50 旅はあなたと共に
日が昇る。朝が来る。
「ん……!」
私は太陽の光を受けながら宿のベッドで目を覚ます。
「いい朝だ……」
窓を開けると、気持ちのいい風が入り込んでくる。私はその風を受けながらいつものローブに着替えて部屋を出る。
「おはよう、愛依ちゃん」
そんな私に声がかけられる。怜子だ。
「おはよう、怜子」
笑いかけてくる彼女に私は笑い返す。
そうして私達は二人で外に出る。
今日は元から二人で外出をする約束だった。今いる街がそれなりに大きく、観光もできるということなので急ぎの旅ではないから最初は五人で街を回ろうという話だった。
だが、そこでいつものように四人が私との一緒の時間を作りたいと喧嘩を始めたのでならいっそのこと勝ち負けを決めて勝った一人が私と観光をできる、という事にしたのだ。
そうして熾烈なじゃんけん勝負が起こり、勝ったのが怜子だったのだ。
なので今私はこうして怜子と共に二人で街に繰り出しているのである。
「それじゃあどこいこっか?」
「えっとね……じゃあ、本屋に行きたい。ここでしか買えない本があるかもしれないし……」
恐る恐るといった様子で言う怜子。
私はそんな彼女に笑みを見せる。
「もちろん、怜子がそこに行きたいのなら、私はどこへでもついていくよ」
「ほ、本当? ありがとう、愛依ちゃん……」
嬉しそうにする怜子。私はそんな怜子と共に、彼女がいきたいという本屋へと向かった。
本屋は私が思っていたよりも大きく、様々な本が並んでいた。
「おお……これは期待大……!」
怜子はその本屋の中に入ると目を輝かせながら言い、さっそく本棚を物色しに軽く駆け足になる。
私はそんな怜子の後についていく。
そして、彼女が手に取る本を代わりに持ってあげる。そうしていくうちに、本は十冊ほど重なり、それを買うことになった。
内容は小説が七冊、この先の旅に役立ちそうな図鑑や研究書の類が三冊といった感じだった。
「随分買ったねぇ」
私は自分の魔法バッグに本を詰める怜子に言う。
すると、怜子は少しばかり顔を赤くした。
「……う、うん。で、でも大丈夫だよ! すぐに読んじゃうから!」
「その量の本をあっという間に読んじゃうって凄いよね。何かコツでもあるの?」
「え? コツ? うーん……どうだろう、昔から本を読むのが早かったから特には……」
「そうなんだ。私は本読むの遅いからなぁ、怜子のそういうところちょっと羨ましいや」
「べ、別にたいしたことないよ! それに別に本の読むスピードは個々人のスピードでいいと思うし……! 全然気にすることじゃないよ……!」
怜子はちょっと慌てながら言う。
予想外に褒められてびっくりしたのかもしれない。
こういうところが怜子の可愛いところだと私は思う。
「それじゃあ次はどこいこっか。さっそく帰って本を読みたいっていうのならそれでいいけれど」
「ちょ、ちょっと待って……! あ、あの、あそこの公園で、少しゆっくりしていかない?」
怜子は指を差しながら言う。
彼女の指先には、確かに公園があった。
大きな噴水が中央にある噴水だ。
「うん、いいね。そうしようか」
私は彼女に特に反論することなく二人で公園に向かう。そして、手近なベンチに二人で座った。
「…………」
「…………」
しかし、そこで会話が少し止まる。別におかしなことではない。会話がいつまでも連綿と続くほうが珍しいと思うし、そもそも怜子は積極的に会話をするタイプでもないからだ。
「……風が気持ちいいね」
だから私は、独り言のように呟く。
それが会話のきっかけになればそれはそれでいいし、ならなくても特に問題はない。
「そうだね……最近は夏って感じで暑かったから……」
「こういう心地いい日はいいね。気候だけならこっちのほうが日本より過ごしやすいかも」
「う、うん……」
「…………」
「…………」
そこで会話が止まる。でも、それはそれで別に構わなかった。
私と怜子は別に会話がないから気まずくなるような関係じゃない。
そもそも怜子は静かな方が好きな子だと私は思っている。だからこの沈黙も悪くない。
「……んん」
だが、その日は少し様子が違ったようだった。怜子は何かソワソワしているように見えたのだ。
どうしたのだろうか。トイレ……というわけでもなさそうだ。黙っている理由がないから。
何か言いたいことがあり、でもなかなか言い出せない。そんな風に見えた。
ならば――
「――よっと」
私は怜子の膝に寝転がるように頭を乗っけた。
「め、めめめ愛依ちゃん!?」
「んー怜子の太もも気持ちいいねぇ」
「ちょ、それセクハラするおじさんみたいだよ……! じゃ、じゃなくて! どうしたの!? 愛依ちゃん突然……!」
「いや、なんとなくね」
私は真上で慌てる怜子の顔を見ながらはにかんで言う。
怜子は顔を真っ赤にしながらも私の顔を覗き込んでくる。
「……愛依ちゃんったら、もう」
「はは、ところで怜子さ」
