51 守りたい笑顔
「いよっしゃああああああああ! アタシの勝ちいいいいっ!」
茉莉の高らかな声が宿屋に響き渡る。
夏が終わりに近づき秋に移ろい始めてきた頃。たどり着いた街の宿屋で、私を除いた四人が私との二人きりの時間を賭けてのじゃんけん勝負が行われていた。
そしてそれに今回勝利したのが茉莉というわけである。
「ちぇー負けちったかー」
「残念。また愛依ちゃんとの時間がなくなっちゃった……」
「あーあ、本当はお姉ちゃんは私と一緒にいたいはずなのに残念だよねー」
「はっはっは、いくら嘆こうとも今回愛依と一緒にいられるのはアタシなんだよなぁ。いやーよかったよかった」
茉莉は嬉しそうに自分がじゃんけんで出したグーの手を見ながら笑う。
私はそんな彼女らの姿を見て苦笑いする。
すっかり恒例になったじゃんけん勝負であるが、私の意見は未だに参考にされない。まあもう慣れてしまったが。
「それじゃあ行こうぜ、愛依!」
「ああうん分かった分かった、私はどっかに逃げたりしないからまずどこに行くのかぐらい教えてくれる?」
私の手を掴んで急かしてくる茉莉に私はそう言う。
「おっと、それもそうだったな。悪い悪い」
手を離しポリポリと左手で頭をかきながら右手を縦にして謝るポーズを撮る茉莉。
「もう、茉莉ったら……」
私はそんな彼女に再び苦笑いをする。
気ばかり先走りするのは彼女の悪いところだよなぁと思う。今口にして注意するタイミングでもないので言わないが。
「そうだな、実はここの近くでちょっとした喧嘩勝負のトーナメントが行われているらしいんだ。まあ単純に殴り合って相手を降参させたほうが勝ちっていうシンプルなルールで、それでてっぺんを目指しているらしい。それを一緒に見に行きたくてね」
「へぇ、結構面白そうだね」
私は実は格闘技などといったものもわりと好きだ。
と言うのも、茉莉がいつの間にかテレビでやっている格闘技を見るようになり、私も一緒に見てそれにハマったという経緯があるのだ。
女の子が格闘技だなんて、なんて昔母に言われたこともあったが、これが案外面白いのだからしょうがない。
こちらの世界に来てから格闘技観賞とはご無沙汰になっていた――というか自分達が戦う立場になっていたというのもある――ので、久々にそういったモノを見られるのは素直に楽しみだ。
「愛依ならそう言ってくれると思ったよ。それじゃあ行こう」
「うん、行こう行こう」
こうして、私は茉莉と共に喧嘩勝負が行われているらしい場所まで行くことにした。
その場所は宿屋からそれほど離れていなかった。
まあまず今いる村がそれほど大きな村じゃないというのもあるのだが。
ともかく私達はすぐにその場所にたどり着くことができた。
そこでは上半身裸の屈強な男二人が向かい合い、距離を取ったり逆に詰めたりと駆け引きをしながら殴り合っている姿があった。
「おっ、やってるやってる」
私と茉莉は一緒にそれを見る群衆に混ざる。
「おお凄い! 今まではテレビ越しだったけど生の殴り合いってかなり迫力あるね!」
私はその殴り合いを見ながら言った。
目の前で行われている筋肉と意地のぶつかり合いはかなり楽しい。
「それになかなか勉強になるしな。筋肉の使い方とか、距離の取り方とか。今戦ってる二人はどっちもなかなか強いぞコレ」
「そうだねぇ。で、どっちが勝つと思いますか茉莉さん」
私はまるでテレビ番組で解説役に聞く実況役のようにマイクを持つような手を作って聞いた。
「そうですねぇ右側の金髪の男は左側の白髪の男より体は大きいですが、白髪の男の動きはとても洗練されています。これは白髪の方が勝つんじゃないですかねぇ」
その私の意図を察して、茉莉はクスリと笑いながら丁寧語で答えてくれる。
「……フフフ!」
