54 怒りの刃
「…………」
「…………」
私と茉莉は無言で岩道を歩む。
疲労による疲れを表に出せないほど、私と茉莉の空気は張り詰めていた。
彼女は私を思い、私もまた彼女を思っているはずなのに。
「…………」
でも、私は何か彼女に声をかけないといけないと思う。
何もしないままでは、また茉莉は以前のように周りを傷つけてでも私を守ろうとする彼女になってしまうからだ。
相手がモンスターのうちはいい。でも、その矛先が人間に向いたら、必ず彼女は後悔する。
その確証が私にはあった。
だって彼女は優しい子だから。
そのときの怒りに身を任せることはあっても、そのまま暴虐に振る舞う子じゃない。
「……ねぇ、茉莉」
故に私は、彼女と話さなければいけないのだ。
怯えてばかりはいられない。勇気を出すときなんだ。
「…………」
だが、彼女は答えない。私の言葉に振り向こうとしない。
「茉莉、茉莉ったら……」
私は再三彼女に声をかける。彼女に声が届くまで、何度も。
「ねぇ、茉莉――」
「――愛依、悪いけど少し黙っててくれないか。今は、ちょっと話したい気分じゃないんだ……」
だが、ようやく返ってきた返答は、拒絶だった。
「え……?」
私は面食らう。まさかここまではっきり拒絶されるとは思わなかったから。
「……あっ」
直後、茉莉は蒼白とした、怯えた表情をする。
「ち、違うんだ愛依! お前の事が嫌いになったとかそうじゃなくて……!」
そのあと立ち止まり、言い訳をするかの如く腕を広げて言う。
「……とにかく、今はその、前に進む事に集中したいんだ。だから……その、すまない……」
そうしてまた、歩き出す。私に寂しげな背中を見せながら。
「茉莉……」
私はつい立ち尽くす。今の彼女の態度からして、私に敵意があったわけではないのだろう。
だが、直接的な会話の否定は思ったより堪えたところがある。
茉莉はなんだかんだで私が対話を求めればいつも答えてはくれていた。だが、今の彼女は完全に対話を拒否し、心を閉ざしている。
どうしてかは知らない。
きっと、私の事を思っての行動なのではとは思う。
それは先程の戦いの直後に私に語りかけてきた姿からも想像できる。
でも、やはり。
拒絶されるのは、辛い。
「…………」
私は再び足を動かす。
今は彼女についていくしかないと、そう思ったからだ。
だが、さっきのように話しかける勇気はもう湧いてこなかった。
「……んん……はぁ」
それから少し進んで、私達は少し高い段差が連続している場所に突き当たった。
身長よりも少し距離がある段差だ。そして、その段差には一応手を引っ掛けられそうなくぼみやでっぱりがあった。
今、私達はそこを登りながら上を目指していた。
「ふっ……ふっ……」
茉莉はすいすいと岩壁を登っていく。
「う……ふう……ふう……」
一方で、私は少し登るのに時間がかかっていた。
これでも一応身体強化の魔法はかけてある。というか、そうでもしないと登れなかったろう。
だが基礎体力や筋力の違いか、前をいく茉莉からは少しずつ離されていった。
お互い会話がなく、茉莉は基本振り返らないから距離のバランスが取れないのだ。
「……はぁ、はぁ」
私はどんどんと息が荒くなっていった。だが、それでも茉莉に“待って”と声をかけることはできなかった。
私はすっかり臆病になってしまっていた。
さっきの彼女からの拒絶が、大分心に来ていた。
ついに茉莉は連なる岩壁の段差の一番上まで登り切る。私も遅れじと頑張って登る。
そうしてやっと、岩壁を登りきった。
「はぁ……はぁ……!」
私は手を膝に突き肩で息をする。さすがにちょっと動けない。茉莉との距離も少し離れてしまった。
そんなときだった。
ドォン! という音と共に目の前に巨大な体躯が降りてきたのだ。
「ブモオオオオオオオオオオオオオオ!」
それは、ミノタウロスだった。巨大な斧を持った人間の体を持った牛頭の怪物だ。
しかも一体ではない。三体もいる。目算で身長およそ三メートルもあるモンスターが、私を見下ろした。
「なっ……!?」
私はとっさに杖を構える。ケインズ・オブ・コスモスを用いれば倒せない相手ではない。
しかし――
「――愛依っ!? 貴様らああああああああああああっ! 愛依に……愛依に近づくなあああああああああああああああ!」
ミノタウロスの背後から武器を構え突進してくる茉莉がいた。茉莉はそのままミノタウロスの一匹を背中から突き刺す。
「ブモオオオ!?」
剣を突き立てられたミノタウロスが暴れる。茉莉はそれに剣にしがみつきまるでロデオのように振り回される。
「あああああああああああああああっ!」
だが彼女は、それに臆することもなくミノタウロスを背中から切断する。
「グオオオオオオオオオオ……!?」
「ブモオオオオオオオオオオオ!」
そんな茉莉に、二体のミノタウロスの視線が向き、襲いかかった。
「茉莉っ! 今援護を――」
「――愛依は手を出すな! 私一人で十分だっ!」
私の叫びに、茉莉が言った。
そして、茉莉は同時に二体のミノタウロスを相手にしだす。
「ブモオオオオオオオオオ!」
一体のミノタウロスが斧を振り下ろす。
「ハアッ!」
茉莉はそれをちょうどよく盾を使って弾き飛ばす。
「ッ!?」
「そこだあああああああああ!」
生じた隙に、茉莉が切り込む。深々と踏み込んで。結果、肩口から大きく切断されたミノタウロスがまた一匹、地面に倒れる。
「ブモオオオオオオ!」
だが、あまりに力を込めた一撃だったため、それによって今度は茉莉に生じた隙を、ミノタウロスは襲った。
まさしく牛の如く、角で彼女に突進したのだ。
「がっ!?」
角は茉莉の腹部の鎧を砕き、突き刺さっていた。
「茉莉っ!? そんなっ!?」
茉莉はそのまま岩壁に向って運ばれ、挟まれる。
このままじゃ、茉莉が危ない……!