と、そこで私は彼女に切り出す。
「何か私に言いたいこと、あるんじゃない?」
「え、えっ? ど、どうして……」
やはりあったらしい。まったく分かりやすいなぁ。私はちょっと苦笑いする。
「まあ、そりゃね。それなりの付き合いだし」
「そ、そっか……」
怜子はちょっと慌てたような、しかし困っているというわけでもない様子で答えた。
私はそんな彼女に言う。
「ねぇ怜子、今なら言えるんじゃない? こっそりとさ。ほら、なんでも言ってごらん?」
「まったく、どういう理屈なの……でも、うん」
そして怜子は言った。少し不安そうにしながら。
「あの、あのとき愛依ちゃん言ってくれたじゃない。私と一緒に、吸血鬼になってもいいって。あれって、今思うとどれだけ本気だったのかなって……もしかしたらほら、私に発破をかけるためにああいうこと言ったんじゃないかって、今になってそう思って……」
「ああ、なるほど」
どうやら彼女は心配になったらしい。私が彼女と一緒にいてあげるという私の言葉が、偽りなのではないかと。
やはり彼女は心配性だ。今でもどこか私に捨てられるのではないかと心配しているのだろう。
なら、私が彼女に言ってやる言葉は一つである。
「……怜子」
「は、はい!」
「あのとき言った言葉に、嘘偽りはないよ。私は、あなたが一人になろうとするなら、ついていく。あなたの、隣にいてあげるよ」
私は寝そべったままそう言い彼女の頬をそっと撫でてあげる。
「め、愛依ちゃん……」
その私の言葉に、怜子はなぜか顔を真っ赤にした。確かにちょっと自分でも恥ずかしくなる言葉だったかな、と後から思った。
すると、怜子は静かに頭を私の顔に近づけてきた。どうしたのだろうか? まだこっそりとささやきたいことがあるのかもしれない。
私は彼女が頭を近づけてくるのを静かに待つ。そして、怜子はそのまま――
「――待てええええええええええええええええい!」
と、そのときだった。突如私達の座っているベンチの背後から大声が聞こえてきたのだ。
「へっ!? あっ!?」
「痛っ!?」
それにびっくりして私が頭を上げてしまったせいで、私と怜子の頭がゴツンとぶつかってしまう。
痛い……。
「二人とも何やってんだあああああああああああああああ! ちょっと目を離したらこれだよもおおおおお!」
一方でそう叫びながら近づいてきたのは茉莉だった。その側にはマリーとユミナもいる。
「お姉ちゃん!? やったの!? しちゃったの!?」
「いたた……。へ? したって、何を?」
頭をさすりながら言う私。そんな私に、三人は呆れた視線を向けてくる。
「あー……愛依っちは分かってなかったかー。まあ肝心なところでそうなのが愛依っちのいいところでもあり悪いところでもあるよねー」
「……しかし愛依のそういうところを分かって攻めてきたのはなかなかにしたたかだな怜子……」
「わ、私は別に狙ったわけじゃ……ただその、ついって言うか……」
「ついでもお姉ちゃんにそういうことするんじゃないの! お姉ちゃんは私のお姉ちゃんなんだよ!」
「いやお前のでもないから」
「……?」
みんなが何を言っているかよく分からない。分からないけれどどうにもまた私を巡って喧嘩をしているのは分かった。
「はいはい喧嘩しないのみんな! というか、三人とも後をつけてきたの? よくないよーそういうの」
「うっ……でもさ」
「まあそうだけどさー気になってさー」
「しょうがないでしょお姉ちゃんに悪い虫が付くかどうかだったんだよ!?」
バツの悪い顔をしながらも反省の色が見えない三人。
私はそんな彼女らを見てつい「はぁ……」と軽くため息をつく。
でも別にそんな怒っているわけじゃない。ある程度予想はできたことだから。
「ま、まあいいよ愛依ちゃん……そろそろ宿に帰ろうと思ってたし。だったらさ、みんなで本を読もうよ。たまには私の時間に付き合ってもらうってのも、ありでしょ?」
一方で、怜子はそんな提案をした。ここでへそを曲げずにこういう提案ができるようになったのも彼女の成長だなと、私はふと思った。
「そう? 怜子がそれでいいなら。みんなもそれでいいよね?」
「ああ、怜子がいいなら」
「いいよー」
「うん、お姉ちゃんと一緒ならなんでも楽しいから!」
そうして私達はみんなで宿に戻った。みんなで怜子の蔵書を楽しむために。
「それにしても怜子は本当に本が好きだよね。二人の時間を邪魔されたのにみんなとの読書で許しちゃうなんて、なかなかだよ?」
「う、うん……。でも、本当は大好きな愛依ちゃんが一緒ならどこでもだれとでも……」
「ん? 何か言った?」
「……ううん! なんでもない! 愛依ちゃんと一緒に旅ができて、良かったって事だよ!」
怜子は微笑みそう言いながらちょっと先に出るように走る。
「あ、ちょっと待ってよー!」
私達はそれについていくように駆け足になりながらも、五人で宿へと帰ったのだった。