「……ハハハ!」
それがなんだかおかしくて、私達はお互いに笑い合う。
「もー茉莉の丁寧語って珍しすぎ」
「そうか? まあ確かにそうか」
「うん、そうそう。あ、あれ見て」
と、私はそこでとあるものを見つけた。
「あそこでどっちが勝つか賭けもやってるみたいだよ。まだギリギリ受け付けているみたい。せっかくだし茉莉の言ったほうに賭けてみる?」
「……愛依ってそういうの案外ノリノリになるよな」
「え? 駄目だった?」
「いいや、愛依のそういうとこ、アタシは好きだよ」
「そっか。ありがと。それじゃあ茉莉が言ったほうにお金賭けてくるね!」
そうして私は賭けのブックメーカーにお金を渡す。勝てば掛け金が倍くらいになるらしい。
これはぜひとも賭けたほうに勝ってもらいたいところだ。
「賭けてきたよ。どう、形勢は?」
「ああ。アタシの想像した通り白髪有利だな。こりゃ懐が暖かくなりそうだな」
ニヤリと笑いながらいう茉莉。
私もそんな茉莉に笑いかける。
「そうだね、そうなったらありがたいね。ま、私は茉莉の事信じてるから大丈夫だと思ってるけど」
「はは、信頼が重いな」
「そりゃ信頼するさ。だって、茉莉が格闘技の勉強したのって私のためでしょ? そんな茉莉の純粋な思いから来るもの、信頼するしかないでしょ」
「……へ? バレてたのか?」
と、そこで茉莉が驚いた顔をする。私はそんな彼女にすまし顔をする。
「……まあね。と言っても、それに気づいたのはこの世界に来てからだけど。この世界で、茉莉が私を守りたいって言ってくれたときに、一緒になんとなくそういうことかなーって」
茉莉が病んで私に感情を吐露したあのとき、私は同時に彼女の行動について悟ったのだ。
彼女が体を鍛え、格闘技を勉強しはじめたのはそういうことだったんだなと。
あのときは茉莉の豹変に困惑していただけだったが、今のように落ち着いた状況だとそれも好ましく思える。
「私、わりと嬉しいんだよ? 茉莉が私のためにそんなことまでしてくれたのが。やっぱり茉莉は、優しいいい子なんだなぁって、そう思ってさ」
「……愛依」
茉莉は驚いた顔から表情をほころばせる。そして、言う。
「ああ、ありがとう。でもこれは、愛依だからこそだよ。他の子ならきっとここまでしようと思わなかった。だからさ愛依、これからも愛依の事アタシに守らせてくれ。アタシはきっと、愛依の笑顔、守ってみせるからさ」
「……うん、頼りにしてます」
私はそう言って彼女に微笑んだ。
そのタイミングで、歓声が湧いた。どうやら勝負がついたようだった。勝ったのは、茉莉が言ったように白髪の男だった。
「おっ、やっぱ茉莉の言ったほうが勝ったね。それじゃあ配当金貰ってくるよ。ちょっと待ってて」
私は茉莉にそう言い残し配当金を貰いに行く。
茉莉はそんな私の姿を笑って送り出してくれた。
「っと、おい、気をつけろ!」
とそのとき、私は他の観客とぶつかってしまう。どうやら賭けに負けてイライラしているようだった。
「あっ、すいませ――」
「――おいこら……そっちからぶつかっといてなんだ……? 刻んでやろうか貴様ぁ!?」
「ちょっと茉莉ぃ!? 大丈夫! 大丈夫だからその剣しまってぇ!」
最後にちょっとした悶着はあったが、まあ楽しい一日を私達は過ごしたのだった。
この後、私は知ることになる。茉莉の覚悟が、生半可ではないことに。
「……はぁ……はぁ……愛依」
返り血を大量に浴び、自らも血を流しながら、心配そうな顔で私の方に振り返る彼女。血の池の中心にいる彼女。
それはまるで彼女が殺戮の限りを尽くした悪鬼のように彩っていた。
どうして彼女がそこまでの姿になってしまったのが。
それは今より少し先、曇天に包まれた山脈での出来事である……。