「シャインブラスト!」
私はミノタウロスに向って魔法を唱える。それにより、茉莉を圧迫し続けていたミノタウロスが大きく怯む。
「ぐ……逃さない……!」
そこで、まだ息の合った茉莉が動く。持っていた剣をミノタウロスの頭に突き刺したのだ。
何回も、何回も。
「ブモオオオオ……!」
それにより、ミノタウロスは力尽きる。こうして、私と茉莉だけが残った。
「……ぜぇ、ぜぇ」
茉莉は死体が動かないか確認している。私はそれに駆け寄ろうとする。すると、
「キシャアアア!」
またもモンスターが現れた。今度は低級なゴブリンが四匹だ。だが、消耗した茉莉にとっては大きな敵である。
「まって茉莉、今回復を――」
「――愛依に、愛依に手出しはさせない……!」
茉莉は私の言葉を聞かない。それどころか、一人でモンスター達に向かっていく。
「ああっ……! だあっ……!」
茉莉は次々とゴブリン達を屠っていく。首を跳ね飛ばし、頭を割り、腹を開き、胸に剣を突き立て。
「……はぁ……はぁ……愛依」
そうして、ゴブリンをも倒した茉莉は私に振り返った。
彼女とモンスターの血が混じる血の池の中心で、まるで悪鬼の如く。
「茉莉!」
だが、私はそんな彼女に怯えることなく駆け寄る。
「グランドヒール!」
そして、最大級の治癒魔法をかける。これにより、彼女の腹に空いた穴は元通りになった。
「……愛依、大丈夫か? 怪我はして――」
「――っ!」
さっきまでひどい状況だったのに私を気にかける彼女。そんな彼女を、私はいつの間にか、顔を叩いていた。
「……え?」
「馬鹿っ! 茉莉の馬鹿! どうしてそうまでして一人で戦おうとするの!? 私達、仲間でしょ!? 親友でしょ!? ちょっとは私を信用しなさいよ、このアホ!」
そして、私は泣いていた。彼女の胸に何度も握った拳を叩きつけていた。
「ば、馬鹿にアホってなんだよ!? アタシはただ……!」
「ただ何!? 私を守りたかったって言うの!? それなら逆効果よ! 私はね、一人でも戦えるの! 一緒に戦えるの! それをあなた一人が暴走したら、何も意味がないでしょ!? それは、私を何も信頼してない証拠じゃない……!」
「それは……! ……ごめん」
彼女は謝ってくる。
私はそんな彼女から数歩離れ、鼻をすすり、涙を拭く。
「……うん、いいの。茉莉が、私の事想ってくれてしたことってのは分かってるから。でも、これからはあんな無茶しないで。茉莉が私を守りたいように、私だって茉莉を守りたいの」
「……分かった。これからは、無茶しない」
「うん……。それと、勝手に前に進まないで。一人にしないで。私とちゃんと話をして」
「……はい」
いつの間にか彼女に説教をする親みたいになっているなと、しゅんとする彼女を見て思った。
私は、そんな彼女に今度は優しく笑いかける。
「……いい、茉莉。さっきも言ったように、私達は親友でしょ? だから、お互い助け合おう? 失敗することだってあるよ。でもさ、お互いできる範囲で助け合っていけば、きっと未来は切り開けると思うんだ。だって私の知ってる茉莉は、そういう子だもの」
「……愛依……愛依!」
茉莉はそんな私の言葉を受けてか急に私に抱きついてきた。
私は、その頭を優しく撫で続けるのだった。




