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62 過去と未来

「……ありがとう、お姉ちゃん。その……色々と」


 泣き終えたマリーを離すと、彼女はまだ鼻を赤くしながらも私にお礼を言ってきた。


「ううん、いいんだよ。さあ、早くここを出よう」


 私は立ち上がり、彼女に手を差し伸べる。マリーはその手をそっと握った。


「……うん!」


 そして立ち上がるマリー。そんな彼女の肩に、キトラが止まる。


「キュイ」

「キトラ……! ありがとうキトラ、お姉ちゃんを連れてきてくれて。それにキトラが宝石を持っていってくれてなかったら、私殺されてたかもしれない」

「シャアアア!」

「わ、分かってるよ……今回は私が悪かったって。でももう大丈夫。勝手に一人で突っ走ったりはもうしないから」


 耳元で鳴くキトラに、マリーは少し申し訳なさそうな顔で言う。

 私はそんなマリーとキトラを見ると思わず微笑んでしまう。


「ん? お姉ちゃんどうしたの?」

「ああごめん。やっぱりマリーとキトラは、仲がいいなって」

「へへ、まあね……。物心ついたときから一緒にいるし」

「うん、やっぱりそういう心を許せる友達は必要だよ。私も、どれだけ助けられてきた事か……」


 怜子、茉莉、ユミナ。

 あの三人は私にとってかけがえのない存在だ。私は彼女達をとても大事に思っている。愛していると言っても過言ではないだろう。

 だから、何が何でも三人は私が守らないといけない。そう、私が……。


「……お姉ちゃん?」

「ん? どうしたのマリー?」

「いや、一瞬お姉ちゃんの目……いや気のせいだよね。なんでもない。それより早くここを脱出しよう。そして、みんなのところに戻ろう」

「うん、そうだね。それじゃあいこう」


 そうして私達は牢屋を出て走り出す。倒したモンスターの死体を越えて、牢獄を抜ける。

 牢獄が並ぶ部屋を二人で出ると、正面からドタドタという多くの足音が聞こえてきた。

 モンスター達の足音だ。

 私達はとっさに近くの岩陰に隠れる。そしてしばらく身を潜めていると、大勢のモンスター達が私達の隠れている岩陰のすぐ横を走り抜けていく。


「……!」


 私達はぐっと堪えて息を殺す。


「……みんな行ったみたいだ。よし、動くよ」


 そしてモンスター達が牢獄の方に完全に向かっていったのを確認すると、私達はまた動き出す。

 できるだけ急いで、しかしなるべく足音を殺しながら。

 そうやって進んでいき、牢獄と広間の中間地点あたりに来たときだった。


「お姉ちゃん、また前から来る……!」

「そうだね……でも、後ろからも来てる……!」


 前、そして後ろの両方からモンスター達のうるさい足音が聞こえてきたのだ。

 道が少し曲がりくねっているためまだお互い姿は取られられていないが、このままではすぐに見つかってしまうだろう。


「どうしようお姉ちゃん、戦う!?」

「そうするしかないかな……!」


 私達はそれぞれ杖と宝石を構え、臨戦体勢を取る。だがそのときだった。


「キュイキュイ!」


 とキトラが横で鳴き始めたのだ。そしてその方向を見ると、来るときには気づかなかった亀裂があるのを見つけたのだ。人一人なら余裕で通れそうな亀裂だ。


「キトラ、ナイス! マリー、こっちに隠れよう!」

「うん!」


 私達はその亀裂に体を横にして入っていく。そしてできるだけ奥へと進んでいった。


「……?」


 すると、その亀裂の奥にも空間があるのを私は見つけた。私は奥へと進み続け、その空間へと出る。

 続いて、マリーも出てくる。


「こんなところに空間があったなんて……でも暗くて何も見えないな……ライト!」


 私は真っ暗な空間を照らすために杖の頭を魔法で光らせる。もちろん、亀裂から光が漏れないように気をつけながら。

 すると、空間は縦が四メートル、奥行きと横幅が六メートルほどの小さな方形であることが淡かった。

