58 大好きなお姉ちゃん
「むむむ……!」
その日訪れた街の宿屋で、マリー達が真剣な表情をしていた。
四人の手にあるのはトランプ。今、彼女達は私との時間をかけてババ抜き勝負をしていたのである。
「にしても、じゃんけんに飽きたからってババ抜きって……」
私は苦笑いしながら言う。
「だってじゃんけんばかりだとさすがに華がないじゃーん」
ユミナが片手をひらひらさせながら言う。彼女の手札は少なく、もう少しで上がれそうといった様子だった。
「まあ、さすがに毎回じゃんけんはね……ちょっとはバリエーションが欲しい……」
そう言う怜子は手札をじっと睨みながら言う。彼女の手札は四人の中だと一番多かった。
このままいけば負けるだろう。
「むむ……!」
「どうでもいいから早く引いてくれよ。このままじゃ日が暮れるぞ」
茉莉がマリーに言う。マリーの手札は一枚、茉莉の手札は二枚。そして私からは見えているのだが、茉莉の片方の手札はジョーカーである。
それもマリーは察しているのか、かなり慎重になっているようだった。ここでダメなら茉莉が勝利する可能性がぐんと上がる。故にマリーとしてはここでジョーカー以外を引きたい手番であった。
「……これだああああっ!」
マリーは勢いよく茉莉の手札からカードを引く。すると、
「……揃ったああああああああ!」
ぱぁん! と手札をテーブルに叩きつけ、勝利を宣言する。確かに彼女の手札はダイヤのジャックが揃っていた。
「うへ! マジかぁ……」
「うーんまさかジャストで引くとはねぇ」
「ま、負けた……」
三人が悔しそうに言う。一方でマリーはぴょんぴょんと跳ね跳びながら喜んでいる。
「やったあああ! これで今日は私とだよ! お姉ちゃん!」
「分かったからちょっと落ち着いて、マリー」
私は苦笑いしながらも彼女にそう言うのだった。
「それじゃあどうしようか。どこか行きたいところはある? マリー」
マリーを落ち着かせ、広げていたトランプを片付けたあとに私はマリーに聞く。
「うーん、よく考えれば私この街のこと全然知らないんだよね……」
「それもそうだよね。初めて訪れた街だし」
マリーの言葉に私は頷く。むしろ他のメンバーはよく初めて訪れた街の事をリサーチできてたな……と思った。
「とりあえず外歩いてみようよ。何か面白いものが見つかるかもしれないし。ねーキトラ」
「キュイキュイ」
マリーの言葉にキトラが頷く。そうして私達は宿から出て街を出歩いてみることにした。
「さーて、何か面白いものはあるかな?」
私は人の多い街道を歩きながら言う。
「あ、待ってお姉ちゃん!」
と、そこでマリーが駆けながら言う。
「ああごめん。早かった?」
「ううん。大丈夫なんだけどちょっと人混みがね……」
「そっか。確かにこの街は人が多めだからね……それじゃあ、手を繋いで歩こうか。それなら安心だ」
「え!? お姉ちゃんと手を!?」
マリーが驚いたように言う。
「うん。嫌だった? そりゃそうか。マリーもいい年だからねぇ」
「ううん、そんな事ないよ! 繋ごう、手!」
そして私の言葉に食い気味に言い、私の右手をすぐさま握った。
「へへへ、お姉ちゃんと手繋ぎ……」
マリーはとても嬉しそうにしている。手を繋いだだけでこの喜びようである。私はちょっと面食らってしまったが、彼女が嬉しそうならそれでよい。
「それじゃあ行こうか」
「うん!」
そうして私達は手を繋ぎながら道を歩く。おかげで人の波にも特に苦労せずに歩くことができた。
私達はそうして街を眺めていく。街はそれなりに大きな街であり、いろんな店が立ち並んでいた。
でも、私達が二人で入るような店はなかなかない。
そう思っていたところだった。
「あ、お姉ちゃんあれ見て!」
マリーが空いた手で指を差す。そこには、食べ物を売っているいくつかの出店が並んでいた。
