に手を伸ばす。だが、そうしていくうちにも私の体は引きずり込まれていき――


「瞬歩っ!」


 その瞬間だった。ユミナが、一瞬にして私の手を掴んだのだ。それはユミナの剣士としてのスキル発動だった。一瞬にして相手との距離を詰めるスキルだ。

 それをユミナは私に向けて発動したのだ。


「うっ、わああああああああああっ!?」


 だが、ユミナは私を引き戻せなかった。それどころか、ユミナまで一緒に闇に連れ込まれてしまったのだ。

 こうして、私とユミナは二人で闇に飲まれてき、教会から姿を消してしまうのだった。


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