 そして同時に、それは光によって映し出された。


「お姉ちゃん、これって……」

「うん……壁画だ」


 そこにあったのは壁画だった。しかも、かなり古いものと思われた。なぜならだいぶかすれており、光を近づけないとはっきりとその色使いを読み取れないぐらいだからだ。


「こんなものがここにあったなんて……怜子が見たら喜びそうだな」


 私はそんな事を言いながら光で照らしじっくりと壁画を見てみる。

 すると、ある事に気がついた。


「……え、これって……私達?」


 そこに描かれているのは、私の推察に間違いがなければ、私達五人の姿だったのだ。

 白いローブを身にまとった黒のポニーテール、黒いローブに黒のロング、赤い髪に銀の鎧、金髪に緑の軽装、そして小さな竜と共にいる白いドレス。それぞれ私達の特徴にぴったりだ。

 更に驚いたのが、その私達と思しき五人組の反対側に、黒いトゲトゲしい鎧も描かれているのだ。その姿に私は見覚えがあった。それは、ヘイトレッドだ。

 また、私達とヘイトレッドの上には、金髪で白衣の女神が描かれている。これも見覚えがある。私にこの杖を与えた女神、フォルトゥナだ。

 つまり私達とヘイトレッドが対峙し、それを女神が眺めている姿が、その壁画には描かれていたのだ。


「どういうこと……? これ、かなり古いみたいだけれど……昔からこの世界に私達が現れることが予言されていたってこと……?」


 私は混乱する。これじゃあまるで、私達がこの世界に来たのは、遥か昔から決定づけられていたみたいじゃないか……。私達の苦楽がすべて決められていたなんて、そんな事……!


「……お姉ちゃん?」


 マリーが心配そうに私の袖を掴む。

 どうやらだいぶ険しい顔をして彼女を怖がらせてしまったらしい。

 私はすぐ笑顔をつくろう。


「……ごめん、ちょっと考え事しちゃってて。大丈夫、安心して」


 私はそう言いながらマリーの頭を優しく撫でる。

 一番心がざわついているのは私なのだが、マリーまで私の動揺で困らせるわけにはいかない。

 私はすぐ壁画から目を離し、他の壁に目を向ける。


「あっ、見てマリー。あそこにも人が通れそうな亀裂があるよ。もしかしたら他の通路と繋がっているかもしれない。通ってみよう」

「う、うん」


 ……ちょっとわざとらしかったかな。でも、そこを通って別の場所にいってみようっていう考え自体に嘘はないし。

 私はそうしてマリーと共にまた別の亀裂を通ることにした。先程見た壁画に後ろ髪を引かれそうになるも、それを必死に振り払って。



 そうして私達は目論見通り別の通路に出た。そしてそこの通路にはモンスターの影はなく、私達は今のうちにとその通路を走り、広間へと向かった。


「広間にはまだモンスターがいるかもしれない。もしそのときはできるだけこっそり動くけれど、見つかったら力づくで突破するよ。いいねマリー」

「うん、お姉ちゃん!」


 そうして私達は広間に出る。しかし、


「……モンスターが一匹もいない?」


 広間はびっくりするほど静かだった。モンスターどころか、ネズミ一匹すら見当たらない。

 あたりには放置されたやぐらや樽、トロッコがあるだけであった。


「これは、一体……いや、偶然出払ってるだけかもしれない。今のうちに行こう、マリー!」

「はい!」


 そうして私達は出口の方へと駆ける。そして、その出口の横穴に入ろうとした、その瞬間だった。


「うわっ!?」


 眼の前に、突如青い炎が燃え上がり始めたのだ。何も燃えるものはないというのに。

 それだけではない。

 他の横穴も動揺に青い炎で道が封じられたのだ。


「これはまさか……!」

「……ほう、相変わらず勘が鋭いようですな、日比野嬢」


 そのとき、広間の遥か上から声がした。私とマリーは見上げる。そこには、ゆっくりと降りてくる黒いモヤの亡霊、スペクターのソローがいたのだった。


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