「おいしそうだよ! ちょっと行ってみようよ!」
「うん分かった分かった。だからゆっくりね」
私の手を引いて走るマリーに私は苦笑しながら言う。
とことことマリー先導で出店を眺める。すると、
「やあお嬢さん達! りんご飴はどうだい!」
と、出店の一つをやっているおじさんから声をかけられたのだ。
「へーりんご飴かぁ、そういや久しく食べてなかったなぁ」
そもそもりんご飴なんて食べる機会は全然なかった。日本にいたときにお祭りでみんなとたまに食べたぐらいである。
「お姉ちゃん、りんご飴って?」
「ああ、マリーは食べたことないのか。えっとね、ほら、見てご覧。りんごが飴でコーティングされてるでしょ? まあ、そういうお菓子だよ」
「へぇー……」
「おやお嬢ちゃん、りんご飴を食べたことないのかい? そりゃもったいない! ほら、あげるよ!」
「ええ!? いいんですか!?」
「ははっ、いいんだいいんだ。その代わり、お姉さんの方にはちゃんと買ってもらうからね」
出店のおじさんが笑顔で言う。こりゃ買わないわけにはいかないな……と思い、私は財布からお金を出しりんご飴を一つ買う。
これでマリーとおそろいとなった。
「ありがとう、おじさん!」
「いいっていいって! 仲のいい姉妹割りって事でさ! ゆっくり食べなよ!」
「……ありがとうございます」
私はペコリと頭を下げる。そしてその場を離れ、近くにあったベンチに座ってりんご飴を食べ始める。
「ん! おいしい!」
マリーが齧ったあとに咀嚼しながら言う。
「ほら、しっかり飲み込んでから喋りなさい。あと、口元に飴ついてるよ」
私はポケットからハンカチを取り出しマリーの口元を拭く。
「ん、ありがとうお姉ちゃん……。ところでさ、さっきのおじさん私達を姉妹って思って疑わなかったよね」
「え? ああ、そういえばそうだね」
マリーに言われて気づく。確かにマリーがお姉ちゃんと言ったのもあったが、あのおじさんは私達を実の姉妹と思っていたようであった。
「えへへ……やっぱり私達は、お揃いの姉妹なんだね、お姉ちゃん」
マリーは嬉しそうに言う。私はそんなマリーの頭を優しく撫でる。
「ふふ、まあ実のってわけじゃないけれど、お揃いっていうのは結構嬉しいね」
「むー、私としては“実の”ってところも大事にしたいところだけれど」
「ははは。まあマリーとしてはそうだよね。でもそこの線引はしっかりするからね、私は」
「……むー」
ちょっと不機嫌そうなマリー。でも癇癪を起こさないだけ彼女も成長したなぁと私は思う。
私からしても彼女は可愛い妹のような存在だ。できるだけ大切にしたいと思っている。
でも同時に、踏み込み過ぎないようにとも考えている。
あくまで“姉妹のような関係”がいいところなのだ。それ以上は、不幸を呼ぶかもしれないから。
「……どうしたの? お姉ちゃん?」
と、少し考え込み過ぎたらしい。マリーが私の顔を覗き込んでくる。私はさらにマリーの頭を撫でて、笑顔を見せる。
「……ううん。ただ、マリーは可愛いなって」
「お、お姉ちゃん……もうそういうところだよ。でも、お姉ちゃんのそういうところ、大好き……!」
「キュイキュイ!」
「もちろん、キトラも同じくらい好きだよ! 分かってるって!」
マリーは満面の笑みで言っている。本当に可愛らしい子だ。私が、守らないとね、この笑顔を。
それがきっとお姉ちゃんの代わりをしている私の、役目なのだ。
……そう誓ったはずなのに。
私はすぐさま大きく後悔することになる。
「マリー! マリー!」
「……お姉、ちゃん」
暗い洞窟の中で、私はボロボロになったマリーを抱え、必死に彼女の名前を呼ぶことになったのだから。
それは、ここより少し先、海辺の街にたどり着いてからの話である……。




