42 前に進むとき
「……んっ、んん」
横になっていたマリーが瞼を動かしながら唸る。
「……あれ、私」
そしてゆっくりと目を開けてベッドから起き上がった。
「マリー、良かった……!」
私はほっとし彼女に言う。
一方でマリーは不思議そうな顔をする。
「あれ、お姉ちゃんに……みんな? どうしたの?」
マリーが言う。
私の横には既に目を覚ましていた三人の姿もあった。
「ああマリー、どうやらアタシ達は眠っていたらしい」
「眠ってた……?」
「うん、あのハピネスっていうモンスターの仕業で……」
茉莉と怜子が説明する。
その言葉で、マリーは自分の両手を見つめる。
「そうなんだ……じゃあ、もしかしてお姉ちゃんが?」
「うん、そうだよー、愛依っちがどうやらうちらを起こしてくれたみたいなんだー」
ユミナが言った。
その言葉で、マリーはぱあっと笑顔になる。
「そうなんだ! ありがとう、お姉ちゃん!」
「いやいいんだよ。私も、みんなが目を覚ましてくれて嬉しい」
私はそう言ってマリーに微笑みかける。
それは心からの本心だった。いろいろとあったが、今はみんなが元に戻ってくれて本当に嬉しい。
頑張って良かったと、心から思える。
「……ところでさ」
と、そこでマリーが聞いてきた。
「ん? 何?」
「多分お姉ちゃん以外のみんながハピネスに眠らされていたんだよね」
「そうだよ?」
「だったらさ、これ順番的に私を起こしたのが最後って事だよね? どうして私が一番じゃないの?」
「……へ?」
マリーの突然の言葉に私は少し動揺する。
そこで私は言った。
「ああいや、みんなを元に戻すマジックアイテムの効果はばらつきがあって決してマリーが最後ってわけじゃ……」
それは嘘ではなかった。
マジックアイテムの効き目には時間差があった。故に、使ってすぐ起きた者と時間のかかった者とがいたのだ。
「へぇ……じゃあ使ったの誰が一番で誰が最後だったの?」
「えっ」
「ああそれアタシも気になるな。アタシが目覚めたときにはユミナが最初に起きてたけれど」
「うん、そうだねー。でもうちは愛依っちが他のみんなにマジックアイテムを使った姿を見てないんだよねー。つまり、既にみんなに使った後なんだよね。そこんとこどうなの愛依っち?」
「……それは、その」
私は答えに詰まる。これはあれだ、下手に答えると後々の禍根になるやつだ……!
「もちろん一番は私だよねお姉ちゃん! だってお姉ちゃんは私の事が一番好きなんだから!」
「あ? そうとは限らないだろ。アタシかもしれないだろ、いや、アタシだねきっと」
「いやーうちじゃないかなー、だって一番に目覚めたのうちだよ? つまり、うちが最初に愛依っちに選ばれたって事かもしれないじゃん!」
「そ、それは推理するには不確定な考えだと思う……! 一番はわたしだって事、十分に有り得る……というか、最後じゃないよね愛依ちゃん? わたしが最後に選ばれたなんて……そんな事ないよね?」
「……えーと」
私は目を逸しながら頬をかく。
確かにみんなを起こす順番はあった。でもそれは私にとっての無意識な順番で、特に意識したってわけじゃ……いや、もしそんなこと言ったら絶対にロクな事にならない。
「愛依ちゃん……」
「愛依」
「愛依っち」
「お姉ちゃん……」
四人が私の顔を覗き込んでくる。怖い! 怖いよぅ!
ここはなんとしてもごまかさないと……!
「あー! それよりもみんな! 聞いて欲しいことがあるんだ!」
なので私はそこで無理矢理に話題を変える事にした。
しょうがないよねこんなことで時間使ってる場合じゃないし。
それに、これからの事を話したい事は本当だし。
「実はね――」
そこで私は話す。ハピネスと戦ったときに出会った女神フォルトゥナという存在の事。ヘイトレッドという魔軍の長に出会った事。ケインズ・オブ・コスモスの事を。
「――なるほど……」
茉莉が言う。
いきなりの話の切り替えだったが、みんな思ったよりもちゃんと話を聞いてくれた。
みんな、私の話を聞いてそれぞれ考えているようだった。
「それで、愛依ちゃんはこれからどうしたらいいと思うの?」
「そうだね……」
ユミナの質問に、私は少し呼吸を置く。
そして言った。
「旅に、出てみたいと思うんだ」
「……旅?」
「うん、旅。魔軍の本拠地を、ヘイトレッドのところへと行く旅」
疑問を浮かべるユミナの方を向いて私は言った。
すると、みんな驚愕の色を浮かべる。
「え、ええ!? わざわざモンスターの軍隊、それもそのボスのところに行くの!?」
「おいおいそりゃ危なくないか……?」
「そうだよお姉ちゃん、危ないよ!」
「うちもそれはちょっと怖いなー」
みんなさすがに私の言葉に否定的な反応を見せる。だが、私は言った。
「うん、分かってる。でもね、恐らく私達を転移させたのはあのフォルトゥナっていう女神なんだと思う。そして、その女神の事をヘイトレッドというモンスターは確実に知っている。そして私がこのケインズ・オブ・コスモスを持つ限り奴らは狙ってくる。なら、こっちから出向いてフォルトゥナへのきっかけを掴むのが一番早いと思うんだ」
「でも……人類を支配しようとしている相手だよ? わざわざ火中に飛び込まなくても」
「そうだね怜子。でもね、そうしなきゃいけないんだと思う。確かに女神って言うほどだからこっちにも伝承とかあるだろうし、本で調べていけばフォルトゥナ自体について知ることはできるかもしれない。でも、それじゃあきっと私達は帰れないんだと思う。私達が帰るには……またヘイトレッドに会わなければいけない。それがきっと、女神が私を『選ばれた者』って言った理由なんだと思う」
私は手にある一本の杖を見ながら言う。
杖の頭の玉珠は、窓から差し込む光に反射しキラキラと輝いていた。
「……そう」
私の言葉に、ユミナが呟く。そして、
「うん、愛依っちが決めた事ならしょうがないね! だったら、さっそく旅の準備しよっか!」
「え?」
私はあまりにも快活に言うユミナに驚く。さらに彼女だけではない。
「そうだな、長旅になるからいろいろと準備しないとだな」
「うん。それと試しにカティアさんにも助力を頼んでみようよ。人類全体を揺るがすことだし、力を貸してくれるかも」
「私とキトラはいつでもいけるよ! 元々荷物とか全然ないし。ねぇキトラ?」
「キィィィ」
「えっ、ちょっと待ってみんな!? みんなも……来てくれるの?」
私は驚きながらみんなに言った。すると、みんなきょとんとした顔を見せる。
「え? 当然っしょ?」
「それとももしかして、一人で行くつもりだったの……?」
「あ、うん……みんなを危険には巻き込めないかなって……」
私はそのつもりだった。一人で旅をしようと決意していたのだ。だが、私がそう言うとみんなは呆れた顔をした。
「はぁ……愛依さぁ、そういうとこだぞ」
「そうだね、お姉ちゃんってたまに一人でみんなのためにって抱え込むよね」
「うん……まあ、それが愛依ちゃんのいいところでもあるんだけれど……」
「うちは愛依っちのそういうところ好きだよー」
みんな思い思いの事を言う。一方で私は、驚くと共にとても安堵し、嬉しい気持ちになる。
「みんな……ありがとう」
そして言う。みんなに礼の言葉を。私のその言葉に、みんなはニッコリと笑う。
「今更だよ、愛依」
「気にしないってことよー」
「大丈夫、わたしはいつも一緒だよ愛依ちゃん」
「このマリーにどんと任せてよ!」
「キュイキュイ」
ああ、私は本当にいい友を持った。私は心からそう思えた。
「よし、じゃあさっそく準備しよう! まずはそうだね。長旅に必要なアイテムとかを揃えて――」
◇◆◇◆◇
それから数日後。
私達は帝都の門に揃って並んでいた。いよいよ、旅立ちの時である。
「そうか……行くのだな、みんな」
そんな私達に声をかけてくれる人がいた。カティアさんである。
彼女は少し心配そうな声色をしていたが、顔は微笑んでいた。
「はい、行ってきます。私達が、元の世界に戻るために」
「うむ……幸運を祈っている。本当は軍を動かして私もついていきたかったのだが……」
「仕方ないですよ、カティアさんは将軍としてこの国を守らないといけないんですから」
「ああ……だが、なるべく各地の駐屯軍に君達の力になるように伝達はしてある。それぐらいしか私にはできないからな」
「ありがとうございます。それだけでもとても嬉しいです」
私はペコリと頭を下げる。それに対しカティアさんはゆっくりと首を横に振った。
「いや、いいんだ。むしろもっと力になってやりたかったぐらいなんだから。ところで、行き先は分かっているのか?」
「はい。この杖が……ケインズ・オブ・コスモスが方角を教えてくれるんです。ここから北に向かえって」
私は杖を見せながら言う。
ケインズ・オブ・コスモスをかざすと、北の方角でほのかに輝いていた。きっとそれが道を指し示しているのだと、私は直感で理解した。
「なるほど。しかし神器とは未だに信じがたいな。……いや、もともと君達は異世界から来たのだ。神が力を貸し与えてくれても、何もおかしい事はないだろう」
「その神様ってのも、信じて良いものかわからなないですけどね」
茉莉が苦笑いしながら言う。その茉莉の言葉に、カティアさんも苦笑する。
「ああ、それもそうか。それでは、これ以上引き止めても悪いな。旅の幸運を祈っている。そして、もし私も君達の行く先に迎える事になったらそのときはいの一番で行こう。頑張ってくれ」
「……はい!」
私は大きな声で頷き、そしてカティアさんに背を向ける。
目の前に広がるのは、はるかな平原と山々。
「それじゃあ、大丈夫だねみんな」
「うん」
「ああ!」
「もちー」
「当然!」
「キュイー」
みんながそれぞれ私の言葉に答えてくれる。
それを合図に、私は帝都の外に足を踏み出した。
「行こう! どうしてこうなったのかを、確かめに!」
これにて第三章は終わりです。
第四章は書き溜めが尽きたので少々お時間を頂きます。
今しばらくお待ち下さい。




